第63話玄米を炊く2

 強火で熱せられた鍋は、やがて沸騰して蒸気が上がった。

「沸騰しましたね」

 マギーが吹きこぼれないようフタを取ろうと手を伸ばしたのを止めた。


「マギーさん、待って。フタは開けないで、火を弱くしてください」

「あ、そうだったね。聞いてたのについ」

 マギーは笑って、魔石コンロの火力を調整した。


「そうしたら、タイマーをかけてください」

「よし、これで良いかな」

 マギーがタイマーのレバーをねじって、テーブルの上に置いた。


「はい。ベルが鳴るまでこのままです。ただ、途中で水がなくなるとチリチリ音がしますから、その時はベルが鳴る前でも止めてください。タイマーがない場合でも、チリチリ音が炊き上がりの合図です」

「わかりました」

「玄米の乾燥状態によって調理時間が変わります。水の量も違ってくるので、硬いようなら増やしてください」

「なるほど、何度か作ってみるしかないね」

「そうですね」

 

 炊き上がるのを待つ間に、マギーは八穂にトワの郷土料理を作ってくれた。

 ひとかかえもあるような大きなかぶをスライスして赤牛の肉と交互に重ねて蒸したもので、甘みのあるソースをかけていただく。八穂にははじめて食べる味だった。


 八穂は玄米が炊き上がってから、十分ほどはフタを取らずに蒸らすように言って、お握りの作り方を説明した。

 この世界には当然ラップはないので、事前にしっかり手を洗うことをお願いした。


 ここの石鹸サボンは、ナデシコに似た白い花が咲くサボン草の葉を加工したペーストを使う。こするとよく泡だち、ほのかに青臭い香りがする。


 火を止めてから十分ほどして、八穂はマギーに鍋のフタを開けてもらった。フタを開けた瞬間、白い湯気が立ち上って、八穂にとっては馴染みのあるご飯の香りがした。


「おお。これが玄米」

 院長が興味深そうに鍋をのぞき込んだ。


「まだ熱いので気をつけて。調理した米はごはんと言います。玄米なので玄米ご飯」


「ゴハン」

 シスター・マリーがつぶやきながら手帳に書きつけた。


「特に味はないですね」

 マギーが試食用に配られた玄米ご飯をのみ込んでから言った。

 

「そうですね。普通はおかずと一緒に食べます。よく噛んでくださいね」

 

「あ、噛んでいると甘味が出てきます」

 シスター・マリーが言って、二口目を口に入れた。

 

「そうね、最初とまどうけど。シンプルだからどんな料理にも合いそうね」

 院長は寄付された大量の玄米が無駄にならなくてすみ、ホッとしたようだった。


 八穂は好意的な感想を聞いて、ひとまず安心した。

 その後、定休日ごとに数回に渡って、玄米粥や炊き込みご飯の作り方など、米料理の指導をして喜ばれた。


 特に子どもたちには、ドードー鳥の出汁でやわらく煮た玄米粥が好評だったようで。後に孤児院の朝食の定番になった。


 さらに、玄米を寄付した商人からも問い合わせがあり、八穂は米料理の指導することにもなった。

 この商人、デズモンド氏は王都で大きな商会を経営しているそうで、トワにも支店を構えていて繁盛しているという。

 東部地方で栽培している米に目をつけて取り扱ってみたところ、うまく行かず諦めかけていたそうだった。


 八穂は米の調理のしかたに合わせて、白米の説明もした。デズモンド氏は精米の方法を考えてみると言ってくれたので、白米も街に出回るかもしれない。

 そして精米するとぬかが出る。八穂は近い将来、糠漬けが作れるようになるかもしれないと考えて喜んだ。

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