294 水風船

 ミルク先生の偵察をするつもりが、僕たちはなぜかヴァイスにイタズラを仕掛けることになった。

 初めは困惑していた。けれども、シャリーが「共に行動できるのはチャンス。その間に調べましょう」と説得してきた。

 ちょっとだけ笑みを浮かべていたが、多分気のせいだろう。


 ただそれよりも、お前たちには絶対に負けないという言葉が気になっていた。

 しかし今は――。


「準備はいいか?」

「いいですけど、これ……ヴァイスにぶつけたらキレられませんか?」

「俺と筋肉も、今日でお別れか……」

「私はどんな反応するのか楽しみになってきたなー」


 ミルク先生の手には水風船を持っていた。

 デューク、シャリー、もちろん僕もだ。


 何とこれを、あの・・ヴァイスにぶつける。


 ……おそろしい。


『お前ら、人が真面目にやってんのにふざけてんのか? 殺すぞ?』

『死にたがりとは思わなかったな。死ね』

『人生にお別れは言ったか? 消えろ』


 どの選択肢でも死ぬ。多分死ぬ。僕は今日――死ぬ。


「悪いな上腕二頭筋。今までありがとう。大腿四頭筋、最後まで俺を支えてくれて感謝してるぜ」

「アレン。私たち、夢……叶えたかったね」


 どうやらデュークとシャリーも同じらしい。シャリーは、ちょっと嬉しそうだが。

 だがそのとき、幻覚が見えた。


 彼らの頭の上に天国の輪が見える。


 それと、嬉しそうなミルク先生の姿も。


「でも先生……」

「何だアレン」

「ヴァイスには不可侵領域バリアがあります。無意味ではないですか?」

「この水風船の中には、エレノアの腐食をシャリーに付与してもらった。ダメージはない。実践なら役に立たないレベルでしか投げられないが、学園内なら少しは油断しているはずだ」


 まさかそこまで考えているとは。

 てか、シャリー、本当に大丈夫なのかな?


「……先生、絶対に私の名前は出さないって約束ですよね?」

「ヴァイスには言わない。安心しろ」

「本当ですよね!? 絶対、絶対ですよ!?」


 笑みを浮かべていたシャリーも、段々と不安になってきたらしい。

 こんなに必死な姿を見るのが初めてで、気づけば僕は笑っていた。

 その横の、デュークも。


「ええいもう、なるようになれだ! どうせならビチャビチャにしてやるぜ!」

「そうだね。僕ももう後から考えるようにする」

「能天気なふたりね……。まあでも、その通りか」


 するとそのとき、金髪をなびかせながら歩いてきたのは、ヴァイスだった。


 やっぱり……死ぬかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る