第5話 八百長裁判
「どっ、どうして僕は此処にいるんだ」
証言台を前にして声を漏らすと、睨むような冷たい視線が周囲から向けられ、
「田宮遥人さん。貴方の名前で間違いないですね」
質問が投げかけられた。
なんなんだ。一体これは。
疑問に思いながらも、
「はい。間違いないです」
若干どもりながら返すと、
「平成11年7月6日。貴方の生年月日で間違いありませんね」
再度質問が投げかけられ、
「はい。間違いありません」
と返す。
すると、
「青森県────────────」
住所、本籍、職業が問いかけられた。
そのどれもに間違いがなかったので、
「間違いありません」
と僕は答えた。
「殺人罪、強盗致死、強制性交等罪────────」
心当たりのない罪を読み上げられ、そのも読み上げられ、黙秘権の説明があった。
「起訴事実について言いたいことはありますか」
と言う言葉が僕に投げかけられた。
言いたいこと? そんなの幾らだってある。
「先程述べられた起訴事実。それらは全て冤罪です。僕は、その全てをやっていません」
僕の言葉は、何でも無かったかのように流され続いた。
「田宮遥人さんのお父様、田宮健介さんの殺人事件は、田宮健介さんに愛されていなかった遥人さんが────────────」
検察が事実無根のでたらめ、有り得ない道筋のストーリーを話した。
有り得ない。ありえない。僕がそんな事をする必要がない。
懐疑的な思いを抱いてしまった。
何故、これ程までに無能なのだ。やっていないことを、さもやったかのようにでっち上げるなど、公的機関として可笑しいのではないか。
僕が文句を抱いていると、僕が犯罪を犯したのを見た、と宣う人達が何人か出てきて証言を行った。
「私は確かに見たんです。旦那がこの男に、バットで殴打されるところを────」
「僕は遥人さんが、父さんとお酒を飲んでいて、突然怒りだし、瓶で父さんを叩きつけるところを────」
「わっ、私は確かに、確かにこの男に、犯されました────」
有り得ない状況。僕が絶対に行かないような所での出来事。
名前はおろか顔も知らない人物達が、僕に殺されたと証言されてる。
その状況を僕は静かに見つめていた。
馬鹿馬鹿しい。この裁判は八百長なのではないか。
僕はこう思うことしか出来なかった。
早すぎる裁判の流れ、嘘にまみれた証言、証拠。
まともに発言をしない弁護人。
「有り得ない。僕は何もしてないのに」
小さく呟く。
だが、その声は誰にも届くことはなく、死刑が裁判官より叫ばれる。
「可笑しい! ふざけたことを言うなよ!」
「ふざけるなよ! ふざけるな! 冤罪だ! 僕はやっていない」
叫ぶ。偉そうに、汚い物を見るようにこちらを見下す男を。
僕が腕を振り上げながら叫ぶと、煩い音を上げながら、
「落ち着いてください」
と言う男達が近づいてきた。
「やめろ! 触るな! 僕に触れるな!」
僕に掴みかかろうとする男達に言うと、
「落ち着いて! 落ち着いてください!」
同じ事を繰り返しながら、奴らは近づいてきた。
「やめろ! 近づくな」
声を張り上げ、一人の男を突き飛ばすと、
「イタッ」
彼は小さく漏らしながら、尻餅をついた。
「おいおい。あいつ」
「反省してないんじゃ」
様々な声が、傍聴席より沸き立った。
「ちょっと、落ち着け! 落ち着け」
男達は焦ったように叫びながら、僕の事を取り押さえようと近づく。
「やめろって言ってるだろ!」
叫びながら、手を必死に乱暴に振ると、
『ザワザワ』
と声が沸き立ち、
「反省しろ!」
「犯罪者!」
「悪魔め!」
大声が沸き立ち、複数の男達がこちらに走ってきた。
「やめろ! 止まれ」
僕は叫んだ。
だが、彼らは止まることなどなく、取り押さえようとした男達を押し、僕にぶつかってきた。
「痛い! やめろ! 殴るな!」
そして僕を殴りつけてきた。
「やめろ! やめてくれ! 助け! 助けて!」
手足を必死に動かしながら、声を張り上げる。
だが、その声は僕を殴りつけていた男達を逆上させるだけだった。
「お前が────」
「死ね────」
「ぶち殺してやる」
聞こえないほどに荒げられた声が僕の頭を揺らす。
「やめっ、やめて」
小さく漏らしながら、一層強くなる暴力に耐える。
そんな状態でいると、ふと裁判官の男が見えた。
裁判官の男は、我関せずとそっぽを向いていた。
だが、その顔には嘲笑が浮かび、明らかに僕の事を笑っていた。
「ふざけるな───! 殺してやる! ぶっ殺してやる! ───呪ってやる! 末代まで、玄孫の代まで呪ってやる!──────」
憤慨を抱き、僕が叫ぶ。
すると、その瞬間、顔に、腹に、強烈な拳が突き刺さり、
「くっ」
意識を暗い闇の中に落としていった。
そしてまた僕は目覚めた。
今度はジメジメとして、汚らしく、薄暗い場所。
大きな格子が無情にも封をし、汚く固そうなベッドが自己を主張し、強烈な臭いのする陶器製のトイレがあんぐりと口を開ける場所。
僕は牢獄にいたのだ。
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