幕間、忍び寄る集団

 悪人が蔓延る街、トラバ。


 小さな商店で、フルーツを買い込んでいる男がいた。

 短髪の黒髪、黒目、身長はそれほど高くはないが、がっしりとした体形で黒コートを着込んでいる。

 いわゆる、東洋人の顔立ちをしていた。


「ありがとよ「ロズ」さん。いつも沢山買ってくれて助かるよ」

「いえいえ、こちら・・・のフルーツはどれも絶品ですよ。ええと……」


 小さな布財布から硬貨を取り出すと、片方の手のひらに無造作に並べる。

 慣れない手つきで一つ一つ確認していると、商人がひょいと奪い取るように持ち上げた。


「これだよ、これ」

「ご丁寧にどうも」

「構わんよ。ただ、この街ではそれは良くないよ。ぼったくられるだけならいいが、身ぐるみはがされちまうよ」

「田舎からでてきたもので、どうも勝手がわからず」

「まあうちは買ってもらえるからありがたいけどねえ」

「それなんですが、近々出ることが決まりまして」

「おお、そうなのか。だったらサービスすりゃよかったな」

「とんでもない。それではまた」

「あいよ」


 ロズが去っていくと、商人は硬貨をピンと上に弾いた。


「あーあ、せっかくのカモが。まいいか、随分と儲けさせてもらったしな。しかしフルーツにあれだけ金を払えるなんて……ふむ。――搾れるだけしぼっちまうか?」


 不気味な笑顔で、イヒヒと笑った。


   ◇


 ロズは物腰ゆっくりに歩くと、目立たない宿屋に入る。

 受付に丁寧に挨拶したあと、フルーツを一つだけプレゼントして二階の階段へ。


 一番奥の、大きな部屋で止まると、コンコンコンとノックした。

 ガチャリと開いて現れたのは、同じく黒いコートに身を包んだ、金髪の男だった。

 年齢は随分と若く、10代後半だ。


「ロズさん、いいのありましたか?」

「ああ、シャム、お前が好きそうなものばかりだ」


 中に入ると、シャムは果物を一つだけひょいと受け取っておもむろに齧る。

 果実が滴り、胸元に水滴が落ちるも、気にせずに――。


「いやあ、こっち・・・のリンゴってマジで絶品――いてぇえ!」

「あんたいい加減にしなさい。ロズさん、じゃなくてロズ様。それにいの一番にフルーツ食べて、一番下でしょ!?」

「うっせえなピーチ! もうずっとこの部屋だぜ? これくらいいだろ!」


 お調子者のシャムの頭を叩いたのは、ピンク色のショートカット、ピーチ。

 シャムと同じ年齢で、ロズに丁寧にお礼を言ってフルーツを一つ手に取る。


 一口齧ると、さっきとはうってかわって笑顔になった。


「あー、美味しい……なんでこっち・・・はこんなに果物が美味しいんですね? ロズ様」

「風土の違いだろう。こっちには四季がある。それに商人もしたたかだ。金銭がわからないフリをしていたら何度もぼられるほどにな。だからこそ美味しいものを作れるくらい賢いともいえるが。――クロ、起きろ」


