246『世界一簡単な、なぞなぞ』/『寂しがり屋の嘘つき屋』 

『世界一簡単な、なぞなぞ』


「お、おねいちゃん……」

「なにーどうしたのー」

「いつまで胸の上で寝転んでるの!? お布団で寝たほうがいいよ!?」

「なんでー、だめなのー」

「そ、そろそろ重いから……」


 ウィッチ家、屋敷。

 和風の縁側の庭を眺めながら、シエラはうたたねをしていた。

 エレノアの胸を枕にして。


「じゃあね、なぞなぞに答えたらどいてあげる」

「え、な、なに?」

「世界で一番柔らかい枕って、なーんだ?」

「ど、どういうこと……」

「ほら、答えなさい」


 シエラは、目を開けているのか開けていないのかわからない感じで、うたた寝しながら答えを待った。

 エレノアは、真面目に考えたが出てこなかった。


「わ、わからない……」

「…………」

「お、お姉ちゃん!? 寝てない!?」

「…………」

「ねえ、なぞなぞの答えなあに!?」

「…………」

「気になるよおおおお」


 ゆさゆさ、ゆさゆさ、たゆんたゆん、たゆんたゆん


 ◇  ◆  ◇   ◆


『寂しがり屋の嘘つき屋』


「お姉様」

「なんだ?」


 アビタス家、大食堂――キッチン。

 当然だが、ノブレスの職員のミルクにも休暇がある。


 日付は2/13。

 バレンタイン前日。


 ミルクは、専用のエプロンに身を包んでいた。


「何をされているのですか」

「チョコレートだ。わかるだろ」


 並べたお皿の上に、計量も図らず目分量でカカオ豆や牛乳を入れていく。

 しかしそれは、完璧な数値だった。


「……誰に、誰にあげるのですか」


 ミルクの妹、カフェは悲し気に口を手で覆う。

 あまりの驚きに身体が震えていた。


「? 何の話だ?」


 しかしその問いかけにミルクは眉間にしわを寄せて答えた。

 カフェは、静かに考える。


 ……よくよく考えるとお姉様が世間の行事ごとに興味あるわけがない。

 たまの休みにお料理をすることは知っていたが、これは偶然。

 きっとチョコレートが食べたいだけなのだ。


 むしろ私がイベントを伝えると、「そうなのか」と言いながら、気まぐれに誰かに渡す可能性がある。


 ……それは、避けたい。


 いや、むしろ私が食べたい。お姉様のチョコレートは、私が――食べたい。


 王都のある人がが言っていた言葉を思い出す。

 『パンがなければおかしを食べればいいじゃない』


 そう、つまり――『イベントがなければ、作ればいいじゃない!』


「……明日は、姉が妹にチョコレートを振舞う日です。それも、世界共通で、大事な、大事なイベントの日ですよ」


 気づけばカフェの口からとんでもない言葉が飛び出ていた。

 流石にこれはやりすぎかな? そんな不安を抱えながら返答を待っていると――。


「そうか。ならカフェの分も作ろう」

「…………」

「どうした?」

「な、何でもありませんわ。えへ、えへええ、えへへへええ」


 満面の笑みで、この世界ではありえないほどのスキップをしながらぐるぐるとキッチン周りをうろうろするカフェ。


 お姉様のチョコレートがもらえる、それも、それも、この大事なイベントの前夜に。


「……しかし、お姉様は何でもできますね」

「そうか?」


 砂糖やこの地方で獲れる甘いパウダーを目分量で完璧に。

 あまりの手際の良さに、カフェは思わず見惚れていた。


「すぐできる。ゆっくりしてていいぞ」

「はい」


 抑えきれない笑顔を隠す為、中庭で優雅にティータイム。

 三十分ほどすると、姉、ミルクが現れた。


 高鳴る鼓動を抑える。


 しかし、その手にはなぜか何もない。


「お、お姉様!?」

「どうした?」

「ちょ、ちょ、チョコレートは!?」

「明日だろう?」

「…………」


 そ、そういえばそう言ってしまった。

 落ち着け、落ち着け私、日付が回れば食べればいい。そうよ、食べればいいじゃない。


 その日、カフェは何度も時計を眺めていた。

 0時一分前、魔法冷蔵庫の前で待機しているとミルクが現れる。


「何してるんだ?」

「……日付が回った瞬間に食べるのが習わしなのですよ」

「そうか。だが悪いな、実は――」


 そして0時を超えた瞬間、カフェが魔法冷蔵庫を開ける。

 しかしそこには、何もなかった。


 絶望するカフェに、ミルクは――。


「すまない。さっき来客で子供がきてな。渡してしまったんだ」

「……ど、どど、どどどどどど」

「どうした? 馬でもいるのか?」

「わ、私のチョコレートがあああああああ」


 突然に泣き出すカフェに、さすがのミルクも驚いた。

 そんなに食べないといけないイベントなのか、と呟き、何か思い出す。


「待ってろ」


 残っていた材料を取り出し、ものの数分、ちょっとだけ魔法でズルをして小さなチョコを完成させた。


「すまないな。今度帰った来た時に、もっと大きいのを作る」

「…………」

「どうした、食べないのか?」

「このイベントは、姉が、妹に食べさせるのが習わしなのです」


 もはや整合性など取れていない後出しの連続だが、ミルクは、そうかとカフェの口に入れる。

 満足そうにとろけた顔で、カフェは頬を緩めた。


「おいひい……」

「悪かったな。私はそういうイベントには疎くてな」


 あまりの素直さに、カフェは――嘘をつきましたと答えた。

 ただ、チョコレートが食べたかったんです、と。


 しかし――。


「そうか。なおさら今度大きいのを作る」

「……怒らないのですか?」

「私みたいな姉をもって大変だろう。いつも家を任せてすまないな。そのくらいはさせてくれ」


 その日、カフェは、今日は姉のベッドに妹が寝るのが最後の習わしなのですと潜り込んだのだった。


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