第13話 Re:verse


 2nd.ユニバースに災害をもたらした元凶、身虚人はトオルたちの手によって消滅した。


 ただ一人の帰還者となったトオルは鳥居を潜り、現実世界へと帰還。アゲハプロジェクトのナギたちに保護された。リアルタイムで延べ二日にも及ぶ救出活動で心身ともに疲弊したトオルは、念のために搬送された病院で何日も眠り続けた。


 英雄不在の中、事態解決の糸口が見つかったことに世間は歓喜した。

 そして身虚人との戦いから数日後。トオルが再び目を覚ましたと聞いたナギは、彼の入院している病室を訪れていた。



「やぁ、お疲れ様トオル君」


「あぁ……どうも」


 労うナギに短く答えると、ベッドに横たわったままのトオルは小さく笑みをこぼした。


「俺も大概だけど、ナギさんの顔も酷いことになってますね」


「……今回の件は私にすべての責任があるからね。代表の座から降りる前の後処理で駆け回っているし、精神的にもキツイのさ」


 もう何日も寝ていないのだろう。目の下を隈だらけにしたナギは白衣のポケットに両手を突っ込みながら、力なく笑ってみせた。トオルが最初に出逢った時よりも、さらにやつれてしまったように見える。



「……それで、今日はどうしたんです? わざわざ俺の見舞いに来るなんて」


「そりゃあ幾ら忙しくたって、最大の功労者を労わないわけにはいかないだろう?」


「はは。後ろに強面の人たちが居なければ、もっと嬉しかったんですけどね」


 個室の壁際からこちらを無言で見ている数名の屈強な男たちを眺めながら、トオルは苦笑いを浮かべるしかなかった。


 彼らの手には見舞いの花束や果物の入った籠が握られているが、一目見て政府の関係者だと分かる。


「さて、本題に入ろう。まずは身虚人についてだ。彼女はどうなった?」


「……やっぱり事情聴取ですか。アイツは消滅しました。おそらく、もう二度と現れないでしょう」


 トオルの返答に、ナギはあからさまにホッとした表情を見せた。後ろで控えている彼らも少しだけ雰囲気が和らいだようだ。


「そうか。こちらもプレイヤーたちを現実に戻す作業でてんやわんやだからね。もし再び現れたらと思うとゾッとするよ」


「彼らは無事に戻ってきたんですか?」


「あぁ。キミのおかげだよ。トオル君がいなければ、千人以上のプレイヤーたちも命はなかっただろう」


 ナギたちは仮想現実からプレイヤーを奪還するために、多くの犠牲を払っていた。

 トオルが協力してくれたおかげで犠牲者を最小限に抑えられたが、それでも調査隊や救助隊に数十人規模の被害が出ていた。


「救助劇の配信でPVは爆増。トマトちゃんねるも百万人の登録者を越えたそうじゃないか」


「……そう、ですか」


「あれだけの活躍だったもんな! 今回で華々しい復帰となっただろう。トオル君を世界最高のゲーマーと呼ぶ声もある」


 彼はたった一人で身虚人を圧倒し、さらには消滅にまで追い込んだのだ。


 身虚人を倒したのは間違いなく彼であり、この偉業に国民全体が沸き立ったことは言うまでもない。だが当の本人は、それを喜んでいるようには見えなかった。


「……なにか不満そうな顔をしているね」


「そんなことはないですよ」


「いいや、あるはずだ。君は隠し事をするとき、決まって目を逸らす癖がある。それに今も、私が声を掛けるまで黙り込んでいたじゃないか。まるで何か言いたいことがあるみたいだ」


