第4話中央広場

 トワの街は、日本の田舎街に住んでいた八穂やほから見ると、かなり賑やかに思えた。特に何をするという目的もないので、中央広場付近を歩きながら、街のようすを見てみようと思っていた。


 街の建物の多くは、灰色がかった石造りで、まれに赤いレンガを積んだような建物もあった。屋上には金属の囲いが設けられていて、それぞれ工夫を凝らして花や草木などで飾られていた。


 大きな噴水のある中央広場から四方に石畳の大通りが伸びて、たくさんの人や荷馬車が行き交っていた。貴族かお金持ちのものなのだろう豪華な馬車が通る時には、従者らしい少年が声を上げて、通行人を道のわきに寄せていた。


 大通りの南端が入口の石門。中央広場の北側はゆるい登り坂になっていて、その先の高台には、ひときわ大きな建物が建っていた。


 広場周辺は商業区になっているらしく、小売店や食堂などが入り乱れて建っていたが、八穂はそれよりも、中央広場のあちこちに出ている屋台に興味をひかれた。


 何かを焼く香ばし匂いただよってきた。食欲をそそるそれに誘われて、近づいて行くと、串に刺した肉を焼いている屋台だった。


「お、坊主、串焼きどうだい」

 網の上の肉を返しながら店主が声をかけた。


「美味しそうですね、何の肉」

赤牛あかうしの肉だよ。このタレがオレの特製なんだ。うまいぞ、食ってみろ」


「それじゃ一本ください。それとこの子にも一本欲しいんですけど」

 物欲しげに八穂を見上げているリクに気がついて、追加をたのんだ。


「おう、いいぞ。ワイルドキャット? にしちゃ毛が長いな。変わったけものだね」

「あはは、そうですね。リクは特別な子なんです」


「はいよ、熱いから火傷やけどするなよ」

「ありがとう」

 八穂は、店主にお金を支払うと、一センチ厚さの赤身肉が三枚刺さっている串を渡された。

 この国のお金の単位はギット。串一本が百ギットだった。物価などはわからなかったが、八穂は百円くらいかと予想した。

 

 リクが言った通りに、エリーネ神がくれた魔法ポーチの中には、銅貨、銀貨、金貨合わせておよそ五十万ギット入っていたので、おそらく五十万円相当ではないかと予想された。

 

 『リク、熱いから気をつけて、味付きだよ』

 八穂が念話を送ると、リクはうれしそうに尻尾を振った。

 『問題ないのだ』


 リクの水飲み用に持って来ていたボウルを魔法ポーチから出して足もとに置き、串からはずした肉を入れてやると、リクは鼻を近づけて匂いを確認した後で、肉にかぶりついた。

 八穂も人目をはばからず、ガブリと肉をかむと、塩味に加えてさわやかな果物の酸味が口の中に広がった。


「おいしい、おいしいです」

 少々歯ごたえはあったが、ネギのような香りと他に何か香草を使っているらしく、肉の臭みが上手に消されていて食べやすかった。


「おう、気に入ってもらえたらうれしいよ」

 店主は満足そうに言うと、新しい肉を網の上に乗せた。


「坊主はこのあたりのもんじゃないね」

「はい」

 どうやらまた、男の子と間違われているらしかったが、八穂はあえて訂正せずにうなずいた。


「だろうな。赤牛の肉を知らないなんて、このあたりにはいねえからな」

「そうなんですね、すごい田舎にいて、最近出て来たばかりなので」


「へえ、田舎なのに赤牛がいないのか? 背中にちっこい羽が生えてる。これくらいの牛だ。この国の家畜では珍しくもないんだが」

 店主は両手を広げたくらいの長さを示した。


「まあいい、たんと味わっていけ」

「ありがとうございます」


 八穂は内心あせりながら礼を言った。別の世界から来たことを気軽に話していいものか、判断がつかなかったので、ここは黙っていた方が良いと考えたのだ。


「ごちそうさま、おいしかった」

 串焼きを食べ終えて屋台を後にした。

 たっぷり朝御飯を食べて来たので、ボリュームのある串焼きを食べたらお腹が苦しかった。腹ごなしに少し歩こうと考えた。


 果物や果実水を扱っている店、鉄板の上でクレープのようなものを焼いている店、手作りらしいアクセサリーを並べていたり、鍋や食器などの日用品のほか、雑多な屋台が並んでいた。

 その屋台の間を引っ切りなしに人が行き交っていて、広場は物を売り買いする声でざわめいていた。


 八穂と同じように、けものを連れている人もいた。背中に荷物を乗せて運んでいる大型犬や、鹿のような角のあるシマウマに似た獣。肩に鳥を乗せている人も歩いていた。

 八穂にはどれが魔獣で、どれが獣なのか判断がつかなかったが、リクを連れて歩いていても違和感がないのは良かった。


 『冒険者ギルドってどこだろうね』

 

 八穂は広場中央の噴水近くに立って、あたりを見まわした。

 建物には看板がかかっているわけではないので、商品を並べている店などの他は、何の建物なのかわかりにくかった。


 『リクも知らないのだ』

 『誰かに聞いてみようか』

 八穂がキョロキョロまわりを見回していると、後から声がかかった。


 「なにか探してんのかい」

 草を編んだようなかごを抱えた女性が声をかけて来た。籠の中には折りたたんだ布が山になっていた。


「冒険者ギルドを探していて」

「それなら、ほら、あっちだ。北大通り入ってすぐ。左側が冒険者ギルド。道をはさんで向かいが商業ギルドだ」

 女性の指さす先には、頑丈そうな黒い石造りの建物があった。向かい側の赤レンガの建物が商業ギルドなのだろう。

 

「ありがとうございます」

 八穂が礼を言うと、人の良さそうな女性は笑った。

 「いかにも迷子ですって感じだったからね。冒険者志願かい」

 

「石門で警備隊の人に聞いて。身分証を持ってた方が良いみたいで」

 「確かに、街への出入りは警戒されるからね」

「そうなんですね」


「あんたは、このあたりの人じゃないのか。ここでは子供が十歳なったら仕事見習いになるから、奉公先から身分証が出るもんだ」

「そうなんですね。外国から来たんで知らなかった」


 「なるほどね、外国は違うのかもしれないね。まあ冒険者なら犯罪歴がなけりゃ誰でもなれるから、頑張んなよ」

「ありがとうございます」


 女性がひらひら手を振って去って行くのを見送って、八穂は冒険者ギルドへ向かった。

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