251 お使いクエスト

「リリス、本当にこれでいいのか?」


 俺たちは、別の店に移動していた。

 小さな店内だが、手入れの行き届いている清潔感のある箒屋だ。

 リリスが選んだのは、いわゆる一般的な初心者の杖だった。

 取り扱いが簡単で、魔力が行き渡りやすいものである。


「はい! まだ慣れてませんし、私の魔力量も多いわけじゃないので」

「そうか。シンティアは?」

「私は装飾品の追加だけで構いませんわ。ヴァイスはどれにしますか?」

「ああ、けど申し訳ないな」

「とんでもないですわ。お好きなのを選んでください」


 リリスは既にニコニコ嬉しいモードで、やり取りを静かに眺めている。

 シンティアは先端に付ける装飾だけで構わないとのことだ。

 使い慣れているものからわざわざ買い替える必要は特にないだろうが、俺だけ買ってもらうのも気が引ける。


 とはいえ遠慮するのも彼女的には嬉しくないだろう。


「だったらこれをお願いしていいか?」

「構いませんよ。でも、この杖でよろしいのですか?」

「ああ、これ・・がいいんだ」


 俺が選んだのは、かなり古いタイプの杖だった。

 だがこれは原作で性能がいいと密かに言われていたもので、移動用に特化している。


 ノブレス魔法学園の市街地の練習場へ行くときに使ったり、ちょっとした移動にちょうどいい。

 あまり道具に頼るとなくなったときの反動もあるだろう。


 できるだけ己の力で過ごしておきたい。


 俺たちはそれぞれを手に取ると、店主の元へ向かった。

 随分とお年寄りの婆さんだ。


 声をかけると、ゆっくり歩み寄りながら商品を手に取った。


「三点ね。お支払いはどうしますか?」

「これとこれは俺が、この箒は彼女が払う」

「ヴァイス様、ありがとうございます!」

「ああ」


 思えば買い物なんて久しぶりだ。

 わざわざ袋に包んでくれようとしてくれたが、すぐに使うと伝えた。


 このまま森へ移動して魔力増強の湯、つまりは強者の湯を探す予定だ。


 しかしその時、お婆さんが「あ……」と悲し気な声を上げた。

 シンティアは当然のように気づき尋ねると、婆さんは今日の分の薬草依頼を忘れていたという。


「腰が痛くてねえ。ごめんなさいね、こんな愚痴を言ってしまって」

「でしたら、私たちが個人依頼を受けましょうか? ヴァイス、良いでしょうか?」


 個人依頼とは、ギルドを通さずに受けられるものだ。

 といっても後から書類を提出しなければならないが。


 どうせついでだ。構わないと伝えると、婆さんは嬉しそうにしていた。


「それじゃあ行きましょうかヴァイス、温泉、見つけたいですわ」

「だな」

「楽しみです! ゆっくり浸かりたいですね!」


 するとそのとき、お婆さんが「温泉? ああ、懐かしいねえ」と言い始めた。

 俺の耳が、ピクリと動く。


 ノブレス・オブリージュは大人気ゲームだ。

 どんな些細な事でもサブエピソードに繋がり、思わぬ出会いやお宝、情報が手に入ったりする豊富で濃厚な物語が売りの。


 ゆえにどんな言葉でも聞き漏らさないようにするのが鉄則で、攻略本はそれこそとんでもなく分厚い上に何冊も出版されていた。

 今となっては喉から手が出るほどほしいものだ。

 流石の俺でも全部は覚えていないからな。


 それよりも――。


「婆さん、懐かしいとは?」

「若い頃よくいったからねえ。温泉に浸かると魔力が回復するから、爺さんといっぱい狩りをしたねえ」

「それは、どこに……?」

「ええと確か……そうねえ。なんだろうねえ思い出せないねえ。薬草があればなんとなく思い出す気がするねえ」


 それを聞いたシンティアとリリスが、俺に視線を向けた。

 なぜ薬草があれば思い出せるのか、話が繋がっていないからだ。


 しかし俺は分かっている。

 間違いない、この婆さん――お使いクエスト婆さんだろう。


 何かを達成する為に叶えないといけないアレだ。


 たまに俺は一体何をしてるんだ? と我に返ってしまうときもある。

 とはいえそれが楽しいのだが。


 ウィザードで箒を買う、それも三点以上、これが、クエスト受注ということか。


 しかしそれを知らないシンティアとリリスは、やはり困惑している。


「薬草があれば記憶が戻る……? どういうことなんですかね……シンティアさん」

「記憶回帰の草、ということでしょうか? 聞いた事がありませんが」

「深く考えなくていい。考えるな、感じるんだ」


 本当に深い意味はないだろう。

 きっとこの婆さんも、多分何となく言ってるだけだ。


「薬草があれば、思い出す気がするねえ」

「婆さん、俺に任せとけ」

「あらお願いしていいのかい? 薬草があれば、思い出す気がするねえ」


 間違いない。この何度も同じことを繰り返す感じもそうだ。

 俺は、心の中でガッツポーズした。


「お婆さん……大丈夫ですかね?」

「どうでしょう。少しだけ心配ですわ」

「気にしないでいい」


 いや、一応気にしてみたが、やはり問題はないとシンティアが治癒で判断した。

 不思議そうな二人をよそに、すぐに場所を移動し、薬草を探しはじめた。

 これほど簡単な依頼はない。


 と、思っていたが――。


「グオォアアア!」


 突然、森からバカでかい蜘蛛が出て来た。

 なるほど、こいつがクエストボスか。


「雑魚が」

「――グォオオアア!?」


 だが秒で息の根を止めた。

 強くてニューゲームをしているようなもんだ。


 こんな雑魚に構ってる暇はない。


 すぐさま戻ると、婆さんはとても嬉しそうだった。


「ありがとうねえ。これがないと腰が痛くてねえ」

「ああ、それで温泉は――」

「そういえば、二丁目のヴィルディさんにお届け物があったのを忘れていたんだよねえ。ああ、どうしようかねえ」


 するとシンティアとリリスは「え、どういうことなんですか? 温泉は……?」 という顔をした。


 だが俺は、何とも言えない懐かしさを感じていた。


「行くぞ、二丁目のヴィルディさんにお届け物だ」

「え、ヴァイス様どういうことですか!? 別にお知り合いでも何でもないですよね……!?」

「細かい事を考えるな。感じろ」

「ヴァイスは優しいですわ。みんなでヴェルディさんのところへ向かいましょう」

「え、これ、わ、私が変なんですかね!?」


 ちなみにその後、婆さんの夕食の材料も買うことになったが、無事に温泉の場所は教えてもらった。


「よし、行くぞシンティア、リリス」

「はい! よくわかりませんでしたが、優しいヴァイス様はやっぱり素敵です!」

「寝る前にいい子いい子してあげますわ」


 しかし二人が優しくて良かった。




 

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