第12話 生きるために


「最初のキッカケは私が作るわ。タイミングは任せていいわよね?」


「あぁ。お前とは何度もプレイしたんだ。間違えねぇよ」


 輝きは次第に強さを増していき、ついには目が眩むほどの閃光を放つ。やがて光が収まると、そこにはトオルの姿はなかった。


「何をしようとしているのかは分からないけれど、この世界で私に勝とうとしても無駄ですよ?」


「――それはどうかな?」


 背後から聞こえてきた声に、身虚人みことはハッとして振り返る。


 だが時すでに遅く、その身に拳がめり込むと、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

 そして打ち捨てられていたテントへと叩きつけられると、そのまま床を転がっていく。


 さらに追い打ちをかけるように、無数の氷の矢が雨のごとく降り注いだ。身虚人はそれを驚異的な反射神経で回避すると、攻撃者の姿を捉える。


「いったい何をしたの!? トオルの攻撃は私に届かないはずなのに」


「さぁ、なんだろうな? 自分の目でよく確かめたらどうだ?」


 身虚人の視界に映ったのは、氷でできた巨大な腕だった。そしてそれは身虚人を鷲掴みにする。


「なっ!?」


 次の瞬間、氷の腕が砕けると同時に、全身に鋭い氷の刃が突き刺さる。身虚人のHPゲージが大きく減少した。


「くっ、この程度で……!」


 身虚人が反撃に転じようとするが、それよりも早く新たな魔法の追撃が襲ってくる。


「グゥッ!?」


 今度は足元から炎が噴き出し、身虚人の身体を包み込んだ。その熱さに思わず顔を歪める。


「このぉ!」


「……チッ」


 身虚人が反撃に移ると、トオルは舌打ちしながら後方へ飛び退いた。そしてすかさず狙いを定めると、魔法を放った。

 だが身虚人も負けじと弓を構えて放ち、相殺する。



「どうしたの? 私を倒すんじゃなかったの?」


 身虚人は勝ち誇るように言うと、手を掲げてトオルに向けた。


「……」


 身虚人は勝利を確信したかのように笑うと、呪文を詠唱し始めた。


「これで終わりよ! 喰らいなさい!」


 身虚人はそう叫ぶと、魔力の奔流を解き放つ。その一撃は広範囲に拡散され、トオルを飲み込もうと迫っていった。


「さようなら、私の初めてのオトモダチ」


「あばよ、化け物」


 トオルはニヤリと口角を上げると、地面を強く蹴って高く跳躍した。


「なっ、まさか……!」


 身虚人は大きく目を剥いて驚くと、慌てて上空を見上げる。トオルは空中で身を捻ると、迫り来る攻撃を回避した。そして身虚人に向かって手をかざすと、静かに呟く。


「――初期化イニシャライズ


 その刹那、身虚人が放った攻撃が反転し、彼女を襲った。


「う、ぐぅうっ!?」


 身虚人の悲鳴が響く。だがそれでもまだ終わらない。攻撃を跳ね返された身虚人の頭上に、今度は巨大な隕石が落下する。


 身虚人が逃げようと空に舞い上がるが、それより早く地面に激突し、大爆発を起こした。


 その衝撃で身虚人は再び吹き飛ばされ、地面に強く打ち付けられる。しかしそれでも、身虚人が立ち上がることはなかった。


 身虚人のHPゲージが0になり、その身体が光の粒子となってゆっくりと消えていく。トオルはそれを確認すると、ゆっくりと地上に降り立った。


「はぁ……はぁ……やべぇ、マジで死ぬかと思った」


「トオル、やったわね……」


 マユの声に顔を向けると、地面に横たわった彼女が嬉しそうに微笑んでいた。トオルもそれにつられて笑うと、「あぁ」と答えた。


「……」


 一方でミコトは信じられないものを見るかのような表情で、目の前で起こった出来事を眺めているだけだった。


「バ、カな……ど、して?」


「なに、簡単な話だ。お前の攻撃を無効化して、お前に跳ね返しただけだ」


「そんな……ありえない! どうしてお前が……!」


 身虚人は信じられないとばかりに首を横に振ると、震え声で叫んだ。


 このバグ技は、本来ならばトオルが持つはずのない力だった。

 だが、とある出来事がきっかけで手に入れたもので、身虚人は知らないのも無理はないのだが……。


 身虚人はトオルの表情を見て、彼が何かを隠していることに勘付いた。そして怒りに顔を染める。


「……そうか。お前、私の動作を観察して真似をしたな?」


「御名答。さすがに頭が回るな」


「ふざけるな! そんな人間離れした行為ができるわけない!」


 身虚人は怒号を上げて怒鳴りつける。


「あぁ、そうだろう――普通の人間ならな」


「……ッ!」


「だが不可能を可能にする、それが人間なんだよ」


 世の中にはアシストツールを使って人間の限界を超えたプレイを見せる、TASというものがある。乱数テーブルを利用し、すべての操作を最適なポイントで行う。今まさに身虚人がやっているのがそうだ。

 だがそれらを人力でやってのけるプレイヤーが存在する。


「俺以外にもヤベェやつはゴロゴロいるぜ? 相手の予備動作を見てフレーム単位で操作を合わせてきたり、乱数テーブルを解析して通常プレイなら有り得ないバグ技を起こしたり……人間をやめちまったとしか思えないような奴らがな」


 トオルはそう平然と説明してみせると、身虚人は言葉を失った。


「……ははは。バカなのか、それとも狂っているのか? いや、両方か」


「まぁ、褒められていると思っておくぜ」


 身虚人の言葉に、トオルは苦笑いを浮かべた。


「ふっ、あははははははははは! ……本当に人間は理解しがたい生き物ですね?」


 その問いにトオルは少しだけ間を置いて答えた。


「……俺はただのゲーマーだよ」


 トオルの言葉を聞いて、身虚人はクスクスと笑い出した。すでに下半身は消え去り、彼女が消滅するのは目前だった。


「これ以上、私を馬鹿にしないでください」


 やがて笑い終えると、身虚人はトオルを睨みつけた。その瞳には激しい憎悪の感情が宿っていた。トオルはその視線を受け止めながら、ゆっくりと身虚人に歩み寄る。


 身虚人は一瞬だけ怯んだが、すぐに落ち着きを取り戻すと、冷静な口調で話しかけた。

 だがその声はわずかに上擦っており、これから自身が消えるという恐怖心を抱いていることを隠し切れていなかった。


「まさか、ここまで追い詰められるとは正直、想定外でしたよ。悔しいですが……完敗です」


「そいつは良かったな。俺もあんたに勝てて嬉しいよ」


 トオルは身虚人の前に立つと、冷たい視線で見下ろした。


「それで、この後はどうするつもりなんです? 現実世界に戻ったらきっと、英雄としてもてはやされますよ?」


 冗談交じりのセリフで身虚人は問いかける。


「そうだな……」


 トオルは考え込む仕草を見せると、すぐに思い直したのか、笑みを浮かべた。


「さっさと帰って、次のゲームでも始めるよ」



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