第3話地方都市トワ

 土を踏み固めたようなデコボコ道を数分ほど歩いて行くと、高い石壁に囲まれた街らしいものが見えた。

 街の入口は半円形の広場になっていて、その奥に大きな石門があった。その門に向かって人や荷馬車が進んでいた。


 八穂やほも石門に向かって歩いて行ってみることにした。この世界で生活して行くとすれば、いつまでもひとりきりでいるわけにはいかない。必要な物は買わなければならないだろうし、お金も稼がなくてはならないだろう。今後どうなるかはわからないが、八穂は気持ちを切りかえることにした。

 

「ねえ、リク。街の人を驚かしちゃいけないから、しゃべらないでいてね」

 八穂が頼むと、リクは不思議そうに見上げた。

 

 『どしてなのだ? リクのお話はヤホにしか聞こえないのだ』

「ああ、そうか、そうね。念話だものね」

 『ヤホはちょっとおかしい。おもしろいのだ』

「うう、ごめんよ。まだ馴れなくて」


 『リクとのお話は、声に出なくてもいいのだ。ヤホが考えればリクはわかる』

「そうだったのか」

 『ヤホが声でリクと話すと、街の人は驚くのだ』

 

「あ、そうか。私って人が見てたら、ひとりごと言ってるように見えるのか」

 八穂はあわてて小声にした。


 『考えるだけというのも難しいな。これでわかる?』

 八穂は心の中でリクに話しかけてみた。

 『わかるのだ。よくできたのだ』

 『なんか変だけど。馴れるしかないね。行こうか』


 「トワの警備隊だ、身分証を出してくれ」

 街へ入る人の列に並んでいると、やがて八穂の順番がまわってきた。

 

 警備隊員だという男は、見た目はゴツい顔つきをしていたが、見おろす目は優しそうだった。


 「ええと、あの、持っていないのですが」

「持ってない?」

「遠い国から来たので」

「外国人か? それじゃ一応、犯罪歴を調べさせてもらうから、詰所つめしょまで来てくれ」

 

「私、ここへ来たばかりで、犯罪なんか犯してませんけど」

「一応、決まりだからな。犯罪者でなければ問題ない」

「わかりました」


 警備員に案内されたのは、石門近くにあった警備隊の詰所だった。

 

 「おーい、ダルク隊長」

 隊員が呼ぶと、奥から背の高い男が出て来た。


「なにかあったか?」

「身分証がないって、この坊主が」


「坊主?」

 八穂は思わず声を上げたが、ジーンズにトレーナーという自分の姿を思い出して苦笑した。男の子に間違えられているらしかった。


 「なんだ、坊主」

 隊長が目の前の椅子を示して、座るようにうながした。


「あ。いえ。何でもりません」

 八穂はあえて訂正せず、言われた通りに椅子ヘ腰かけた。


「名前は?」

七瀬八穂ななせやほ

「ナナセヤホ?」

「いえ、ヤホってことでお願いします」

「よし、それじゃヤホ、このプレートに両手を置いてくれ」


 ダルク隊長は、机の上に置かれていた厚みのある四角い金属のプレートを示した。プレートはちょうど大人が両手を乗せられるくらい大きさがあって、表面に見たことのない複雑な模様が彫り込まれていた。


「これでいいですか」

「ああ。そうだ」

 八穂が恐る恐る模様の上に両手を乗せると、プレートはぼんやりと光った。


「なに?」

 八穂は手のひらから何かが、無理やり体に入り込もうとするような圧を感じて体を硬くした。


「体に害はない。魔力を通すだけだ」

「魔力?」


「このプレートは魔道具で、魔力を込めた魔石で動いている。知らないのか?」

 ダルクは驚いたように、八穂を見た。


「はい、魔力なんてないところに住んでたので」

 八穂は興味深そうに、魔道具をながめた。


 「そんな場所があるのか? 魔法が使えるヤツは少ないけど、誰にでも魔力はあるぞ。体力、心力、魔力ってな」

 ダルクが不思議そうに言った。


「へえ、これが魔力」

 手のひらに感じた圧は、じわじわと腕からはい上がって、体全体に広がって行った。


 「なんとも奇妙な感じ」

 あたたかい何かが体を巡って行くような感じがして、八穂は居心地が悪そうに首を振った。

 やがてプレートの光が消えると、すうっと抜けるように、体に感じていた圧が消えた。


「よし、終わりだ。犯罪歴なしだな」

 ダルクは幾分穏やかになった表情で言った。


「これでわかるんだ」

 八穂はプレートから手を外して、自分の手のひらを見つめた。


「警備隊が扱った犯罪は、スリやかっぱらいなどの小さなことまで、中央に報告が上がり、国が管理してる」

「そうなんですか」

「まあ、事件にならないような犯罪は見逃されてるかもしれないがな」

 ダルクは手もとの小さな紙に、何か書きつけながら言った。


 八穂は、これまでこの世界にはいなかったのだから、犯罪歴があるはずもないなと、内心思った。


「それじゃ、これが犯罪歴なしの証明書だ。これを見せれば街に入れる」

「ありがとうございます」

 八穂はゴワゴワした生成きなり色の紙片を受け取った。


 ヤホ 犯罪歴無し トワ警備隊長ダルク。


 そこには見たことのない文字が書かれていたが、不思議なことに八穂には意味が理解できた。そういえば、さっきの警備隊員とも、このダルク隊長とも、普通に会話できているなと思った。


「街に入るには通行税がかかる。一人千ギット。そっちのは従魔じゅうま? じゃねえな。使役獣しえきじゅうかそれとも愛玩獣あいがんじゅうか?」

 ダルクは八穂の足もとに丸まっているリクを指して言った。

 

「ええと?」

 「従魔はテイムした魔獣。普通のけものを飼い慣らして仕事させるのが使役獣。可愛がるだけなのが愛玩獣ってことだな」

「なるほど、それじゃ、この子は私の相棒だから、使役獣ってとこかな」

「使役獣は通行税五百ギットだ。石門前で払ってくれ」

「わかりました」

 

 「ああ、そうだ」

 八穂が事務所の外へ出ようとしたところで、ダルクが後から声をかけてきた。

「はい?」

 

「身分証が欲しければ、冒険者ギルドへ行くといい。登録すれば証明書になるカードがもらえる。ギルトカードを持っていれば通行税が免除されるぞ」

「そうなんですか、行ってみます」


「それがいい。なんだかお前、常識知らなそうであやういからな」

 ダルクは苦笑した。


「確かに。知らないことだらけです」

「おう、困ったことがあれば来いよ」

 ダルクはドアをあけて、見送ってくれた。

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