268 終局

「魔族について、すべて吐いてもらう」


 セシルの言葉通り、ロズの魔力は一切感じなかった。

 だがヤツは毅然とした態度で、仲間の前に立っていた。

 シャリーが、見たこともない光の結界で相手を閉じ込めている。


「魔族については俺たちも不明点が多い。全てを話すことができない」


 そしてロズは、静かにそう答えた。

 アレンが、めずらしく感情を露わにする。


「奴らのせいで、どれだけの人が犠牲になってるのか知ってるのか!」


 如何にもこいつらしいが、ロズが嘘をついてるとは思えない。

 といっても、未来を知っておかないとこの答は辿り着かないが。


「その代わり、魔族の事で知っていることを話す。それで、見逃してくれないか」

「ロズ様!?」

「俺たちの負けだ。ピーチ」


 その口ぶりから、俺が強制転移を切れることを気づいていたのだろう。

 もし奴らが離脱するなら、すぐにでも止めるつもりだった。


 だが――。


「信用できるわけがないだろ!」

「情報を見て判断する。話せ」

「ヴァイス、なぜ――」


 アレンが口を挟もうとするが、俺が制止するとしぶしぶ黙る。


「魔族は、未来を知ってるらしい。おそらく予知だろう。古代魔法具は、残り二つを既に所持しているらしいが、今回の魔法具を封印していれば、蘇りの時間は極端に短いはずだ」

「……そうか。――ロズ」

「なんだ?」

「姫はまだ生きてる。東の端、ネードという集落を尋ねてみろ。ただし、治癒術者ではなく状態異常の治癒者を連れて行け」

「……なぜそんなことを――」

「――じゃあな」


 そして俺は、シャリーの結界ごと剣で叩き割る。

 ロズを含む一味に一撃必殺がぶち当たると、全員が強制転移した。


「ヴァイス、何で逃がした!」

「奴らは魔族と敵対してる。決して情じゃない。損得勘定で物事を決めただけだ」

「……さっきの姫とはなんだ?」

「事前に得ていた情報からだ。被害を収めたんだ。もしここであいつらを殺せば、奴らの部下がやってくる。それこそ、お前の嫌いな戦争が始まるぞ」


 アレンはバカじゃない。

 奴らの行動が統一されていたことぐらいわかったはずだ。

 つまり、普段から集団で行動していると。


 だがわかってきた。

 俺らがあいつらを殺していると、恨みがこっちへくる。


 なるほど、魔族の動向が読めてきた。


『全魔物が撤退。古代魔法具も問題なし。任務は成功?』

『完全制覇、とまではいわないな。屋敷がぐちゃぐちゃだ。だが――今回ばかりは完全勝利といえる。お前ら、お疲れ様だ』


 そしてそれを聞いて、カルタとオリン、トゥーラが笑顔を見せた。

 アレンは少し不満そうだったが、ふうと呼吸して、シャリーが背中を叩く。


 シンティアが戻ってきたところで、デュークとリリスと交えて話しを終えた。


 これはゲームで言えば真章の開幕だ。

 

 ただ一つの出来事が改変された。

 今はまだきっかけ。だが大きな道にそれただろう。

 

 過去の連中が蘇るのはおそらく阻止できない。

 だが記憶の回廊がなければ長寿の兵隊は作れない。


 これは大きな改変・・だ。


「お疲れ皆。ごめんね、私だけ安全な場所で」

「セシル、全員が感謝してる。そんなことを言うな」

「……ありがとう」

「屋敷の修繕費用は俺が持とう。個人予算から出すから気にするな」

「お! ついでに俺の晩御飯も頼むぜヴァイス!」

「……ま、今日ばかりはいいだろう」


 こいつらはわかってないが、これはかなりの改変をした。


 今日は久しぶりに祝杯でも挙げるか。


 そういえば、セシルは一体何をしたんだ?


   ◇


 アントワープ家の屋敷から離れた西の森。

 強制転移の後、ロズ、シャム、ピーチ、クロは力なく項垂れていた。


「……はあ」

「何落ち込んでんのよ、バカッ! 元気だけがシャムの取柄でしょ!」

「うるせえな! なんだのアレンとかいう奴、見たかよ? 俺の攻撃を全部避けたんだぜ? ありえるか?」

「……まあ、確かに。それに、クロがてこずってるとは思わなかったわ」

「とてつもない動きだった。油断はしてなかったけど、それでも押し切れなかった。でも、それよりロズさん――」

「ああ、しかしおかげでわかった。魔族は、俺たち全員に死んでもらうつもりだったのだろう。あのヴァイスと呼ばれた金髪の少年は、それをわかって俺たちを生かした。それに姫のことも……」


 静かに物事を考えるロズに、ピーチが訪ねる。


「姫様が生きてるって本当なんでしょうか」

「……わからないが、本国に急いで通達する。お前たちは魔界に戻ってくれ。だが、当分の間、死人扱いにしてもらうになるが」

「どういうことですか?」

「魔族の動きを見る為だ。奴らの出方が気になる。その場合、ここに残っていた方がいいだろうが。もしかすると、人間たちが魔族を倒すかもしれん」

「……そんなこと、ありえますか?」

「あの強さは尋常じゃない。それより人間界の滞在時間の限界を超えると、寿命が縮むぞ」


 ロズの物言いに、シャムとピーチが悲し気な表情を浮かべる。


「ほんと、こっちのが綺麗なのに、なんで私たちは住めないんですかね」

「果実も美味しいのにな……」

「仕方ないよ。魔界に生まれたんだから。でも、ロズさん、俺はまだ帰りません。もう少し、俺もここで魔族と人間の秘密を探ってみます。魔族もどきの情報も得たので」

「……知らないぞ」

「俺もッス! 姫様が生きてるならすぐに戻りますけど、それまではここで情報を集めます」

「はあ、ロズ様、私も残ります。情報もそうですけど、負けっぱなしは嫌なんで」

「……わかった。まずは少し休んで思考を整理しよう。負けたことはいずれ勝利につながる。色々と準備をしてまた舞い戻るぞ」

「わかりました。そういえば、なぜ魔力を感じないんですか?」

「0勝67敗、つまり二カ月は魔力が使えない。まったく、化け物ばっかりだったな」

「……どういうことです?」


 そしてロズ一行は、その場を後にした。

 この選択のおかげで、また運命が交わることも知らずに。


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