第6話 狐の救い?
「どうして。どうして。どうして。僕は、僕は何もやっていないのに」
頭を掻きむしりながら呟き、牢屋の中央を、まるでそれをするのが天命であるかのように一心不乱に回った。
「どうして。どうしてこんな事になったんだ。僕は、何もやってないのに。全て冤罪なのに」
自分の息の音が大きくなっていくのが分かる。
あぁ、気持ちが悪い。吐きそうだ。
視界がグラグラと揺らぎ、出て行く息が揺れる。
歯がカタカタと音を鳴らし、顔全体がまるで熱した鉄のように熱を発する。
「可笑しい。僕の人生はこんなはずじゃなかったんだ。なかったはずなのに。あいつが、オヤジが死んでから、僕の人生は、僕の人生は、外れたレールから、戻ったはずなのに」
掻きむしった頭皮が痛い。
「ハア。ハア」
荒い息が漏れ出すと、
『ポタポタ』
音を立てるように床のコンクリートが、色を薄暗くさせていった。
「どうしっ、どうしてこんな事に。僕の人生はどうして」
小さく漏らしながら、床に膝をつく。
コンクリート製の床は、僕の怒りに燃える身体から熱を奪っていく。
だが、奪えば奪うほどに、それに比例するかのように、怒りが、熱がグツグツとマグマのように音を上げる。
「あぁ、気持ちが悪い」
呟き、怒りにまかせ床を叩きつける。
すると、
『カーン』
と鈍い音が部屋の中に反響し、いつの間にか消えてしまった。
「僕の人生はどうしてこんなんになってしまったんだ?」
吐き気を抑えながら必死に考える。
すると、偶然なのか、必然なのか、僕にも分からないが一つの結論に至った。
「全て。全て、全て、全て。全て! 父親のせいだ。あのクソ野郎のせいだ! 身勝手にも僕の事をこの世に誕生させ、身勝手にも会社を解雇され、身勝手にも僕に怒りをぶつけ、身勝手にも、身勝手にも勝手に死んだ! あの男のせいだ!
僕の人生が、狂い始めたのは、全て、全てあの男のせいだ!
あの男の友人、稲荷川には笑われ、あの男の葬式のせいで、僕はこの冤罪を仕掛けられている。
全て、全てあいつが原因なんだ」
僕は怒りに任せ、床を殴りつけ、頭を掻きむしり、ベッドやトイレを蹴った。
だが、そんな事を続けても、誰にも見られることも無ければ、誰かから救いの声が与えられることはなく、ただただ虚しいだけだった。
「ハハハ。どうしてこんな事になっちまったんだ。僕は普通に生きてたじゃないか。僕は普通に学校に通って、卒業して、就職して・・・普通な綺麗な人間として生きてたじゃないか。親が死んだだけの汚点で、どうして僕がこんな事にならないといけないんだよ? 誰か教えてくれよ。なあ?」
僕は自嘲のような嗤いを浮かべながら呟く。
だが、その声はただただ暗闇に吸い込まれていく。
「ハハハ。終わってしまった。ふざけてやがる」
諦め、目を閉じようとしたところで、
「囚人番号250番。牢屋を出ろ」
そう言う声が、格子の外から聞こえてきた。
「・・・・」
もう僕には、返事をする気力もなく、動く気力もなかった。
「聞いているのか! 囚人番号250!」
僕を呼ぶ怒鳴り声は、更に大きくなったと思うと、
「ハア。これだから、社会のクズは」
溜息交じりに侮辱の声が発され、
「早く出ろ! 面会だ」
金属とコンクリートが擦れる音がなったと思うと、そう言う声が僕の近くで発され、引きずられるように僕は運ばれていった。
面会室と言われる部屋に、投げ入れられた僕は、大人しく椅子に座っていると、
「やあ、久しぶりだね。田宮遥人君」
と言いながら、アルミ板を隔てた向こう側に座る人物が現れた。
「嗤いにでも来たのか? 稲荷川さん」
若干自嘲気味に、声を震わせながら彼に言うと、
「僕は審問の後。よくよく考えたんだ。君が、今回のような極悪非道な重犯罪を起こすのか、ってね」
顔に笑顔を貼り付け、続けた。
「そして僕は結論づけた。君が、遥人君。君がそんな事をするはずがない、と」
一瞬彼の言うことが、理解できず。
理解した瞬間に、
「どうしてそう思ったんだ?」
彼の真意を問いかけた。
疑心の心が半分、信じる心が半分だった。
「僕は思うんだ。あの
信じるに値しないであろう根拠で、彼は僕の事を信じている、と言った。
ハハハ。あのクソオヤジでも、こんなに使えることがあったんだな。
心中であの男のことを、多少なりとも見直していると、
「田宮君。もし、君がさきの裁判の結果に不服を感じているのなら”上告”をしてみたらどうかな。僕の知り合いには、優秀な弁護士達が居るし、僕がちょっとだけ裁判官に口利き出来るかも知れないんだ。勿論、諸々の費用は僕が出すからさ」
彼は早口に言ってきた。
「どうして僕にそこまで良くしてくれるのですか?」
今までの彼の悪印象、それらが全て僕の勘違いであった。
その事に気づき、僕が彼に問いかけると、
「そんなの君のお父さんに受けた恩を、返しきれていないからさ。恩を仇で返す、それは僕の性に合わないのさ」
彼はそう言い切ってくれるのだった。
その後は、ちょっとした世間話をした。
そして、翌日には稲荷川さんが、連れてきた弁護士さんと色々と話をした。
弁護士さんは、僕の話に納得したのか、
「絶対に勝ちましょう」
闘魂を燃やしたかのように言ってくれた。
色々と話し合い、色々と弁護士さん、稲荷川さんと考え、そしてその日。
上告の日が訪れた。
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