第64話迷子のルシンダ
「
「うん、今かたづける」
八穂が屋台を魔法ポーチにしまっていたところに、通りかかった冒険者風の女性が十矢に声をかけて来た。
「あら、トーヤさん。こんなところに?」
「やあ、ええと、誰?」
「いやね、リズよ」
この世界の女性は背が高い、横に並んでも僅かに低いくらいで、十矢の首筋に息がかかりそうなほど近寄ってほほえんだ。
「リズだったか。悪いな」
「まあ、いいけど。ヒマならご飯食べに行かない?」
ここの女性は積極的なんだ。目の前に繰り広げられている光景に、八穂はあっけにとられて女性を見上げた。
女性はチラッと八穂を見ると、フッと鼻で笑って、また十矢に向き直って彼の腕に手をからめようとした。
「悪いな。いかない」
十矢は無表情のまま言うと、伸ばされ女性の手からスルッと抜け出した。
「あら」
「よその男を誘ってくれ」
十矢は言って女性に背を向けた。
「帰れるか?」
「あ、うん。いいの?」
「何が?」
「あの女の人」
「色んなヤツがいるんだ。気にするな」
十矢は八穂の背に手をかけて促しながら顔をしかめた。
「十矢ってモテるよね」
「なんだ、それ」
「あはは。いつも人に囲まてれるし」
八穂が笑うと、十矢は迷惑そうに顔をしかめた。
「Aランクってだけで利用価値があるんだろう」
「なにそれ、人ごとみたいに言うね」
「知らない女から誘われてもなあ」
十矢は肩をすくめた。
「ヤホさん。ああ、トーヤさんも」
二人が門に向けて歩きだしたところに、牧場主のデニエが息を切らしてかけこんできた。
「どうしました、デニエさん」
「うちの娘、ルシンダは来ていませんか?」
「ええ、いらっしゃっていませんけど」
「どこへ行ったのか、冒険者ギルドまで一緒にいたのですが、いなくなってしまって」
「今日はお見かけしてませんね」
「うん、見てないな」
「私が用事すませている間に、受付嬢にトーヤさんのことを聞いたらしくて」
「俺?」
十矢はとまどったように聞き返した。
「トーヤさんが最近依頼で牧場に来なくなったので、どこの仕事をしてるのか聞いたらしいんです。それで、ダンジョン町の仕事をしてると聞いたらしくて」
「まさか、ダンジョン町へ?」
八穂が言った。
「わかりません。ここに来ていないとしたら、可能性があるかもしれません」
「まずいな。石壁の中ならいいが、まわりの森にでも入り込んだら」
「そうだね、子供の足でも行けない距離じゃないから」
「どうせ帰るところだし、探しながら行ってみるか」
「それでは、私も」
入口門の警備隊に聞いたところ、大人の後について、外に出た女の子が二人ほどいたという話だった。
どちらかがルシンダだったか確認はできなかったが、可能性はありそうだということで、警備隊にも事情を説明して保護を頼み、ダンジョン町へ向かった。
「イツとリクは、空から森を確認してくれ。それほど奥へは行ってないと思うけど」
十矢が頼むと、イツとリクは浮き上がって森の方へ飛んで行った。
「オレは森を探してくる。八穂はデニエさんを家まで案内して。デニエさんはダンジョン町の中を探してください」
「わかりました」
「八穂の家の庭を集合場所にしましょう。見つかったらイツを知らせに送ります」
十矢はイルアの森に入って行き、八穂は石壁の門を通り、デニエを自宅まで案内した。
「ここが私の家なんです。この先が建設中の町になります」
「わかりました、行ってみます」
「私は近くを探した後ここにいますから、何かあったら来てください」
「ありがとうございます」
デニエは礼を言うと、急ぎ足で町の方へ歩いて行った。
八穂はひとまず家の周辺を歩いてみた。八穂の自宅前は木立が伐採されて、今は短い草が生える平地になっていた。視界をさえぎる物はないので、少し先にある森のあたりまで見渡すことができた。
「子どもがいればすぐわかるはずだけど」
道を行き交うのは冒険者か職人らしい人ばかりで、小さな人影はなかった。
ルシンダちゃんは、ずいぶん十矢にご執心だったからな。八穂はあの花見会のことを思い出して、微笑ましく思った。可愛いくても、十歳くらいの女の子じゃ、さすがに十矢の対象外だろう。
でも、八穂は仕事をしている時の十矢のことはほとんど知らない。トワ広場で声をかけて来た人のように、きれいな女性が十矢のまわりにいるのかもしれないと考えると、八穂は少しだけ気持ちがざわつくのを感じた。
一方、十矢は森の木立の間を歩いていた。入口付近は低ランク冒険者が薬草摘みに入るので、下生えの草も短く、比較的視界は悪くなかった。
しかし、しばらく歩きまわってみても、入口の見通しの良いところに、ルシンダの姿を見つけることはできなかった。
「奥へ行ってしまったのか」
少し奥へ入るだけで丈の高い草が茂るようになるため、子どもの背丈なら埋もれてしまうだろう。もっと人を増やして探した方がいいのかもしれない。
そう思い出した頃に、イツから念話が届いた。
『女の子みつけたのじゃ』
『どこだ?』
『今迎えに行くのじゃ』
イツに案内された十矢がかけつけると、木にもたれたルシンダが、呆けたようにすわっていた。まわりの草はなぎ倒されていて、その前で大型犬ほどの大きさになったリクが彼女を守っていた。
地面に死んだ牙イタチと角ウサギが二匹地面に転がっているのを見て、十矢は声を上げた。
「襲われたのか?」
『危なかったのだ。リクが倒した』
表情を無くしているルシンダの代わりにリクが答えた。
『
「ルシンダ嬢、けがはしてないか?」
十矢が屈んで声をかけると、彼女は焦点の合っていなかった目を声の方へ向けた。
「ルシンダ嬢?」
「トーヤさん?」
「そうだよ、さがしたぞ」
「トーヤさん、こわかった」
十矢の顔を見て安心したのか、表情の無かった顔がゆがんで、大きな目からポロポロ涙があふれだした。
「もう大丈夫だ。デニエさんが探してるぞ。行こう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます