256 古代魔法具

 俺たちが住む人間界とは別に、ノブレス・オブリージュにはもう一つの世界がある。


 それは、魔王率いる魔族たちが住んでいる『魔界』だ。


 当然そこにも多くの国がある。

 魔物が生息し、魔界人が住んでいる。


 そして魔王は、その魔界を統一した王であるということ。


 奴らは愉悦の為に人間界にやってきては人を襲い、個体によっては食らう。

 だがその根底は、この世界までも手中に収めたいのだ。


 もし自分が王だとして、すべての国を統一したとしよう。

 ほんの少し漏れがあったら誰もがそこを埋めたいと思うだろう。


 それが人間界だ。コレクションの、唯一の欠けたピース。


 そして原作でアレンが敵対するのは、何も魔族だけじゃない。


 魔界人とも、主人公アレンは剣をぶつけ合うことになる。


 それがノブレス・オブリージュでは面白いところだった。

 世界観が広がっていくと共に、新たな敵、新たな仲間、新たな種族、複雑な関係性が絡み合ってカタルシスが生まれる。


 だがそれが現実の場合だと厄介なことこの上ないが。


「で、その魔界ってのがあるとして、なんでヴァイスは知ってんだ?」


 建物の上、青空教室ではないが、魔界について話していた。


 デュークのぽけっとした質問が飛んでくる。

 さっきいた面子に加えて、カルタ、オリン、トゥーラも来ていた。

 いわゆる、全員集合ってやつだ。


 普通なら信じるわけがない。

 だがこいつらは違う。


 俺が答えるより先に、セシルが口を開いた。


「それについては私から補足させてもらう。既にオストラバ王国の上層部では認知されているみたいよ。そもそも、魔物が突然現れるなんておかしいと思わない? 一説によると、魔界からやってきてるとのことらしいわ。といっても、今は人間界でも繁殖を繰り返しているのだろうけれど」


 俺は原作で知っていたが、セシルは本当に魔界についての情報を自ら得ていた。

 原作でも古代魔法具を奪われるという重要なエピソードがある。


 だからこ今回も魔族大規模侵攻のように先手を取るつもりだ。

 そのとき、シャリーが口を開いた。


「つまり、その魔界人が古代魔法具を奪いに来るってことだよね? で、それを阻止したいと」

「その通りだ。だがこれも確定じゃない。とはいえ、セシルの情報によると既にかまをかけてきてるとのことだ」

「かま?」


 シャリーが首をかしげて、セシルが答える。


「古代魔法具は、ファンセントくんに頼まれて競り落としてたものなの。別名「記憶の回帰」。忘れられた事柄を思い出したりするための魔術本で、暗黒戦争時代に使われていた随分と古いものよ。それを調べている連中を見つけたのよ。」

「魔界人はなんでそれを欲しがるの?」


 シャリーの質問に、俺が答える。


「魔界人は、魔族の手下みたいなものだ。実際に欲しがってるのは奴らだろう。そして魔族もどきが復活しても寿命が短いのは、記憶の問題だと言われている。人は過去を依り代に生きている。それを定着させることで真の人間にさせるつもりだ」


 俺の発言に、ずっと黙っていたアレンが声を上げた。


「魔族、あるいは魔界人は、過去の人間を使って兵士、いや――兵隊を作るつもりなのか」

「おそらくな」


 過去の偉人は、今よりも遥かに強い力を持っていた。

 戦争が常に行われていると、否が応でも強くなる。


 魔族は狡猾で効率的だ。


 人間界を落とす為に蹂躙するよりも、過去の悪党を仲間にするほうが手っ取り早いと判断したのだろう。


 原作以上に強力な人間を蘇らせようとしている。

 ある意味で俺たちの強さが、ゲームの難易度を上げているのかもしれない。


 しかし不謹慎ながら血も滾る。

 伝説の大賢者や剣豪が、敵として立ちふさがるかもしれないのだ。


 すると、シンティアが声をかけてきた。


「ヴァイス、だったらその古代魔法具を壊してしまえばいいのではないのですか? それか、海の奥にでも投げ捨ててもいいと思うのですが」

「俺も破壊しようとした。だができなかった。古代魔法具は過去の魔術師が英知をかけて作ったものだ。おそらく、エヴァでも不可能だろう。さらに異質な魔力を放っている。神頼みでどこかに隠してもいいが、それよりは自らの手で追い返すほうが確実だろう」


 ゲームで破壊不可能なアイテムはめずらしくもない。

 実際、古代魔法具はその位置づけだった。


 魔界は人間界と違って常に戦争状態だ。

 俺たちのように平和な時間がない為、毎日命を懸けて戦っている。


 当然だが、知能も高い。


 セシルが古代魔法具を競り落としたことを調べるあげるのはわかっていた。

 それを逆手に取る。


 だがこのタイミングだとは思わなかったが。


 リリスもそれをわかっているのだろう。悲し気にぼやいた。


「よりによってミルク先生たちやエヴァ先輩もいないときにですか……修学旅行から戻って来るのは来週ですね」

「ああ。だがエヴァが魔族じゃない相手に力を貸してくれるかどうかはわからない。むしろ過去の偉人が蘇ると聞けば、俺たちの敵にすら回る可能性があるだろう。おもしろい、と喜んでいる姿に想像がつく」


 その言葉で、全員が確かに、と納得した。


「それよりお前ら、本当にいいのか? これは試験でも何でもない」


 セシルに頼んでいた手前頼んだが、こいつらには何のメリットもない。

 俺と違って破滅回避でもなんでもないのだ。


 しかしアレンが立ち上がる。


「当たり前のことをするだけだ。ソフィアさんを助けた後、大勢の人が喜んでた。きっとこれもそうなる」


 いつも通りの主人公野郎。


 まったくこいつは、後先を考えてるのか考えてないのかわからないな。


「魔族だとか魔界人については悪いが興味はない。だが、戦うのは好きだ。しかし人を助けるのはもっと好きだ。我も力を貸そう」

「ボクも同じだよ。それにみんなと一緒なら、きっとどんな困難でも乗り越えられる」

「……私も。過去の人を蘇らせて戦わせるなんてかわいそう。それを阻止できるなら力を貸すよ」


 トゥーラ、オリン、カルタが続く。


 荒唐無稽な話をよくもまあ信じるものだが、この世界の住人は不思議な事が日常茶飯事だ。

 そもそも魔法なんてものがある時点で、ありえない、という言葉がないのだろう。


 もし今回奴ら撃退しても意味がないかもしれない。

 だがソフィアは魔族の言う通り襲われていない。


 これがもしゲームなら、一度防げば二度目のイベントがないということになる。


 ならばこの運命を改変すれば今後の戦況が大きく変わる。


 待っていろ魔王。


 最後はお前の首を取りにいってやる。



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