 すると、まだ布団で眠っていた男、だれよりも小さな少年が、寝ぼけ眼をこすりながら目を覚ます。

 同じく黒髪で、少しだけたれ目。


「あ、おかえりなさいロズさん」

「ロズ「様」。クロ」

「気にするな。ほら――」

「ありがとうございます」


 クロはフルーツを受け取ると、目をうとうとさせながら食べはじめた。

 しかし、すぐにまた目をつぶる。


 それを見ていたピーチがため息を吐いて、シャムがいひひと笑った。


「――それが、ここでの最後の食事になる」


 するとその時、ロズが静かに言った。

 それを聞いたクロが目を覚まし、シャムが嬉しそうに声を上げた。


「え、じゃあやっと任務ッスか!?」

古代魔法具アーテファクトの所在が判明した。辺境の貴族が保管していたらしい。それを奪って戻れば・・・完了だ」


 ロズの言葉の後、ピーチが手を上げる。


「どうした」

「結局うちら四人だけですか? 魔族は? 加勢なしですか?」

「直接手を貸すことはない。魔王曰く「そういうものだから」とのことだ」


 それを聞いたシャムが、不満そうに声を荒げる。


「またそれですか!? あいつらほんと偉そうッスよね。俺たちを永遠の敗戦国・・・だと思ってやがる。人間界・・・まで飛ばして、最後はいいところ取りッスか」

「まあそう言うな。だがこれは割のいい話でもある。任務が無事成功すれば、領土を全て返すらしい」


 それを聞いたピーチ、シャム、クロの表情が変わる。


「それ……マジッスか?」

「クロ様、魔族がそれを?」

「ああ、奴らは嘘をつかない。だが――おそらくこの任務には邪魔が入る」


 ロズの物言いに、クロが静かに尋ねる。


「どういうことですか」

「魔族の侵攻作戦が失敗に終わったことは知ってるだろう。その時の人間たちが邪魔してくるはずだ」

「意味わかんないんスけど、なんで人間達そいつらは俺たちが魔法具を奪うのを知ってるんスか?」

「わからない。未来予知の魔法か、心が読めるのか、魔界に探りを入れているか、仮定はいくらでもできるがな」


 ロズの答えに、ピーチが眉を顰める。


「そんな魔法が存在してるとは考えづらいです。そもそも、人間たちが魔界に探りに入れるどころか、認識すらしていないと思うのですが」

「だろうな。だが魔族が領土を返す約束をするくらいだ。それほどの難易度だと思っているか、あるいは――」

「失敗前提ってことですか」


 ロズの言葉を遮って、クロが言う。


「可能性は高い。だがこれは魔王の命令だ。魔族と違って愉悦の為ではないだろう。任務が成功すれば良し。失敗しても人間の情報が得られればなお良し。俺たちが全滅すればさらに良し、と思っているのだろう」

「ロズ様は将軍様ですからわかりますけど、シャムが死んでも無意味では?」

「バカお前、俺を誰だと思ってんだよ。魔族の奴らなんて余裕で倒せるぜ」

「あんたには無理。クロならまだしも」

「ああん!?」

「喧嘩するな。お前たちは全員優秀だ。それこそ、魔族にも引けを取らないだろう。どちらにせよ、この任務が成功すれば我が魔界国、アタオラスの再建も夢物語ではなくなる。だからこそ全員が生存した状態で古代魔法具を奪還、帰還するぞ」

「「「了解」」」


 服を着替えながら、シャムが気軽に尋ねる。


「そいや、人的被害を抑える事は覚えてるんスけど、向こうが襲ってきたらどうするんスか?」

「それはもちろん対処する。あくまでも被害を抑えるというだけだ。幸い今回は郊外の屋敷、邪魔さえ入らなければ敵も少ないだろう」


 それを聞いたクロが、リンゴの芯まで食べたあとに静かに答える。


「最悪の場合、全員殺せば問題ないですよね」


 そのとき、ピーチが少し早口で言葉を発する。


「――人間15人。それぞれ武器を構えて魔力を漲らせてます。今、入口を入ったところです」

「おおっ、喧嘩ッスか、喧嘩ッスか!?」

「どうしますか? ロズ様」

 

 シャムが嬉しそうに立ち上がり、ピーチが静かに尋ねる。


「極力目立たないつもりだと伝えたはずだ」


 ロズの答えにシャムが肩をすくめるが――。


「だがアタオラスを舐めた事は後悔させておこう。ピーチ、この扉を開いた瞬間に飛ばしてくれ」


 その言葉の後、嬉しそうに笑った。


  ◇


「ど、どういうことだ、な、なんだここは!?」

「ひ、ひい!? 森!? 何で、俺たちは宿にいたはずじゃ!?」

「落ち着け! 魔法に決まってんだろ!」


 手に武器を持った体躯のいい男、15人がロズたちの部屋の扉を開いた瞬間、近くの森に飛ばされていた。

 全員が魔力を漲らせ、数人がB級冒険者のタグプレートを胸に下げている。


「クソ、厄介な魔法を持ってるとは知らなかったぜ。お、おいお前ら、ちゃんと――」

「え? ひゃあああああ。お、おい、どうした、なんで急に倒れたんだよ!?」


「ぎ、ひぎおゃああああああ」

「うごいゃあああああああああ」


 1人、また1人と静かに倒れていく。

 姿は一切見せず、最後の1人が倒れた瞬間、ロズ、シャム、ピーチ、クロが姿を現した。


「雑魚ばっかでしたね」

「B級冒険者ってそこそこ強いって話じゃなかった?」

「一応、魔力は高かったみたいだけど」


 それからすぐに深くコートを被り、ロズが先頭で歩き始めた。


「魔族を退けた奴らはもっと手ごわいはずだ。くれぐれも油断するな。さて行くぞ。――狙いは郊外、アントワープ家だ」



 

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