296 超回復

 いつもは言わない優しい発言が、逆におそろしい。

 身体が動かない。


 まるで、竜に睨まれたゴブリンのように。


「まだ甘いなヴァイス」

「え? ~~~~ッッッ」


 するとそのとき、どこからともなく現れたミルク先生が、ヴァイスに水風船を思い切りぶつけた。

 びちょびちょになった金髪が、だらんと下に垂れる。


「…………」

「逃げるぞお前たち」


 次の瞬間、ミルク先生は飛行で逃げた。

 ズ、、ズルい。


「じゃ、じゃあぼ、僕も――」

「ば、ばいばいヴァイス!」

「ちょ、まてお前ら、俺も――ひ、ひゃああああ」

「デューク、筋肉の超回復を知ってるか? 良かったな。今日、破壊と再生を教えてやるよ」


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 デュークの叫び声を聞きながら何とか離れた。

 シャリーと影に隠れて、気づけば笑っていた。

 いつも僕たちは勝つ為に必死だった。


 楽しむ余裕なんてない。

 

 確かに……これでは見えるものも見えないか。


 そこに上から現れたのは、ミルク先生だ。


「1人死んだか」

「先生、冗談がすぎますよ。でも、死んだかもしれません」


 シャリーが冗談を言いながら、デュークを追悼した。

 しかしそこで、僕はなぜかわからないが、残っていた水風船をミルク先生にぶつけたくなった。

 

 普段はこんなことしない。

 そして、投げつけた。


 だが――。


「残念だな」

「……え、ええーと、えへへ、すいません」


 シャリーも驚いていた。まさか僕が、こんなことをするなんて。


「今のはいい一手だった。お前たちはもっと楽しめ。そして、人の虚をつけ。私を含め、教師陣は戦闘経験が豊富だ。根本的に経験が違う。強いってのは一朝一夕でなれるもんじゃない。敗北を知り、次は負けないと心に誓う。ヴァイスに水風船をぶつけることはもうできないだろう。言いたいことはわかるか?」

「……はい」


 つまりまともに戦うなということだ。

 ……確かに、ミルク先生から教えてもらわなければ、僕たちは持てる全ての力で真正面から戦おうと思っていた。


 でも、それじゃあ勝てない。


 そういうことだ。


「おっと、ヴァイスが私たちを探してるみたいだ。私は教員の寮に戻る。またな」


 サッと消えていくミルク先生。

 そして、シャリーが。


「いい人だよね。本当に」

「……ああ」

「それじゃあ、私は女子寮に戻るね」

「え? シャ、シャリー!?」


 ズルい。でも、僕も早く逃げなきゃ――。


「よォ、猪突猛進野郎」

「え、ええと久しぶりヴァイス……デュークは?」

「死んだんじゃないのか? 息はしてないみたいだ」

「う、嘘だよね? 水風船だよ? ねえ、たかが水――」

「ああ、俺も、たかが殺すだけだ」

「ち、違うそれはたかがじゃああああああああああああああああああああああ」


 その日、僕は生まれて初めて死んだ。



 けど、わかった。

 もっと楽しもう。

 そして、勝つために貪欲なるんだ。

 正しいだけでは勝てないこともある。それが、わかった。



「すげえ、筋肉が……これが、超回復? 破壊と再生……?」


 ちなみに翌日のデュークは、ガタイがよくなっていた。

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