247 セシル・アントワープの小旅行

 ノブレス魔法学園では、たまに休みをもらえる。

 そんなとき私は、よく小旅行に出かける事が多い。


 理由はもちろん、バトル・ユニバース関連だ。


 地方へ行くと、特別仕様の駒が販売している事が多い。

 モノクロだったり、カラフルだったり、駒自体がまったく新しいものもあったりする。


 公式戦では使えないけれど、私は土地の風土を楽しみながらぶらぶらするのが好きだ。


「足元、気を付けてね」

「ありがとうございます」

「それと……あの」

「はい?」


 馬車を降りる際、おじさんに声を掛けられた。

 なんだろうと首をかしげていると、渡されたのは、何と硬い洋紙だった。


「セ、セシルさんだろ!? バトル・ユニバース世界大会優勝者の!?」

「え? は、はい。そうですが」

「良かったらその、名前を書いてもらえないか!? いや、びっくりして……す、すまない驚かせて、興奮してしまったんだ」

「大丈夫ですよ。お名前は?」


 私は、ごくまれにだが、こうやって名前を書いてほしいと言われることがある。

 みんな申し訳なさそうにするけれど、素直に嬉しい。


 みんなが私と同じように楽しんでいるからこそ、ずっとこのゲームを楽しめているのだから。

 

 しかし、まさか馬車で言われるとは思わなかった。

 ここは小さな街だが、バトル・ユニバースが凄く有名らしい。

 その理由は、駒のモデルとなった騎士の出身だという。


 ――グリスト・オールディン


 世界で最も有名な過去の偉人だ。


 私も大好きで、足取りが軽い。


 街に入ろうとすると、入口の憲兵さんに声を掛けられた。

 ここは厳しいのだろうか? 

 そう思っていると――。


「も、もしかしてセシル・アントワープかい!?」

「え? あ、はい」

「よ、良かったら握手してもらえないか!? いやあ、バトル・ユニバースの大会、間近で見てたよ! 凄かったなあ!」

「ふふふ、もちろん大丈夫ですよ」


 流石に一日で二回目は初めてだった。

 何だか、気分がいい。

 

 街並みは小さな建物が多く、青空が綺麗に見える。

 海沿いだということもあって、さらに心が晴れやかになった。


 近くのお店に入ると、普段は物静かだと言われる私も、思わず興奮してしまう。


「……凄い」


 そこは、まさかの専門店だった。

 バトル・ユニバースの駒が、棚に綺麗に並べられている。

 どれも特注品だったり、公式で発売されていた過去のものまで。


 凄い、凄い凄い。


 ……お金、足りるかな。


 かなり多く持ってきたが、不安だ。

 そんなことを考えていたら、後ろから声を掛けられた。


 マズイ、もしかしたら鼻歌を歌っていたかもしれない。

 前に一度だけ言われたことがある。

 嬉しそうなときにやっているらしい――。


「セ、セシルさん!?」

「……え?」


 まさかの店員さんだった。

 若い女の人で、エプロンはバトル・ユニバースが書かれている。


「わ、私大ファンなんです! うわ、なんでここに、うわ、す、すいません!?」

「え、あ、ありがとうございます」

 

