第7話 お稲荷様の御意志

僕は弁護士さんを後ろに、裁判が行われる部屋の前で、

「スーハー」

深呼吸をし、

「絶対に減刑を勝ち取りましょう」

と言う弁護さんの言葉に、

「はい。勿論です」

若干の不安を感じつつも、彼への絶大な信用が打ち勝っているのが自分でも分かった。


「さあ、頑張りましょう。決死の覚悟で」

僕がそう言うと、弁護士さんの更に後ろに待機していた警察が、僕達の目の前に立ち、扉を開いた。


部屋の眩い光に一瞬クラクラする物を感じつつ、目を瞑りながら確実に一歩一歩を進めていくと、

『ドンッ』

と僕の身体が押され、床に突っ伏すことになった。


「へっ」

驚きに声を漏らしていると、扉が勢いよく閉められる音が響いた。

僕が急いで閉じていた目を見開くと、僕が入った部屋は、中央に縄が。

そこに首を吊せ、と言わんばかりに主張をしている縄が見えた。



「はっ? えっ、どういう? えっ、冗談ですよね?」

急いで立ち上がり、後ろで弁護士バッチを胸に輝かせ、地面を向いているその人に問いかけると、

「冗談? 何がだ。これは冗談なんかじゃないさ。強いて冗談をあげるのならば、”上告をした”その事実が冗談だと言えるだろう」

彼は嗤ったように言い切り、

「誰もお前みたいなクズを信じてるわけないんだよ。稲荷川さんも。俺も。誰もな」

そう言いながら、僕の事を見下したかのように、誇らしげに掛けていためがねを外し、

「皆。みーんな。お前が絶望して、糞よりも酷い状況で、死ぬことを望んでるんだよ。バーか」

と宣言をした。


「どっ、どうしてこんな事を? ぼっ、僕は貴方、貴方達のことを信じてたのに」

膝から崩れ落ちながら、振り絞った声を出すと、

「だーから、全部。お前を最低の糞みたいな状態で殺すためだ、って言ってんじゃん。お前、バカすぎ。まっ、こんな事になるんだから、学がないのか。はっ? 知れてんねぇ。辺境の糞みたいな大学に逃げて、糞みたいな会社に就職して、糞みたいな人間と関わってた人間は」

侮蔑的な声で言ってきた。


「ふざけんなよ。クソ野郎! 裏切ったのか! 殺してやる」

僕が怒りに任せて叫び、殴り掛かると、

「あぁ。ああ。煩いな。叫ぶなよ猿人類の犬畜生。バカが吠えると更にバカに見えるぞ?」

彼はそう言いながら、僕の打撃をするりと避け、

「それに、君が俺を殺すことが出来るわけないだろ。それ程までにバカなのか? ホントに救えないな」

と言い、僕の腹を蹴飛ばした。


「あっ、あと。お前。勘違いしてたな。俺達は別にお前を”裏切ってはいない”ぜ」

「ふざけるなよ。お前らの行いが、裏切りといわず何て言うんだ!」


僕の叫びを聞くと、はあ、如何にも鬱陶しそうに溜息を吐き、

「お前、ホントにバカだな。俺らはお前の仲間じゃねーんだよ。最初っからな」

こちらを侮辱し、辱める声だった。


「どうして? どうして!」

必死に声をひり出して言うと、

「顧客のため。はたは被害者のため。色々と理由付けは出来るが、まあ顧客全員が、お前の死を望んでいるのさ。さっきも言ったがな」

彼はこう言うと、

「さっ、もう始めて下さい。もう良いでしょう。稲荷川さん」

独り言のように呟くと、

「あぁ、もう構わないよ。満足だ。殺してくれたまえ」

部屋の角に備えられたスピーカーからその声が響いた。


声が響くと、警官達が一瞬にして動き始め、僕の肩を持ち、運ぼうとしてきた。

「やめろ! やめろ! やめてくれ! 助け! 助けて! 僕は何もしてない! 僕が犯人じゃないんだ! 本当なんだ! 信じてくれ! やめてくれ」

必死に、悲痛な声を叫ぶが、その声は誰の心にも響くことはなく、弁護士の口角を上げさせるだけだった。


必死に手と足を振り続け、怒鳴り声を上げる。

だが、それでも四人の男に押された僕は、糸に首が通されることとなってしまった。


「やめろ! やめろ! 殺してやる! お前ら全員! ぶち殺してやる! 顔は覚えたからな! 絶対に殺す! お前の子供まで! いや、お前の孫の孫の孫まで! お前の血筋の奴を全員殺してやる! 全員呪い殺してやる!」

僕は叫び声を必死に上げた。


だが、その声はやはり誰にも届くことはなく、

『ガタンッ』

と言う足下からの音で、潰えてしまった。


「やった! 僕はやったんだ! 殺したんだ! あいつのクソ野郎の! 田宮健介の子供を殺したんだ! やったんだ! 僕は、僕の復讐は終わったんだ!」

と叫ぶ稲荷川の割れるほどに大きな声が、鼓膜に響いた。

だが、僕にはもうそれが、事実なのか、はたまた幻聴なのかを考えることは出来なかった。


──────────────

「速報をお届け致します」

テレビからは、女性リポーターは半狂乱になりながら叫び、

「新興宗教”ひかりの会”教祖『稲荷川誠』容疑者が、本日未明殺人罪により起訴されました」

と続けられた。


「被害者とみられるのは、『田宮健介』さん、『田宮遥人』さんの親子。一年前より行方不明であった『朝倉雅之』さん、二ヶ月前にご遺体が発見された『荒木徹』さん、四年前より行方不明であった『村木宗司』さん。──────────────」

 その後も数多くの被害者の名前が読み上げられ、

「被害者の情報をお持ちの方。如何なる情報でも構いません。警察、テレビ局どちらかにお願い致します」

 と締められた。


 その後、新興宗教『”ひかりの会”』の話題は、一躍語られるようになり、稲荷川誠被告の

「私はいじめられていた。私の行ったことは正当な復讐であった。これが正当な復讐でなければ、何が正当な復讐に該当するのか?」

 と言う発言により、更に知名度を増すことになった。


 警察を装い、被害者を絶望の淵に落とすその犯罪書手腕は、事件の完全な終結後も多々話題に上がることはあった。

 だが、事件はじきに忘れ去られるのであった。

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正義は何処へ 橋立 @hasidate

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