第12話 はじめてのチュー

—ピリンキ・冒険者ギルド1F—



「考えてもみたまえ? 殉職率50%を超える危険極まりない職業なのだよ、冒険者というのは」

「それは、そうなんですけどねえ…」


ウェルテクスは奇抜な見た目とは対称的な正論を吐く、時折お茶を飲んだ。


「そう易々と危険度の高い仕事を割り振る事は出来ないしやらない…若人の未知の芽を摘むような真似を奨励など出来る筈もないのだよ。憂き哉憂き哉!」

「…」


全く以って正論だ、破る隙が1ミリもない程に———それが駆け出しの夢見る冒険者であるなら。


「…ウェルテクス道士、アンタになら打ち明けてもいいだろう」

「うむ、何かね?」

「喰らわんのか? 肉」

「…いっぱいお食べ」


欲望全開の魔王様の茶々を華麗に流し、信用に足ると判断した俺は真実を話し始めた。


「8年前に起こった

全世界同時異常魔力衝突事故アヴェ・ゲネシス』…その首魁・先代魔王リベラティオの討伐、そして昨年起こった『シェスタ天空動乱』の収束…それらは全部俺が1人で解決していて、結論から言うとシェスタの救世主とは俺の事なんだ」

「ほお」

「で、こっちの食いしん坊が当代の新米魔王で俺達はシェスタの闇神官長の託宣を受けて『11の異世界転生者』って奴に備えて行動し始めた」

「うむうむ!」

「そして、装備やら天宝アークやらの全てを献上しすっからかんになった俺と家出少女な魔王様は活動資金を得る為にピリンキで冒険者になった…というわけなんだわさ!」

「そうか…」


ウェルテクスはこれまでで最も真剣に考え、悩んでいる様に見えた。これは流石に理解して貰えたでしょうよ!! …という俺の期待は容易く粉々に。


「カカカカ! 実によく出来ておる。良き哉良き哉、想像力の宝庫君!! ハハハハハ!!」

「…」


本当だもん!! ねびゅ世界救ったもん!! となる心の幼女な衝動を抑えつける。実は最初から信じて貰えるなどと思ってもいない。そんな存在がいれば俺の評価はとうの昔に上がってるんですからねえ??


「もしそれが真実であるならば君も君だし救われた者達の全てに至るまでもがとんだ狂人だな!! カカカカカ!! ハハハハハ!!! ま、待て…ヒハハ、ツボったww」

「まあ、本当お笑い草よね…」


世界を救った英雄が金欠で装備の全てを手放してしまっているのも、そんな1000年くらいは語り継がれそうな英雄を誰も知らないという事実も。だが、現実は小説より奇なりって言いますし? 


(いや、負け惜しみ甚だしいなあ…ぐすん)


真実を話しても信じて貰えないし、ちびっ子どもには28なのにおじさんとか言われるし…28っておじさんなのかな…踏んだり蹴ったりの極み。


「夜風、浴びてきます…」

「是非ともそうしたまえよ」



無精髭の悩ましい宝庫・・君は、やたらに小さく見える背中でギルドの外へと歩いて行った。


「…しかして、凄い内在魔力・生命力だね」


溢れ出る脂汗や冷や汗が頰を額を伝わってゆく。


「良き哉良き哉…嘘のようなホンモノの英雄君…ん?」


強者の力に疼く魔眼・・を抑え込みながら、隣の同輩の少女へ応える。


「その肉、食べぬのか??」

「…いっぱいお食べたまえよ」



—ピリンキ・冒険者ギルド裏路地—



「はぁ〜〜〜〜〜〜〜」


意図的に距離を置いていた社会や人々の中に戻ってみて、やはり痛感した。


「わりぃ…無名って、やっぱ辛ぇわ…」


何故だか涙が出てくる。邪心だと思ってそう思わないようにして来たってのもあるし、理想として掲げている英雄像的にも合致しないから嫌なんですがね?


「ちょっとくらい…認められたいー!!」


だからこそ、新米のチンチクリンな魔王様が自身の実力を見抜いて認めてくれた事が。


「嬉しかったんよ…無味!!」


バカ騒ぎ真っ只中のギルドを出る際に一本貰っておいた瓶の赤茶色の蒸留酒は、俺の舌に触れた瞬間には無毒化され味のしないサラサラした液体になってしまった。


「アイレア様好き〜…はぁ、無味…」


シェスタ王国を出る時についでに貰って置いた煙草も、吸うと只の水蒸気でも吸っているような空しさだけが満たされる。実際無毒化されると水蒸気ですらない薄〜い空気みたいな感じですけどねえ。


「俺のやってきた事って、やっぱ意味無かったんすかね…」

「だぁ〜〜〜〜にショボくれてんのよ、ハゲマント!!」

「それ別人じゃない? 随分酒臭そうだね、祈祷師ヒーラーちゃん」

「シ・エ・ス・タ〜!!」

「はいはいシエスタ様」

「ヨ”シ”ッ…っしょ」


謎のガッツポーズを終えた無臭・・のシエスタちゃんは俺の隣で壁に持たれた。顔が仄かに赤くなっているが、呑んだ量からすると薄過ぎるくらいだと思う。


「アンタホントーはな〜に者なわけ??」

「…さあね」


急に自分は何者でも無い気がして、そのまま言葉にした感情だったがシエスタちゃん的には気に入らなかったらしく、肩に腕を回されて逃げられなくなった。


「…ムカつく」

「そうねえ」

「アタシなんかよりアンタのがよっぽどBランクになった方が世の為よ…ップハァ」

「そうねえ」

「でもやっぱいい!! アンタよりランクが上だとナンカ気持ち良い!! シエスタ様バンザイって言いなさいアホマント」

「えぇ…しえすたさまばんざーい」


情緒がアルコールでシェイクされたシエスタちゃん様は何故か馬乗りになって来る。明るい栗毛色の髪とアサガオみたいな瞳の色が、黙って見つめ合っている俺にミステリアスな印象を与える。


「黙ってれば美人なのにねえ…」

「はぁ!? …ありがとう」

「テンションの乱高下が激しいなぁ今日は」


僅かに俯いたシエスタは何かボソボソと呟き始めた。


「冒険者になろうって言い出したアランも、力自慢だったパワーも、いつも相談に乗ってくれたグランタも…皆死んじゃった…なのに、何で嫌々やってたアタシだけが…」


彼女の重心が胸に掛かってくる。震える肩を抱いてやった方が良いのか分かんなくて、ただ両手が宙でニギニギと手持ち無沙汰になる。どうするのよ、この空気!


「ヒゲマント、アンタは何で冒険者になったの?」


俯いたままのシエスタに今度は素直に応えた。


「金が必要だからさ」

「あっそ…他には?」

「…ハーレム」


小声で呟いたつもりだったが、シエスタは愉快そうに震え始めた。


「は、はーれむ!? アッハハハハハハハ…ハーレムかー…フフッ」

「シエスタ…さん?」


突然俺の方を向いたシエスタさんは、キスして来た。急に頭の中が真っ白で空っぽになった。


「!?」

「…っ、ジッとしてて」


最初は唇同士が触れ合うだけだったのに、次第にシエスタさんの温い舌が俺の口の中で窮屈そうに暴れた。何? なんで????


「…」

「…おやすみ」

「……おや、すみ」


糸引く俺とシエスタさんの唾液を拭って、彼女はギルドの中へと消えて行った。


(??????)



え、初めてのチューが…え?





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無名勇者と新米魔王 〜4度目の世界救済はハーレムを作る片手間にやらせて貰いますよっと!〜 溶くアメンドウ @47amygdala

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