第22話予兆の話
三人と食事をして、シンジュの悪癖に頭を悩ませてから一夜が明けた朝。
今、シンジュ達が居るのは冒険者ギルドと呼ばれる仕事を斡旋する場所であるらしい。ハロワ的な?
そして、俺は冒険者と冒険家の違いも良く分かっていなかったりする。
冒険者という職業がどんなものか俺にはいまいちピンと来ないのだが、分かってない俺とは違って娘はとてつもなく良い顔をしているのが見てとれる。
異世界に無一文で放り出された娘に冒険者なる仕事の存在を教えたのは、いま現在、受付の女性に懇願する様に両手を合わせて「登録を」と口にしている冒険者のブラッド。及び、その仲間であるらしい同じく冒険者のトエルとイーリーである。
昨日、ウッドウルフというモンスターに襲われたという妙な縁で知り合った三人であるが、シンジュの体に憑依したまま(というかどうやって憑依を解くのか分からず)話した感じだと、悪い印象は受けなかった。
ブラッドは三人のリーダーというだけあって、体の大きな頼れる兄貴といった感じ。
トエルはムードメーカーという風だが、チャラいって訳でもない。
イーリーは紅一点。整った顔立ちのお姉さんといった感じだが、自分を魔法使いと称するちょっと危ない、残念美人。
霊能力者くらいに怪しいが今のところシンジュが壺や札を買わされる気配はない。そもそも金が無いけど。
昨日会ったばかりで、素性も良く分からない大人達にホイホイ付いていったシンジュに心配もしたのだが、シンジュが冒険者とやらになる為に必要らしい登録とやらを受付の女性が渋る中、「そこをなんとか!」と頼む込む三人の姿に好感を覚える。
幽霊となって何の手助けもしてやれない俺に代わって、まして、右も左も分からない異世界とやらで何かと世話をやいてくれる大人が娘の近くに居るのは心強かった。
「アイちゃん! そう言わずに登録してあげてくれ!」
「そう言われても、見た感じ経験も無さそうですし、万が一があったら私の寝覚めが悪いですよ~」
「いや! 見た目はそうなんだけど、この子は強い。実力は俺が保証する!」
「ですが~」
そこからしばらく、受付の女性アイちゃんとブラッドの押し問答が続く。
カウンターの騒がしさは周りにも波及したらしく、カウンターの面々に周囲の目が集まる。昨日の定食屋でも注目を集めたが、まだ集めたりないらしい。
「何を騒いでる?」
押し問答を続けていたブラッドとアイちゃんの間に、カウンターの奥からやって来た老人という程ではないが少し年のいった男性が割って入る。
「ギルド長。それが……」
ギルド長と呼ばれた男性に、アイちゃんが騒ぎの理由を説明し始める。
長と言うからには偉い人なんだろう。説明するアイちゃんと、その横から補足、ないし反論するブラッド。
そちらのやり取りも気になるが「テンプレきたぁ」と何故か嬉しそうなシンジュの言葉がそれ以上に気になった。
何故この子は嬉しそうなのか?
騒ぎの原因が自分の登録如何にあるという自覚が足りていない。
「登録なぁ」
説明を聞き終えたギルド長が少し渋る様な態度で呟いた。
「良いだろレンフィールドさん。何もいきなり討伐依頼受けようって話じゃない。慣れるまでは俺達が教えるからさ」
「別に登録自体は年齢さえ達していれば犯罪者でも無い限りしてやる。Bランクのお前らが慣れるまで面倒見るなら文句もない……。が、登録時期をもう少しズラせんか?」
「ズラす? 何の意味があるんだ? いつ始めたって――」
「いや、それはそうなんだが……、今は時期が悪い」
「登録に悪い時期なんてあったかしら?」
イーリーが訝しげにギルド長へと問う。
「ふむ……。どうせ今日、お前達の耳にも入れるつもりだったから丁度良いか。――奥の奴らもちょっと来てくれ! 話がある! 割と深刻なやつだ」
ギルド長はそう言って、こちらを面白そうに見ていた野次馬に手招きして見せた。
ギルド長のやや堅い表情を察し、野次馬達は何事かとカウンターへ歩み寄って来る。
男ばかりで非常にムサイ。
その場に居た全員が集まって来た事を確認した後、「アイ、説明を」と告げるギルド長。
「はい」
アイが頷き、一度小さく咳をして、喉の調子を確めて口を開く。
「冒険者の皆様、日々のお務めご苦労様です。冒険者である皆様の中には、薄々ながら感じておられる方もいるかと思いますが、ここのところ、以前に比べてモンスターの出現頻度が格段に上がっております。それに伴い、ギルドにもこれまで以上の討伐依頼も日に日に増加している現状です。このまま増加が進めば、また今日のようにモンスターが街に侵入して来る可能性が高くなります。そうなると、いずれ当ギルドでは対処しきれなくなると判断し、モンスター増加の原因の調査を行おうと考えています」
アイの言葉に、何処か飄々としていた冒険者達の空気が冷えていくのが伝わってくる。
モンスターといえば、あのウッドウルフみたいな生物の事だと思うが、ようするにそれが増えてるって事か。
そう言えば昨日、森から街へと戻る道中にブラッド達がそんな話をしていたな。ブラッド達三人がウッドウルフの群れと遭遇したのも、そのモンスターの増加とやらが関係しているのだろう。
