終章 受け継ぎし真なる鬼王の血の結晶

魔人のお前には疑問だろう。

俺は人間にしか見えないから。

……匂いが違う?人間の匂いしかしないって?

その辺の感覚も、俺にはピンと来ないな。


一時的な覚醒。

疑似的に鬼人と魔女の力を発揮できると言えばいいかな。

その為の呪物を父は残したのさ。

これさ。

コトリノ王の邪心を宿さぬ、真なる鬼王の血の結晶。

分かるか。それはそうか。


新たな鬼王になり得る存在に、これを託そうと思っている。

コトリノ王が大暴れしたおかげで、世界はずいぶんと混乱したから。

だけど、まだその時じゃあない。

待ってはいない。

コトリノ王の死出の旅の完了なんぞ、俺の寿命何回分なんだか。


以前、榧木子爵が言っていただろう。

……引くな引くな。お前、あの人のこと本当に苦手だな。

――狂った精神を癒す術はない。

ならば。

正気と狂気の狭間を彷徨い続け、なけなしの正気の全てを娘との別離に費やした、血狂いが死後どうなったと思う?

何の執着もなしにあの世へ素直に行くと思うか?

そう。

狂うんだ。ただ、狂うのさ。


なけなしの正気をすべて使い果たしたあの女は、血に狂い吞まれたのさ。

血狂いのオリヴィエはその二つ名から逃れられなかった。

母さんが生きていたころは、母さん自身の強い精神力で抑えていたんだがね。

抑えるものが無くなったあの怨霊が、生者に害を及ぼさないはずは、なかった。

お前も知っての事さ。


コトリノ王もオリヴィエも、生きとし生けるものにとって害でしかない。

だから、奴らへの対抗手段としてこの結晶を所有しておきたい。


ハンク家が継ぐ呪いは二つ。

積もりに積もった因果の呪いと、短命の呪い。

父が解いたのは前者だろう。後者までは確信が持てない。


……皮肉なものだ。

あれの血を継ぐ俺が英雄の真似事をしなければならないなんて。

俺は父さんと同じ容姿で生まれたかった。

神様の術式は高等なものらしく、父さんのかりそめの姿を俺は継いでいる。

この容姿はコトリノ王に酷似しているから嫌なんだ。

まあ、お前は魔王が好きだからいいだろうが。

魔王とコトリノ王ほど似ていない双子もいないだろう。


父も母も、俺に枷を作らないようにして生涯を終えたけれど。

未だ修羅の道にいる二人へ胡坐をかいて、平穏をむさぼることはできそうにない。父さんが黄泉の国で、コトリノ王を苛烈な地獄へ連れていこうとするように。

俺も短いかもしれないこの身体で、茨の道を突き進んでいこう。

そうしなければ俺は息ができない。この道を選んだのは、他ならぬ自分自身なのだから。


……ああ、そろそろ時間だ。ずいぶんと話し込んでしまったな。


何故お前に結晶を見せたかって?

新しい世代になるなら、古い慣習を守らなくともいいと思っているよ。

魔人が鬼王の結晶を継承することも可能だから。

だって元の王らは双子だから。

……何だ。お前にしてはやけに察しがいいな。

お前が鬼王になることも可能なんだよ。

あの外道の性格を継承する訳ではないから、そんなに拒否するな。



さて、そろそろ帰りな。

そして、俺とは違う道を歩むといいさ。

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魔女狩り騎士の語り部 ユールヒェン・グラ @yuribeeim

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