352 君のおかげで(アレン)

 ただ前を向いて、やるべきことをやる。


 そうか、そういうことだったのか。


 ヴァイスはもしかしたら――。


「そんなこともわからなかったのか? お前は相変わらずバカだな」

「……君だって落ち込んでたでしょ」

「お前と違って考えていただけだ。次の勝ち方をな」


 ミルク先生は強い。でも、あえて全身全霊をかけてヴァイスとの引き分けを選んだ。

 正面から戦うよりも、試合の勝利を優先したといってもいい。


 その潔さも、強さだ。

 僕たち中級生は、誰もヴァイスが負けたとは思っていない。

 それどころか、いずれ先生たちも超えてとんでもない人になると噂になっている。


 おそらく、エヴァ先輩と同じように。


「ヴァイス、ありがとう」

「……あ?」

「君がいるから、僕は前に進める」

 

 自分より強い人が、こうやって前に進んでいる。

 だったら、それよりも弱い僕が、くよくよなんてしてられない。


「はっ、お前が止まったらそれこそ片手でひねりつぶせるほどになっちまうだろうが」

「相変わらず言い方が……」

「なんだ? 文句があるなら剣でかかってこい」

「……のぞむところだ」


 そして僕たちはまた斬り合った。

 何度も、何度も何度も、そして朝日が出るころ、僕は汗だくで倒れこんだ。


 ヴァイスが、去り際に声をかけてくる。


「お前のせいで考えがまとまらなかっただろうが」

「……また、そんなこという……」

「じゃあな。――前向き野郎。お前はいつまでもそうやって真っ直ぐバカしてろ」


 最後に、ヴァイスが少し笑みを浮かべているように見えた。

 もしかしたら気のせいかもしれない。でも、感じたんだ。


 青空を見ながら、右拳を突き出す。


「次は、絶対に勝つ。――自分の心にもだ」


 何度も負けてもいい。ただひたすらに、前を向く。


 それこそが僕の強さだ。

 

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