それから二人は

ろくろわ

椿の扇子

「それでなって、おい椿つばき。お前、俺の話なんか聞いてないだろ?」


 陽平ようへいはそう言いながらバッターボックスから出てくると「次は椿の番な」とヘルメットを脱ぎバットと一緒に私に手渡してきた。


「そんなこと無いって、ちゃんと聞いてるよ。かえで先輩と上手く行く為にはどうすれば良いかって事でしょ?」


 私はバッターボックスに入ると、陽平から受け取った少し大きめのヘルメットを被り前を向いてバットを構えた。その姿を見届けた陽平はプリペイドカードを再び操作盤に差し込みスタートボタンを押した。

 派手な効果音と共にモーターのギリギリとした音が鳴り、少しを開けた後、タンッと小気味良い音と少し汚れた球が私の真横をすごい勢いで通りすぎていき、私はそれに遅れてバットを振る。


 球速、百二十キロ。


 こんなの女子高生が打てるわけないじゃん。むしろ陽平に何度も連れてこられて、このスピードが通りすぎていくバッターボックスに入れるようになっただけでも十分なのでは、とすら思う。


「まぁ、そうなんだけどさぁ。それで、楓先輩に相応しい男に成るためには何が足りないと思う?」

「さぁね?学力じゃない?」


 私の突っぱねた答えに陽平は「そりゃ無理だぁ」と笑っていた。

 多分、こういう恋愛相談を私にしてる所だと思うよと私は教えてあげない。


「そうそうこの間さ、椿に楓先輩の誕生日プレゼント相談してさ、一緒に選んだじゃん?」

「うん?それがどうしたの?」

「やっぱり椿と一緒に選んで良かったよ。楓先輩に渡したら凄く喜んでさ、絶対好感度上がったよ」

「そう?それは良かったね」


 そう、それを私は知っている。

 薄いピンクの背景に目立ち過ぎないよう、そっと楓の描かれている扇子を楓先輩が使っているのを見たから。

 四季を大切にしている楓先輩は今の時期に合わない扇子を直ぐに使わないと思っていたし、薄いピンクも先輩の色じゃないと思っていた。


 だから選んだのに。


 それに来週は私の誕生日でもある。

 私の横を音が通りすぎて行き、バットは相変わらず空を切る。


「楓先輩ってやっぱり大人だよなぁ。所作が物凄く綺麗で物静かなのに普段は明るくてさ」

「まぁ、確かに楓先輩の所作は綺麗だよね。作法もやっぱり他の先輩方と比べても違うしね」

「そうだよなぁ。しかも低くて小さい背がまた良い。何て言うか守ってあげたくなるような感じ?」

「大人の楓先輩に陽平が守るなんて無理なんじゃないかなぁ?」

「おい椿、それはどういう意味だよ」


 陽平はフェンスをガチャガチャ揺らしながら聞いてくる。


「おい、フェンスを揺らすなバカ。小学生がそのまま高校生になったような陽平に大人の楓先輩は守れないって意味だよ」


「なんだと」と陽平は笑いながらさらにフェンスを揺らしてくる。

 そう言うとこだぞ、陽平。


「でも小さい楓先輩ってマジかわ「あっ、陽平。次は陽平の番だ」


 私は陽平の言葉を遮りバッターボックスから出るとヘルメットを脱ぎ、バットともに陽平に手渡した。

 あまり背の事は言わないで欲しい。陽平と横並ぶ視線の高さが嫌になる。


「おっ、次はメジャーリーガーの出番だな!」


 陽平は私からヘルメットとバットを受け取ると再びバッターボックスへと向かった。「ちょっと待ってよ、ルーティーンがあるから」とまた儀式めいた事をしだしたので私は構わずボタンを押した。腹が立ったから全部変化球にしてやった。


「ちょっと待ってよ!」


 焦る陽平のバットはことごとく空を切る。


「当たんないね、陽平。素振りだけは野球選手なのに」

「仕方ないだろ?俺達、茶道部なんだし」


 結局陽平は一球も前に飛ばすことなく「はい次は椿な」と当たり前のように一式を手渡してきた。

 そして再びバッターボックスに入った私の横を球が通りすぎて行く。


「そう言えばな、楓先輩がプレゼントのお礼にってこの間の日曜日に二人で出掛けたんだよ」

「えっ?ちょっと聞いてないんだけど」


 急な陽平の話に私は思わず後ろを振り返った。


「ばっか!前見ないと危ないだろ!」

「そんなこと言ったって」


 慌てて前を向いてバットを振るもタイミングが合わずスイングがバラバラだ。


「それでどうなったの?」

「いやぁ凄く幸せだったよー。映画行ったりさお洒落な雑貨屋とか小さいパンケーキ食べたりさ」


 私はキュッと唇を噛み締めバットを振る。何だか嫌なドキドキが胸を触る。

 百二十キロの球は真横を通りすぎる。

 私とは映画も小さなパンケーキも食べないのに。


「そう、それは良かったね。………楽しかった?」

「それがな、楽しくなかったって言うか何て言うか。ちょっと疲れちゃってさ」

「どういうこと?」

「何かずっと気を遣っちゃってさ。本当はラーメンを食べたかったしバッティングセンターにも来たかったんだけどな」

「楓先輩が行くわけないじゃん」

「そうなんだよ。んで、俺思ったわけよ」

「何を?」

「いやぁー。やっぱりさ、椿とこうしてるのが一番楽しいなぁって」

「えっ?」


 前を向いている私には陽平の顔を見えないけど、何だか小さな声で話す陽平の姿が見える。


「来週さ、椿の誕生日じゃん」

「うん。知ってたの?」

「当たり前だろ?それで色々お世話になってるしさ、プレゼント買いに一緒に行こうぜ」

「そう言うこと本人を前にして言う?」


 さっきまでのドキドキとは違う胸の鼓動が聞こえる。


「椿はそんなこと気にしないだろ?ほらほらプレゼント何が良い?」


 陽平は私の事よく知っている。私は少し考えて欲しい物を陽平に伝えた。


「それじゃあ、扇子が良い!椿の扇子」

「扇子って、それじゃあ楓先輩と一緒になるんじゃあ」

「一緒じゃないよ。四季折々、いつでも使えるように四種類ね!ちゃんと陽平が選んでよ?」

「四種類ってまた高くついたな」


 陽平が「椿が欲しいならそれでいっか」と言ったのが聞こえた。

 私はしっかり前を向いて球速百二十キロの球に向かって力一杯バットを振る。


 カンッと少し芯のずれた音が響きボールは前に飛んでいった。


「おぉ!椿すげぇーじゃん。あれヒットだよ」


 陽平が嬉しそうにフェンスを叩いて喜んでいる。


「やめろよバカ。フェンスを叩くなって言ってるだろ」


 そう言いながら前を向く私は微笑みを隠せないでいた。


 来週が楽しみだな。

 陽平が選んでくれた扇子を持って私は楓先輩の前でそっとそれを見せるのだ。






 了

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