episode1 責と心

「ではまず状況から。本日0200時より戦闘が発生しました。場所は──」

 ジバは慣れた様子で淡々と読み上げていく。

 まず、今から13時間ほど前に行われた戦闘は敗北。戦闘はこちらが幹部候補1名及びその部下8名、敵方が組織リーダーのライト及びウゲツの2名で行われたが、結果はこちらの全滅。しかし、捨て身の攻撃によりウゲツを戦闘不能へと追い込むことは出来たという。捕縛することは叶わなかったものの、幹部候補ジックスの能力である毒により長期的な戦線離脱となることが予想されると。

 戦力としてNo.3であるウゲツを一時的とはいえ無力化することが出来たが、こちらは全員が死亡している。その点において、私は敗北としか感じられない。生死の境をさまようのと死亡では意味が違う。

 

 苦々しい報告だが、最も私の心をざわつかせるのは、この戦闘が本来起こりえないものだったことだ。

 元々、幹部候補であるジックスには陽動を任せており、それは騒ぎを起こし頃合いを見て撤退するという指揮官としての感性を養うための比較的安全なものだった。移動も安全な深夜に行われ、戦闘発生の直前に全員離脱するという計画のはずだった。

 それがどうして──。

「──これについてはこちらの情報が敵に漏れていたのではなく、ヒスイの力によるものかと」

 ジバも私の考えを理解しているのか、すぐに必要な情報を渡してくる。

「…………あの女か」

「はい。でなければ戦闘継続せざるを得ない状況が生まれません」


 ──ヒスイ。

 あいつらを統率するコンピューターのような女。

 世間一般ではオカルトと言われる部類の力を行使する厄介な司令塔。

 殆ど口を開かず、物事に興味も示さず、可愛げのない女だ。

 しかし、そんな女の”透視”によって我々は苦戦を強いられている。

 その精度は非常に高く、妨害しなければ我々が勝つことは不可能なほど。

 

「だが、我々は数日前にライフライン関係の施設を攻撃したはずだ」

 しかし、あの女の弱点にも弱点はある。混沌だ。

 とりわけ、人間達の生活に影響を及ぼすことでその力を大きく削ぐことが出来る。

 妨害が有効な期間も今までのデータからある程度割り出されており、今回の作戦についても、それによって許可がなされた。

「ええ。ですが、事実として我々の部隊は全滅しています」

「活動安全圏ではあったはずだ」

「はい、それは間違いありません」

「……となると、新入りか」

 一番考えたくないことだった。

 既に我々はヒスイの能力を打開するために多数の工程をクリアしなければならない。そこに更なる障壁が生まれるとあっては我々が最終的に勝利することは出来ない。

 ……いっそのこと今回は運が悪かったのだと放り投げた方が幾分か楽だろう。

 だが、それは覚悟のない者がすることであり、死した仲間を侮辱する行為だと自身を戒める。

「この件に関して他に情報は?」

「ありません」

「ではすぐに斥候を増員しろ。おそらく奴らは新入りを匿うつもりだろうが、重大な戦力を失っている今、そうも言ってられまい」

「戦線への早期投入を行うとお考えですか」

「奴らが本当に”正義の味方”ならな」


 奴らは自らの能力を”ギフト”と呼ぶ。また、自分たちを総じて”ギフテッド”とも。

 そして、奴らが持つ能力はすべてが固有のものとなっている。

 先に挙がったライトは超人的な身体能力を有し、ウゲツはあらゆる武器をたとえ初めてだとしても自在に操ることが出来る。ヒスイもその枠に含めるとすれば、あの女は非常に精度の高い”透視”と若干の”未来視”になるだろう。