 図星だったのか、トオルは何も言わずに押し黙ってしまった。


「身虚人と戦った時に見せたあの技――あれはマユに教わった技なんです」


「マユに?」


 意外な人物の名前に、ナギは驚きの声を上げた。

 身虚人の攻撃を完全に無効化する、通称カウンターと呼ばれるバグ技は、マユが編み出したものだった。トオルはそれを真似して戦っていたに過ぎない。


 身虚人の動きを見て、瞬時に乱数テーブルを読み取るなど、マユにしかできない芸当だ。


「最期にアイツが命懸けでシステムに介入して、一部の乱数テーブルをリセットしてくれたんです。だから俺は身虚人に勝てた」


 だが、それは同時にトオルの心に影を落としている原因でもあった。


 ――俺はただのゲーマーだよ。


 身虚人の問いにトオルはそう言って誤魔化していたが、彼にとっては自虐を込めたセリフだった。


「あいつは本物の天才だった。プレイするだけじゃ飽き足らず、自分で作ってしまうほどにゲームを心から愛していた。アイツこそが真のゲーマーだったんだ」


 トオルは拳を握りしめながら、苦々しく呟く。


「俺がマユを越えることは絶対にありません。……追いつくこともできなくなってしまった」


「……そうか」


 トオルの悲痛な表情に、ナギはただ静かに相槌を打つことしかできなかった。


 プレイヤーたちと違って、鳥居を越えて2nd.ユニバースに入った者たちは死んだら復活できない。友を失ってしまったトオルの気持ちは、ナギにも痛いほど分かる。

 彼女も同じくマユの親友として会社を立ち上げ、共に頑張ってきた戦友だったから。


「すみません。いきなりこんな話をしてしまって……」


「いや、気にしないでくれ。辛いことを思い出させてしまったね」


「…………」


 トオルは返事をしなかった。

 俯いて沈黙するトオルに、ナギは話題を変えることにした。



「ところで、キミにまだ伝えていないことがあったんだが」


「俺に? なんですか?」


 顔を上げるトオルに、ナギは真剣な眼差しを向ける。

 そして一言だけ告げた。


「マユはまだ生きているよ」


「……は?」


 その言葉を聞いた瞬間、トオルの瞳が大きく見開かれた。


「キミが生還したあと、生存者がいないか確かめるために第二陣の救助隊が派遣されてね。そこで虫の息だったマユを発見したんだよ」


 ナギは淡々と事実だけを語っていく。

 トオルの心境を察しつつも、最後まで伝える義務があると自分に言い聞かせながら。


「マユが……生きてる?」


「ふふっ、騙すような形で伝えることになってすまない。彼女はまだ意識を取り戻してはいないが、医者によれば命に別状はないそうだ」


 呆然とした様子のトオルに、ナギは笑顔で首肯した。

 それを見たトオルの目からは自然と涙が流れ落ちる。頬を伝う温かい雫を拭おうともせず、震える声で呟いた。


「……よかった」


 ただそれだけの言葉だったが、そこには様々な感情が込められているように見えた。

 喜びはもちろんのこと、マユを守れなかった後悔や申し訳なさといった感情も混ざっているに違いない。


「あぁ……本当に良かった。ありがとうございます、ナギさん」


「私に礼を言うことでもないさ。これからも大変なことは多いだろう。でも、どうか挫けないで欲しい。私はいつでも応援しているからね」


「はい!」


 力強く答えたトオルの目に、もう迷いはなかった。



 ◇


「いやぁ、赤子鬼にヤラれたときは死んだと思ったけど。こうしてまた楽しくゲームがプレイできるようになって良かったわぁ」


「はは……俺もこうして人気配信者さんとコラボできて嬉しいっすよ」


 トオルが目覚めてから一か月が経ち。

 怪異事件で助けたカマタマと一緒に、ゲーム配信をしていた。


『2nd.ユニバース』のサービスは休止しているため、配信は数世代前のVRゲームを使用したものだった。


 そして配信後。トオルはベッドの上で胡坐をかき、視聴者のコメントを見ながら楽しげに話している。