 私が驚いたのは、とても可愛らしくて、それでいて同じ歳ぐらいだったからだ。

 一般的なゲームと言えども、女の子のプレイヤーはめずらしい。


 嬉しいな、と思っていたら、まさかの――。


「あ、あの、良かったらその」

「はい?」

「一局、さしてもらえませんか!? す、すいません!?」


 ……嬉しかった。でも、ちょっと不安もあった。

 どうしよう、嫌われないかな、と。


 けれども好奇心には勝てない。


 是非にと答えて、私は奥に移動した。

 そこには、いくつかのテーブルと、バトル・ユニバースが並んでいた。


「凄い……いいお店ですね」

「はい、祖父のお店なんです。今日は、ちょっとまだ出ているみたいなんですけど」

「素敵だと思います。――それでは、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそお願いします」


 感謝の一礼をし、そこでようやく、彼女の名前がラフィさんだとわかった。

 ゲームが進んでいくと、私は、彼女の名前を忘れないだろうと心に誓った。


 なぜなら、凄く、凄く強かったからだ。


「ま、負けましたー……! いやあ、流石セシルさん!」

「いえこちらこそ。その、凄く楽しかったわ。それに強かった。ラフィさん、っていうのかな?」

「え? あ、ああああすみません!? お名前も言わずに……!? ラフィ・エリリと言います!」


 どこかで聞いた事があるような気がした。

 すると後ろで叫び声が聞こえた。


「セ、セシル・アントワープ!?」

「……もしかして、ダリアさん?」

「な、なんでここにいるんだ!?」

「お久しぶりです。その観光にきて」


 後ろを振り返り、思わず立ち上がる。

 ダリアさんは、何度か大会で戦ったことのあるお爺さんだ。

 凄く強くて、面白い手をうってくる。


 そうか、彼女はお孫さんなのか。

 ……思い出した。


『おじいちゃん、がんばれー!』



「そうか、驚いたな……なんだラフィ、負けたのか?」

「ボコボコだよー」

「なんで、だらしねえ! セシルさん、どうだ? 一局」

「もちろんですよ」

「よし!」


 そして私は、気づけば没頭していた。

 久しぶりの対戦相手に嬉しくて嬉しくて。


 ――――

 ――

 ―


「お、おじいちゃん、もうこんな時間!?」

「なあに!? うおお、すまんのう。観光にきたのに」

「いえ、私も楽しかったですよ」


 しかし確かに帰りの馬車を考えるとの残り一時間しかない。

 どうしようかと思っていたら――。


「私が街を案内します! いい所知ってますから!」

「いいの? 助かるわ」

「ラフィ、頼んだで」


 そして私は、思わぬ出会いに感謝しながら、グリスト騎士の逸話を教えてもらいながら町を観光した。

 しかし帰り際、驚くべきことを聞いた。


「ラフィちゃん、また来るね」

「はい! あ、でも……実はお店を閉店するんです」

「……え?」

「おじいちゃんの身体、あまりよくなくて。私も普段は王都の学校にいるので、お店とかはできなくて……だから、最後にセシルさんとお店で対戦出来て、凄く嬉しかったと思います。私も嬉しかったです!」

「……そっか。残念だけど、仕方ないわね。ありがとう」

「いえ! また! 残りは郵送しますので!」

「ふふふ、ありがとう」


 帰りの馬車で、余韻に浸る。

 凄く楽しかった。


 ちょっと、悲しいけれど。


 しかし後日、郵送で届いたバトル・ユニバースの手紙に、嬉しい事が書かれていた。


「……良かった」


 そこには、色々ありましたが、自分が引き継ぐ事にしましたので、またお店に来てください、と書かれている。

 そして、覚えてはいないが『バトル・ユニバースがふたたび好きになったきっかけの、例の彼も連れてきてくださいね、と』


 ……いつ言ったのかな。

 覚えていない。


 時計を見ると、約束の時間だった。

 ノブレス図書室に向かうと、そこには、ファンセントくんがいた。


「セシル、呼び出してすまないな」

「構わないわ。厄災のお話よね」

「ああ、おそらくだが――」


 彼はいつも未来のことを考えている。

 だからこそ、申し訳ない。

 

 ただの……遊びのお誘いなんて。


 ……でも。


「悪いなセシル、それで頼む」

「わかったわ」

「それじゃあな」

「……ねえファンセントくん」

「なんだ?」


 ……頑張れ、頑張れ、私。


「凄く素敵な町を見つけたの。バトル・ユニバースの専門店があって、良かったら今度一緒に――」

「ああ、楽しみにしておく」


 すると、ファンセントくんはすぐに返事をしてくれた。


 ……ふふふ。


「わかった。それじゃあまた誘うわ」

「ああ、ありがとな」


 楽しみ、楽しみ、楽しみ。


 ……さて、シンティアさんにどうやって伝えようかな。


 今日一日、考えないと。


 でも、楽しみだな。


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