第18話 早すぎる退場。

 奄美の兵科高等学校に通う一生徒に過ぎない男が敵地に潜入し、なおかつ決戦兵器の試作品と資料を奪う──。


 この破天荒なトンデモ展開に対しては、原作アニメファンであるマモルも疑問に感じる部分はあった。


 ──ボクみたいな厨二向けのアニメだから仕方ないのかと思っていたけど……、


 拳銃を構えたままこちらに向かってくる男の様子を見て、マモルにもようやくその理由に見当がついた。


 ──主人公も抗エントロピー症だったのかっ!!


 それ以外、Ϝディガンマ零の設定を盗み聞きしたはずの相手が、何も恐れずに近付いて来る理由が思い当たらない。


 ──でも、抗エントロピー症ってわりと重要な設定のはずだけど、原作には出てこなかったなぁ……。


 マモルの中で新たな疑問が湧き上がっている。


「鎧──剣児」


 マモルから相手の名を聞いた薫子は、記憶を手繰るかのように小声でその名をそらんじた。


 とはいえ、これまでの両者には何の接点もない。


 ついこの間までは浜名湖闘技場の弐式ふたしき剣闘士だった薫子と、遥か南方の奄美大島で兵科高等学校に通う鎧剣児が知り合う機会など無かっただろう。


「──知らんな」

「え!? 嘘でしょ?」


 とはいえ、薫子の発した衝撃的な一言に、改めてマモルは驚愕の声を漏らした。


 ゆえに、類型的なコケのポーズを反射的にとってしまったマモルだったのだが──、


「どけ」「わわっ」


 鎧剣児に肩を荒々しく押されたため、薫子に対する疑問を一旦は脇に置いた。


 いかなる時も目的に向かって直情的に行動する。


 さすがは熱血系主人公だぞっ、などとマモルは妙な感心を抱きながら、Ϝディガンマ零の足元へ歩み寄る鎧剣児の背中へ視線を注いでいた。


 ──ただ、大のカミシロ嫌いだったけど……。


 ゆえにこそ、穏便に事態の始末がつく可能性など、万に一つも無いとマモルは分かっていた。


「ほう? ──奴もか」


 Ϝディガンマ零が形成しているであろう局所のHEFヘフ域に入りながら、鎧剣児に重エントロピー場の影響が現れないため薫子も状況を悟ったのである。


 他方で彼女は、別の可能性にも思索を巡らせていた。


 ──あるいは塩柱としての力を、既にあれが失っている可能性……。


 それならば誰が近づこうとも悲劇は発生しない。


 ──いや、違う。

 ──塩柱の呪いを失っているのならば、とうに関東軍へ引き渡しているはずだ。

 ──皇国との戦線を拡大したい軍部とて、あれは是が非も手中にしておきたい機体だろう。

 ──あれは……、


「上からちょろっと聞いちゃいたが──」


 マモル達にも聞こえる声で呟きながら、鎧剣児はϜディガンマ零を見上げた。


「──まさか、横浜の民間用倉庫に、HEFヘフ型地雷どころかが眠っていたとはな。俺の豪運も捨てたもんじゃないぜ」


 鎧剣児は言い終えると同時に身体を回転させ、銃口をマモルではなく薫子に向ける。


 それは、現況における各人の立場を、彼が既に把握していることを意味していた。


「ハッ」


 向けられた銃口に対し薫子は鼻先で軽く笑いつつも、やはり奄美の情報機関は侮れん──と、マモルに対する警戒心を再び心中で高めている。


「いかなる手段で我等を尾行し、あまつさえここに立ち入れたのかについて、我も些かの好奇を刺激されているのだが──」


 そう言いながら薫子はマモルの傍へ寄ると、背後から尻を思い切りつねった。


「い、痛いっ! ボクが何を──」


 唐突な痛みに驚いたマモルは声を上げるが、無事に帰れたら覚えておけ──という刺し殺すような薫子の視線を前に抗議の言葉も尻すぼみとなり消えていく。


 ──あ、なるほど。ボクが鎧くんを手引したと思ってるのか。

 ──う〜ん、困ったな……。

 ──座間の屋敷に戻ったら、あれこれとまた質問責めにされちゃうかも。


「我等を害したところで、外に出るのは不可能事に近い」


 マモルに対して小さな折檻を終えた薫子は、向けられた銃口に怯むこともなく鎧剣児を睨みつけた。


 謎の湯治で少しばかり身長が伸びたとはいえ、対する相手が高身長のために大人と子供が対峙する絵面となっている。


「へえ? そいつはどうだろうな」


 鎧剣児は状況を面白がるかのように、片頬を上げ余裕のみを浮かべた。


