正義の敵と悪のミカタ

星野 驟雨

episode0 ノノ

 ──正義とは、あまねく人々を照らす光である。

 そんなことを信じているのはバカだけだ。

 ──正義とは、悪を討ち滅ぼすものである。

 そんなことを宣うのは日常に不満を抱えているアホぐらいだ。

 ──正義とは、正しきものである。

 正しいとは何かを正確に答えられる奴はそういない。


 ──正義とは何か。

 私達を悪とし、その生を考えることなく殺める”同類”だ。

 

 だけど、決して”同族”ではない。

 あいつらとは思考からして全く違う。

 私達は同族では殺し合わない。常に協調し、目的達成を目指している。

 

 だから、あいつらは”同類”。

 私達と同じように目的があり、その為に協調する存在という意味で同じなだけ。

 あいつらは私の仲間を殺す。捕虜にすること等ない。

 一方で私達はあいつらの仲間を殺すが、重要人物は捕虜にする。

 命乞いをし、情報を売るのであれば身の安全は保障される。

 それがあいつらと私達の違い。

 私があいつらを”同族”としない理由。


 ──最も、あいつらを嫌う一番の理由は別にある。

 私が初めて戦場に立った時、あいつらは私が操られていると考えていたようだ。

 何せ、あいつらが戦っていたのは大人ばかりで、私のような子供はいなかったのだから。外見的な理由でそのような扱いを受けるのは屈辱以外の何物でもなかった。

 私は、我らが長……父上の理想に殉じる一兵士に他ならない。

 父上の力を使って生み出されたエリートとして数多くの難題を潜り抜けてきた。

 敵を殺さない術も学び、殺されないための力をつけ、数多くの期待を背負って戦場へと立ったのだ。

 それを外見的な理由だけで判断され扱われるなど、侮辱以外の何物でもない。

 ……私達は、死ぬことさえも受け入れてそこにいるというのに。


 だから、最初に私を侮辱した男を軽く痛めつけてやった。

 もちろん、殺さないように慎重に。

 その瞬間にあいつらの目の色が変わった。

 明確に私を敵として、脅威として認識したのだ。

 戦いの中に生きる者にとって、それがどれほど誉れ高いことか。

 その中で生き続けることがどれほどの価値があるのか。

 私にとってはそれが父上の為という存在意義そのものだった。

 

 だから、生き抜いた。

 同胞が多く死んでいく中を、懸命に生きてやった。

 たとえ立場が上がり多くの部下を持つことになったとしても、初心を忘れず。

 部下が出来た以上は懸命に守ろうともした。

 しかし、多くを守れず、私を守ろうとする仲間が殺される様を多く見てきた。

 多くの優秀な部下を死に場所へ送ったこともある。

 あいつらが私達を殺して安堵する中、死に際に私の名前を叫ぶ仲間の姿を忘れることはない。

 彼らの命を無駄にしないためにも、この戦いに勝利しなければならない。

 そう心に誓って、今までやってきた。

 そして、それはこれからも変わらない。



「ノノ様、定時報告です」

 ドアを叩く音がして微睡から引き上げられる。

「……ん、もうそんな時間か」

 朧気な回想であれ、それが良い目覚めとは言えず。

 気怠い身体を何とか起こして椅子に座り直す。

 ものの10秒ほどで本来の自分へと戻る。

「よし、入れ」

「失礼します。……と、お休み中でしたか?」

 入ってきたのは長いこと私の傍にいる女の副官だった。

 私の管轄下では、様々な理由から全員人間に擬態させているが、その始まりはこのジバという副官からだ。

「……寝ぐせ、ついてるか?」

「ええ。直しましょうか?」

「良い、自分でする」

 少し残念そうな表情をするのは、私が生まれた時から面倒を見てくれたからだろう。人間体の見た目は20代半ば、黒髪のストレートロングだというのに、私への行動は子供に対する母親のソレだ。

「全く……そんな残念そうにするな。私だってこれぐらい独りで出来なければ」

「それは、そうですが……あ、後ろの方も寝ぐせがあるのでそちらは──」

 ……いつもこうだ。何かにつけて私の面倒を見たがり、実際に面倒を見てしまう。

 役割としては文官だから、在り方としては正しいのかもしれないが。

「わかった」

 一言だけ伝えて背をジバの方に向ける。

 優しく髪に触れる彼女の指先は、どこまでも繊細であたたかいから嫌いではない。

 というより、面と向かって伝えるのは恥ずかしいからしないが、好きだ。

 いつだったか、彼女が言った言葉を思い出す。

『ノノ様。貴女の覚悟を踏みにじることになりますが、言わせてください。私としては貴女に死んでほしくはありません。貴女の帰る場所は此処であり、貴女の傍には私がいます。だから、必ず帰ってきてください』

 たしか、初めて戦場に立った時だったか。真っ直ぐな目をして、いつにもなく力強くて、生きて帰らなければと心した。

 思えば、ジバはずっと私のことを考えてくれていた。彼女にとって私がどんな存在なのかはわからない。だが、ずっと私の傍にいてほしいとは思っている。

「それにしても、やっと伸びてきましたね」

「そうか?」

「そうですよ。この真っ白な髪をショートにして帰ってきた時はホントにビックリしたんですから」

「あれは、あいつらの武器で焼けたから邪魔にならないようにと思って」

 少し前の戦闘で連中を二人相手取ったときのことだ。

 やつらの目的が遅滞であり、こちらが陽動だったこともあり戦果などはなかったが、隙を突かれてあわやという場面があった。幸い失ったのは髪だけだったが、だからといって背中にかかる髪を中途半端の長さのままにするほど無頓着でもない。

 だから一思いに切ったのだが、その時のジバの様子と言ったら。

「しかし、あの時は凄かったな。”ノノ様の綺麗な白髪が!”って」

「だって、しょうがないじゃないですか。せっかくお揃いだったんですから」

 それとも、嫌でしたか?とジバは言う。

「そんなことない。確かに名残惜しくはあった」

 だが、いかんせん前衛的すぎてな、と本心を伝えると彼女は微笑む。

「それはそれで、ちょっと見て見たかったですね」

 試してみるか?と冗談を飛ばすと、伸ばすの大変だったんですからと優しく返してきた。

 穏やかな二人だけの時間。もはや公然の秘密ではあるが邪魔する者は誰もいない大切な時間。ジバは常に私のことを考えてくれている。

 初めてジバと会ったとき、彼女は私を見て何を思ったことだろう。その翌日にはジバも人間体になって現れたことで、私は彼女を信頼した。

 ”主と同じ姿を持つことは、私のようなものにとって誇りでもあります”とは彼女の言だが、彼女を知れば知るほどに、独り別の姿は寂しかろうと擬態してくれたのだと思う。後々の情報戦略における常時擬態もそんな想いから提案されたのではないかと思ってしまうほどに、彼女は優しい。

 本当は、この想いを言葉にするべきなのだろう。

 だが、言葉がないからこそ生まれる意味を私達は知っている。

 それは行動として、姿勢として現れるもの。

 髪に触れさせるのは、ジバだけなのだと私達が互いに理解しているように。


「──うん。今日も綺麗になりましたね」

「ありがとう」

 たったそれだけの言葉を交わすと、どちらともなく動き出す。

 私は椅子に座り直し、ジバは私の机の前に立つ。

 それは仕事の合図。


「──さて、それじゃあ聞かせてもらおう。外の様子を」

 こうして定時報告が始まった。

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