底にある言葉

例えばあの時文字に向き合わなかったとして。


言い様のない激しい感情を、

表現しようのないもどかしい気持ちを、

焦りに似た衝動を、

どうにかして形にしようと、こんがらがってしまった糸を解くために、

指を動かす選択をしなかったとして。


黒々と膨らんだよくわからない“それ”の全てを、

一息で飲み込んで咀嚼してしまうような、きっとそんな私にはなれなかった。


内側から焼けるような、

爆ぜるような、

ずきずきと突き刺して傷つけようとする、

痛みを伴う排出行為について。


“なかったこと”には到底できない。

そこにある言葉について。


言い様のない激しい感情も、

表現しようのないもどかしい気持ちも、

焦りに似た衝動も、

形とも言えない歪な塊になったその糸を、

震える指で解けなかったとしても。


一息で飲み込まれた“それ”を掘り返して、ひっくり返して、

どうしたって探すことを止められないに違いない。


例えばあの時指を動かさなかったとして。


沈殿した言葉のなれ果ては、やがて積もり重なり溢れるだろうし、

私にそれを止める術はないのだろう。

ひっくり返して、掘り返して。

例え痛くても、苦しくても、解いて砕いて吐き出すことしかできないから。


底にある、言葉について。


私たちは“そういうもの”だ。

“そういうもの”で、できている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

底にある言葉 佐古間 @sakomakoma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る