 窓の外はどっぷりと日が暮れているというのに、二人はまだ寝る気配は無い。


「にしても……まさかリアルのトオルちゃんが、こんなにマトモな人だとは思わなかったわぁ」


「ははは。まあ、お互い様ということで」


「あら、アタシが変だって言うのぉ? 失礼ねぇ」


 カラカラと笑うカマタマに、トオルは苦笑した。

 すっかり二人は気心の知れた仲となっており、次回のコラボも予定している。キャラクターが濃い同士、どこか通じるところがあるようだ。



「それに聞いたわよぉ? あの時に助けた幼馴染と一緒に暮らしているんだって?」


「えぇ。実はその……告白されたんですよね」


「あらぁ! それはおめでとう!」


 照れくさそうに頭を掻くトオルに、カマタマは手を叩いて祝福した。


「羨ましいわぁ~! アタシもどこかに素敵な王子様いないかしら」


「そんなこと言ってると、あっという間に婚期を逃しますよ?」


「でもアタシは相手に妥協する気はないから」


 そう言い切る彼女の目は、まるで恋する乙女のように輝いていた。


「アタシの理想は、強くてカッコよくて優しくて、それでいてゲームが上手な人なの」


「なるほど……確かにそんな人がいたら惚れちゃいますよね」


「そうなのよー。トオルちゃんがフリーだったら絶対に狙ってたのに!」


「あはは、勘弁してください」


 冗談交じりの会話に、二人は笑い合う。

 そんな楽しいひと時を過ごす中、カマタマがふと呟いた。


「はぁ……実を言うとね。あの事件の影響で、アタシは未だに暗がりが怖いの」


「……」


「どんなに安全だって思い込もうとしても、あの赤子鬼がぬっと現れてまたアタシを食べるんじゃないかって」


 カマタマはどこか遠くを見るような目をしながら、独り言のように語り続ける。


「トオルちゃんが別のゲームに行ったあと、アタシの首なし死体がどうなっていたか……知ってる?」


「いえ……何も知らないです」


「赤子鬼って、食べた相手の死体から再生するのよ」


「えっ……?」


 そう語る彼は今にも泣き出しそうで、とても痛々しかった。


「自分の体なのに全然言うこと聞いてくれなくって。だけどアタシが赤子鬼になって、他のプレイヤーたちを食べていくときの感覚はあったの。あの身虚人の意思だったんだろうけど……正直、自分が殺されたときより恐ろしかったわ」


 だがトオルは何も言わず、ただ彼女の話を聞いているだけだ。下手な慰めなど意味がないと思っているのか、あるいはどう声をかけていいか分からないだけなのか。


「でも身虚人の考えっていうか、思考回路がなんとなく分かったわ。アイツは本気で人間になろうとしていただけだった」


「……だけど、それは許される行為じゃない」


「もちろんそうよ。だけど生への執着心は、人間を遥かに越えていたわ。もしかしたら赤子鬼みたいに、死んでも誰かの体を使って、こっちにやってくるかもしれないわよ?」


 カマタマは茶化すように言ったつもりだったのだが――モニター越しに見えるトオルの顔を見てギョッとした。彼の表情には恐怖の色がありありと浮かんでいたからだ。


「ごめんなさい、冗談よ。アタシもちょっとナーバスになりすぎていたみたい」


「あ、あぁ……」


「そろそろ寝ましょうか。今度のコラボもよろしくお願いするわね」


 トオルの反応を見て我に返ったのか、カマタマはすぐに謝ってきた。


 だがトオルは通話を切った後も、しばらく硬直したまま動けずにいた。先日、ナギから送られてきていた怪異の調査結果が脳裏をよぎる。


『鳥居から突入し、2nd.ユニバース内で死亡した者たちの生還は絶望的』


「大丈夫だ……マユは絶対に生きて助かったはず。今度こそ、マユは俺が守るんだ……」


 トオルは必死に自分に言い聞かせるように呟きながら、隣室で眠る愛する者の元へと歩いていった。

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