もっとも、この世界に来たばかりの俺にモンスターが増えたのかの判断などはつくはずもないが。
「少なくとも今分かっている段階では、ルイロットの森、及びその周囲のギアナ山脈周辺のモンスター棲息域がこちらに移り始めているという事実が、冒険者からの報告で判明しています」
周囲が小さくざわつき始める。
「棲息域が動いた原因は?」
ざわつきの中からそんな声が上がる。
「現在調査中です。今までも他所から流れて来るモンスターは数多く居ましたが、ギルドの依頼を見れば分かります様に、これだけの数のモンスターが同時多発的、且つ短期的にこちらに流れて来たのは初めての事です。冒険者の皆様、特にCランク以上の冒険者様方には多大なご負担をお掛けする事になってしまいますが、原因が判明、解決するまでは討伐を優先して受けて頂きたく思います」
「その原因とやらが判明するまでどの位掛かるんだ?」
「受けるったって限度があるぞ。それに、モンスターが増えてるって事は、予想外の遭遇率もそれに合わせて増えて来る」
「そうだ。現に昨日はオリオンが、その前だとネブラの連中が全滅しかけたらしいじゃないか。Bランクのパーティーでそうなるんだ。Cランクなら全滅してもおかしくない」
「割に合わねぇよ!」
口々に不満や疑問が沸いて出て、建物の中に喧騒が渦を巻く。
俺が最初に思ったよりも、現状は深刻であるらしいのだが、その問題よりも深刻な問題が俺に降って湧く。
冒険者によるモンスター討伐?
これは聞き捨てならない。
冒険者がどんな職業かと思っていたが、狩人の様な仕事をするらしい事が、騒ぐ冒険者達の言葉から読み取れた。
反対である。娘がそんな職業につくなど。有り得ない。危険極まりないではないか。
あの三人め……。そんな危険な職を勧めるなど(実際ノリノリだったのはシンジュだが)許せんな。そして、受付のお姉さん。アイちゃん。登録を渋ってくれてグッジョブだ。花丸をあげよう。
なんて事を思っていると、騒ぎの中でシンジュがおずおずと(でも何故か嬉しそうに)小さく手を上げて質問に出た。
「あの……、原因ってスタンピードなんですか?」
「いや、それは無い。このギルドや周辺のギルドでも、そうならない様に適度に間引いている」
「そうですか……」
何故か残念そうなシンジュ。この子の感性が分からない。パパなのに。
ところでスタンピードって何?
質問されたレンフィールドは勿論、周りの冒険者達も訳知り顔で謎の単語をさらりと受け入れている。
俺か?
俺が無知なのか?
いや、テレビや新聞ですら見聞きした事ねぇよ?
「ギルドとしても早期解決の為に動いている。ここに居ない連中にも伝えるが、皆にも協力して欲しい。スタンピードでないが、放って置けばいずれは街にも被害が出るのは時間の問題だろう」
「そうは言ってもレンフィールドさんよぉ、あの討伐依頼の量見ろよ。幾ら何でも人手が足りないんじゃないか?」
「分かっている。近隣のギルドからも冒険者を回してくれる様、既に手配済みだ。あと二、三日すれば人手は増えて来る筈だ。事が事だけにAランクのパーティーも動いて来れるそうだし、無理は重々承知の上でのお願いだ。みな、それまで何とか頑張ってくれ」
「Aランクか」
「ここらでAってなると、スコーピオンテイルかボムボムのどっちかか?」
「Aならどっちでも有り難い」
ランクとは、冒険者の質、のみたいなものかと考える。先程、Cランクなら全滅、Bランクなら全滅しかけ、的な話をしていたので、そのランクの付け方的にはAが最高ランクという事で良いのか?
Aランク、というものがどれ程のものか皆目見当もつかないのだが、険しかった冒険者達の表情に僅かながらも笑顔が見え始めたところを見るに、名前の登場だけで安心感を与える程度には信頼があるらしい。
しかし、時折笑顔を見せる冒険者達を尻目に、ギルド長であるレンフィールドとアイの表情は何処か厳しい。
そんな風に二人を見ていると、小さく息を吐き出したブラッドがおもむろに口を開いた。
「なるほど。それで登録をずらせって事か……」
「ああ、すまない」
「まぁ仕方ない。とは言え、」
言って、ブラッドがシンジュの頭にポンと手を乗せて続ける。
「シンジュは無一文なんだ。何とか今回の件が片付くまでの食扶持を紹介して貰えると有り難いんだがね?」
「あてがない事もないが……、本気で冒険者になるつもりなのか?」
レンフィールドの問いにシンジュが静かに、けれどハッキリと頷き返す。
パパはオッケー出してませんけど?
何を勝手に決意固めてくれちゃってるのうちの子は。
「紹介してくれるなら助かるよ」
「と言っても、王国管轄のギルドの長である俺が紹介してやれる仕事は、冒険者かギルド職員くらいしかないんだけどな」
◇
そう言ったレンフィールドは笑っていた。
こうして、シンジュはランドールギルドの職員となったのである。
そしてこの三日後、街はモンスターの大襲撃を受ける事となった。
父と娘の異世界生活 佐々木弁当 @sasakibento
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