「お前達の運転手は見かけによらず手練れだったそうだが、残念ながら既に俺のチームが拘束している」


 無事に倉庫から出たとしても、帰り道は電車という公算が高まった。


 弐式ふたしきだけでなく鉄道ファンでもあるマモルは、にわかに愉しみになってきていたのだが、それを口に出す雰囲気ではないとさすがに察して口を閉ざしている。


「なおかつ、近傍基地局の通信も後数時間ばかりは好きに操れるんでね。どこからの援護も期待できないぜ?」


 袋のねずみ──と言いたいのだろう。


 留め立てせずに見逃せば命は助けてやるという意味を言外に含んでいた。


「そういう話ではない。C-3号は先端研が開発するオートセキュリティの試験場だ。敢えて賊を侵入させて効果を試す──などという気狂いじみた説明を我は聞いた」


 最前も聞かされた薫子の話が事実なら、確かに彩白椿先端研は狂っているな、とマモルも感じていた。


 ──鬼姫乃だってちょっとオカシイから、かなり危ない一族なんだろうな。


「我等を害したなら、間違いなくお前はシステムから敵性認定を受け──」


 薫子が指差した薄暗い照明の灯る天井には、スプリンクラーとは異なる形状をした円盤が鈍く明滅しながら回転していた。


「──死角は無い」


 油断なく上方を確認した鎧剣児は、それでも銃口を下げなかった。


「今ならば非礼を詫びて立ち去ることを貴様に許そう」


 銃口を前にしながらも、薫子は強者としての体面を崩すことなく言い切った。


 だが、天井の旋盤に殺傷能力があるのか否か、マモルは疑念を抱いている。つまりは、彼女の単なるハッタリではないかと考えていたのだ。


「ハハハ、有り難い忠告だがな。生憎あいにくと俺は、忌まわしいカミシロごときに下げる頭など──」


 後に振り返るなら、その言葉が発端となったのかもしれない。


 鎧剣児が拳銃の引金に力を込めた瞬間から、以降は全てが刹那のタイミングである。


「赤久住っ!」


 後頭部を殴打され崩れ落ちていたはずの老人は、薫子達が駆け引きめいた会話を繰り広げているうちに、密かな匍匐前進を敢行し側面に陣取っていた。


 多少の距離はあったが、床に転がった状態の赤久住あかくすから、鎧剣児めがけて銃弾が轟音と共にほとばしる。


 だが、薫子の口角の動きに素早く反応した鎧剣児は、常人離れした速度のバックステップを見せて射線から免れつつ、赤久住あかくすに向け銃弾を放った。


「うげええええぇ、いでえええ」


 どこかに命中したのであろう老人の悲鳴が響いた。


 他方、引いた相手の下半身へ躊躇うことなく薫子は突進しており、回転を加えて右脹脛みぎふくらはぎを蹴り抜いていく。


 ももとは異なり筋肉の薄くなる部位への激烈な痛みに、思わず呻いた鎧剣児が体勢を崩した。


 この隙を薫子が逃すはずもなく、拳銃を握る右手首へ手刀を叩き込んだ。


「チッ」


 自身の手から離れる拳銃の軌道を、視界に捉えた鎧剣児が舌打ちをする。


 直後、素早く振られた薫子の左腕に弾かれた拳銃が宙に舞って放物線をえがき、物理演算をしてのけたかのような正確さで──、


「わっ」


 見事にマモルの手元へ収まり、見た目とは異なる重量感に戸惑いを感じていた。


「撃てっ!! マモル!」

「てめ、この糞カミシロが──」


 しかし、鎧剣児は悪態を最後まで言い終えることが叶わなかった。


 いかなる偶然かは不明ながら、一発の銃弾に額を撃ち抜かれ即死したのである。


 鎧剣児は数瞬だけマリオネットのように痙攣した後、後背へ倒れたため後頭部が床に打ち付けられる衝撃音が響いた。


「──なかなか、お前は筋が良いな」


 死体を見下ろしながら薫子は満足気に囁いた。


「うん」


 生身による近接戦闘は、闘技場で弐式ふたしきを操縦して戦う場合と殺傷の重みが必然的に異なってくるのだが、不思議とマモルの心は乱れていなかった。


「これで、この人も──」


 心の軽さは、ゲームだからというわけではない。


「もう、カミシロとは言えないね」


 こうして、主人公だったはずの鎧剣児は、何も果たせず舞台を去ったのである。

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