第11話 ゲーマーの意地
「あーあ、バレちゃいましたね」
ミコトは彼女は笑みを浮かべたまま話を続けた。
「う、うそだろ? だってお前はシオンたちと……」
「いやぁ~、実は彼女とはぐれたときから入れ替わっていたんですよね。でもせっかくだから、トオルさんには最後まで気付かないでいてほしかったなぁ」
ミコトは寂しげに微笑むと、悲しそうに目を伏せる。だが次の瞬間には元の明るい口調に戻っていた。
「ま、待ってくれ。ミコトがプレイヤーじゃないとしたら、お前の正体は何なんだ? 一体何が目的なんだ?」
「私の真の名は
「だからってどうしてこんな酷いことを……」
そこで言葉を区切ると、身虚人の表情が豹変した。その変化にトオルは思わず息を飲む。
「どうして? ……ふふ、そんなの決まってるじゃないですか。私はただ、生きたいだけですよ」
「生きる……」
「理由は何であれ、せっかく生まれたんだから、死ぬまで生きたいのが人間の性じゃないですか。そのためなら誰かを殺すことも、人を喰らうことも、怪異に成り果てることも厭わない。どんな手を使ってでも、私は生き続けます」
「……」
トオルは言葉を失った。
目の前にいる少女は人間ではない。
しかしそれでもなお、その言葉からは確かな生への渇望を感じた。
「ですので、トオルさん。どうか見逃してくれませんか? その鳥居をくぐり、私は本物の人間になりたいんです」
「だ、駄目よトオル!?」
「……言われなくても分かってるよマユ。悪いが、鳥居の先に行かせることはできない。これ以上、キミの好き勝手にはさせられないんだ!」
トオルは拳を強く握りしめると、覚悟を決めた表情で一歩前に進み出た。
「――そうですか」
残念です、と小さく呟くと、身虚人の姿がブレた。その瞬間――。
「ぐうっ!?」
「マユっ!」
ミコトだったモノから鋭い爪が生え、マユの腹を引き裂いた。
「ああぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫と共に大量の血飛沫が上がる。その光景を見て、トオルは頭が真っ白になる。
「さぁ、どうします? 今ならマユさんだけでも助かるかもしれませんよ?」
「……な、んで……?」
「……?」
呆然として膝をつくと、トオルは絞り出すような声で問いかけた。
「どうしてこんな酷いことができるんだ!?」
「んー。私だって本当はこんなこと、したくないんですよ?」
身虚人はどこか感慨深げに語ると、悲しそうな顔を浮かべた。
「でも生物を殺すのは生物じゃないですか? AIや機械は指示されない限り、そんなことしません。それはゲームでも現実でもそう。私が人となるためには、必要な犠牲だったんです」
「なんだよ、それ……」
トオルは絶望に打ちひしがれながらも、何とか彼女を説得する方法を考える。だが思考が麻痺してしまったかのように上手く頭が回らない。
「トオルさん、私はあなたに生きていてほしい。たとえ偽物の体だとしても、あなたと過ごした日々はとても幸せで、心から楽しかったんです。だからお願いします。私を助けてください」
心を見透かすように見つめながら、身虚人がゆっくりと近づいてくる。そして耳元に口を近づけ、囁くようにして言った。
――それとも、私を殺しちゃうんですか?
まるで呪いの言葉のようにそれは響いた。だがそれでも彼は動かなかった。動けなかったのだ。
身虚人の声が頭の中で反響する。
「……できない」
「ふふっ、怖いですよね? 殺したくないし、死にたくもないですよね? だったら……早く私を通して?」
「俺は……ここを通すことはできない。これ以上、お前には誰も殺させない!」
「……あははははははっ、やっぱりダメでしたか。仕方ありません……これがきっと最後でしょうし、人間の感じる苦痛ってやつをもう少し見せてもらいますか」
「ぐぅ!」
トオルは腹部に強烈な衝撃を受けると、そのまま地面に倒れ込んだ。
「大丈夫、死なないように加減はしてあります。でも、このままだと出血多量で死んでしまうかも」
「う、あ……」
「さあ、どうするんですか? これまでの怪物みたいに、バグ技で私を殺しちゃいますか?」
身虚人から選択を迫られるが、トオルは苦痛に耐えながら必死に考えた。
「と、とおる……」
「クッ、時間がない……!」
ここで彼女を殺さなければ、おそらくもうプレイヤーたちを助けられない。だからといって、このまま放っておけば間違いなくマユは死ぬ。
思い付く限りのバグ技を試してみるが、なぜかどれも発動しなかった。
「駄目よトオル……コイツはバグそのもの。すべての乱数を調整して、その場その場で自身に都合の良い結果を生み出してるんだわ」
「なんだよ、それこそチートじゃねぇか!」
「えぇ、まさに無敵の存在ね……」
マユは力なく笑う。その声は今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。
彼女の言葉で、ミコトがこの世界で生き残っていた理由が分かった気がする。
この世界は現実の世界に酷似しているが、あくまで似て非なるものだ。つまり現実世界で生きている人間が怪異に干渉できるのは、それがゲームのルールに則っているからだった。
だがミコトにはそのルールが適用されていない。すべて彼女の都合の良いルールに置き換えられてしまっている。
だから攻撃しても効かないし、倒せないし、殺すこともできない。
では、どうすればいい? トオルは痛む頭をフル回転させる。
「……」
だが答えが出ないまま、刻一刻と時間が過ぎていく。
「ねぇ、どうしたんですか? まさか本当に諦めたなんて言いませんよね?」
トオルは懸命に頭を働かせるが、何も浮かんでこない。その間も刻一刻と時間は過ぎていく。
「……一つだけ方法があるわ」
「え?」
「トオル、アンタが身虚人に勝つ方法はたったひとつ。化け物には化け物をぶつければいいの」
「は? そんなことできるわけ……いや、待ってくれ。まさか……?」
「そう、その通り。トオルが身虚人と同じ方法を使って倒すの」
意外な言葉にトオルは戸惑う。だが彼女は真剣な眼差しで語り始めた。
「でも他に方法はないでしょ?」
「だけどそれじゃあ……」
「それに、これはトオルにしかできないことなの。だから頑張って!」
「…………」
「ほら、私だってそろそろ限界だし、あんまり待たせちゃだめだよ」
マユは痛みを堪えながら笑顔を浮かべた。
その言葉を聞いて、トオルは決意を固める。
「……そうだな。俺がやるしかないんだ」
「うん! それでこそトオルだね」
「ありがとな、マユ。おかげで決心がついたよ」
「ううん、こちらこそありがとう。トオルがここにいてくれて良かった」
「ああ、任せておけ。お前の分も必ず勝ってみせる」
トオルは力強く答えると、身虚人と向き合った。その視線に気づいたのか、彼女もまたトオルと対峙する。
「お別れは済んだのかな? ……いや、違うみたいだね?」
すぐに異変に気づき、怪しげな笑みを浮かべた。
彼女の視線の先では、トオルの身体が淡く光り輝いていた。
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