 その他には魔法を扱える者や存在を操る者、物質に関連した者もいるが、その多くは我々との戦闘によって死亡しており、今現在ではヒスイを含めて10人となっている。

 我々には能力と物量があるのに対し、向こうには物量差をはねのけるほどに強力な能力ばかりが揃っているため、数字以上にその差は遥かに小さい。

 しかし、奴らも戦いにおいては数であることを良く知っている。

 また、戦場を生き抜くには経験がすべてだということも良く知っている。

 だからこそ、奴らにとってもウゲツの離脱は痛手なのだ。

 そして、頭数が減るということは、奴らに非常に重い事実としてのしかかる。

 何故ならば、奴らの能力がすべて固有だからだ。


 例えば、戦闘能力は並みだが集団を相手にした戦いが得意な者Aと、戦闘能力はきわめて優秀だが集団戦が不得手な者Bでは役割を変えるだろう。Aを集団戦の対処に当て、その間にBは敵将との一騎打ちをさせるといったように。

 奴らはよくそれを実行してきていた。

 我々は奴らの能力のこともあり、基本的に3部隊以上での作戦を行う。

 その中で我々の将と渡り合っていたのはライト、ウゲツ、そして戦力としてのNo.2であるカサブランカだ。この時点で戦闘員として3名の人員が割かれている。

 更に、我々は集団で動くため、部下を相手取るのにそれぞれパートナーが一人以上必要となる。基本的にそれぞれ一人ずつ付けるとしても、既に6名だ。

 非戦闘員のヒスイを除いて、現地で対応することが出来るのは残り3名。

 果たしてこの状況でウゲツの代わりを務めることが出来る者がいるだろうか。

 いや、いるはずがない。

 だからこそ、誰かがその穴を埋め、その誰かの穴を新入りが埋めるしかない。


 この状況ならば、今回の戦闘は戦術的な勝利だとする者が殆どだろう。

 だが、これは明確な敗北である。

「作戦指令、伝達完了です」

「……そうか」

 対処が一段落したところで、実感としてのしかかってくるものがある。

 顔を見られまいと机の端に置いてある帽子を目深に被り、背もたれに身を預けると、ジバは悼むように優しく声をかけてくる。

「ノノ様」

「……ん」

「これは我々にとっての戦術的な勝利には違いありません。彼らがつかみ取った勝利です。……しかし、せめて私達だけでも彼らの為にこの”敗北”を胸に刻み、彼らの為に祈りましょう」

 その言葉がどれほどの意味を持つのか。自分と同じ考えを持ってくれる者が傍にいてくれるという事実が心に沁みる。本心は喉の奥につっかえて吐き出せない。

 ──だって、それは死んでいった彼らへの侮辱だから。

「……なあ、ジバ」

 だが、もし言葉にしても許されることがあることがあるとすれば、それは。

「私は間違っているだろうか」

 自分自身の在り方を、彼らが命を捧げるに相応しい存在であったかを自問することだけ。

 気取られないよう、震える声を押し潰して言葉にする。

「いいえ。何も間違ってはいません」

 彼女は自分自身に言い聞かせるかのように、小さく言葉にする。

「彼らの死を悼み涙を流すことも、本当に伝えたい言葉を飲み込むことも、その痛みに耐えることも、強く在ろうとすることも、何一つ間違ってなんかいません」

 それは、当たり前のことです──と、彼女は言う。

「もし、間違いがあるとすればそれは……そんな当たり前が出来なくなった時です」

「……そうか」

 もう声の震えを抑えることは出来ない。

 だから、無理やりにでも咳ばらいをしてあと少しを堪える。

「ごめん、ジバ。残りは読んでおくから一人にして」

「わかりました。あとであたたかい飲み物お持ちしますね」

 そう言うと、彼女は部屋を出ていった。


 そして、独りになった部屋の中。

 私はとうとう堪えきれなくなってしまった。

 覚悟していても、それは流れてしまう。

 すべてが矛盾していることは自分でもよくわかっているというのに。

 ああ、早くすべてを終わらせなくては──。

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正義の敵と悪のミカタ 星野 驟雨 @Tetsu

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