第65話衝撃発言

 日が傾いてきてあたりがかげって来た。風も出て少し肌寒い気がした。

日が落ちればもっと気温が下がるはずだ。暗くなる前に見つからないと危険が増す。

 八穂やほは祈るような気持ちで、庭に置いたテーブルセットにすわっていた。


 いなくなったルシンダを探しはじめてから一時間ほど過ぎて、八穂が待機していると、建設中の町を探していたデニエが戻って来た。


「トーヤさん、まだ戻ってませんか」

「ええ、もうすぐ暗くなりますね」


「町にはいませんでした。ダンジョン入口付近まで見てきましたが、見かけた人もいないみたいで」

 デニエは疲れたように、八穂の前に腰をおろした。


「女の子一人でいれば、目立つと思いますけれどね」

「そうですよね。ここへは来ていないのか」

 デニエは落ち着かないようすで、テーブルに置いた指を神経質に動かした。


「母親が早くに亡くなったので、甘やかしてしまったのがいけなかったか」

「父親は娘に甘いものですよ」

 八穂はなぐさめるように言った。


 その時バサバサ羽音がして、イツがテーブルの上に降りてきた。続いてリクもイツの横に降りてすわった。いつもなら、リクがテーブルに上がると叱るところなのだが、今回は大目に見てたずねた。


「リク、森はどうだった」

『女の子、いたのだ』


「いたって! デニエさん見つけたそうです」

 八穂が叫んだ。


「ほんとですか」

 デニエが立ち上がって、家の前の道を見回した。


『トーヤが連れて来るのじゃ』


「十矢が連れて来るそうです」

「おお!」

 デニエは言葉にならないようで、胸の前で祈るように両手を合わせた。


 しばらくして、十矢に抱えられてルシンダがもどって来た。

 彼女は、顔が土で汚れていたし、ドレスもクシャクシャだったが、けがなどはしていないようだった。 さすがに疲れているのだろう、ぐったりと十矢に寄りかかって眠そうにしていた。


「森の奥までは入っていなくて幸いだった。イツたちが見つけてくれた。俺は見てなかったけど、おそらく角ウサギなどに襲われそうなところをリクが助けたみたいだ」

 十矢が説明した。

「よかったね。無事で」


 十矢からルシンダを受け取ると、デニエは、ほうと長い息を吐いた。

「ルシ、心配したんだぞ」

「とうさま、ごめんなさい。でもトーヤさんに会いたくて」


「黙って行ったらダメだろう」

「だって、だって、トーヤさんに会いたかったんだもの。だって、トーヤさんは、わたしのだんなさまでしょ?」


 ルシンダの衝撃発言に、八穂は思わず十矢を見た。十矢も驚いたように、デニエを見る。


「ああ、違うんだよ、ルシ」

「どうして? とうさまは言ったわ。トーヤさんをお婿むこさんにして、牧場をやってもらえばいいって」


「いや、それはね。すみませんトーヤさん。ルシがトーヤさんが好きって言うから、冗談のつもりで言ったので」


「ああ、なるほど」

 十矢は納得したというように、頭を掻いた。


 以前、牧場の花見会の時のルシンダを思い出したのだろう。十矢は八穂に、最近つきまとわれていると、困惑していたことがあった。


「あのな、ルシンダ嬢。オレ好きなヤツいるんだわ。だから牧場の婿にはなれないんだ」

 十矢は八穂を見て、手招きした。


「私?」

「うん」


「こいつ」

「え? ええっ!」

 十矢が肩を抱くようにして引き寄せるので、八穂はあせった。


「なんでよ、突然。なんで」

 八穂が小声で問うのに、十矢は口の端だけ上げて笑みを作ると、ルシンダに言い聞かせるようにやさしく言った。


「そんなわけで、君はあと五、六年もすれば、ふさわしい男が現れると思う。その時のために、いい女になっておくといい」


「むうぅ」

 ルシンダは、あふれそうな涙を隠すようにして、デニエの胸に顔を埋めてしまった。


 デニエが娘をなだめながら戻って行ってから、十矢と八穂はしばらく気まずいようすで庭に立っていた。


 十矢が何か言いかけては、やめて、息を吐くのをくり返していた。八穂は気づいていながら知らんふりをして、暗くなった空を眺めていた。


 気持ちが混乱していたのだ。八穂自身、これまでとは違った十矢への気持ちを、ほんのりと自覚してきてはいたが、まだはっきりしたものではなかった。

 十矢の言い方がルシンダに言い聞かせるため、こじつけたようにも思えて、複雑な心境だったのだ。


 この世界には大気汚染がないので、夜の空は澄んでいた。地球と同じように宇宙があって、同じような星があるのかはわからないが、空には無数の星が瞬いていて、東の空に上がって来た巨大な月があたりを照らしていた。


「あれ、どうしたの、二人とも」

 ラングが声をかけて来た。

【ソールの剣】のメンバーが、仕事を終えて帰ってきたようだ。


「外は寒いでしょうに、なにかあったの?」

「まあ、ちょっとな。夕食の時話す」

 ミーニャの問いに、十矢が答えた。


「八穂、行こう」

 十矢は八穂に近づいて来て、耳元に口を寄せた。


「さっき言ったことは、本気だからな」

 小声で言うと、体を返して歩いて行ってしまった。


「なによ、勝手に!」

 八穂は、頬に熱が上がるのを感じて、身じろいだ。


「なによ」


「ヤホちゃん、風邪ひくよ」

 トルティンが家の前で呼びかけた。


「はーい、ごめんね、今行く」

 ヤホは大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けてから、玄関に向かってかけ出した。

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