242 平民アレンの怠惰な一日
目を覚ます。
まず見えるのは、迫りくる天井。
二段ベッドの下。
ここは僕とデュークの部屋で、個室に移ることもできるが、拒否して居座っている。
ノブレス魔法学園とは思えないほど質素ではあるが、これが落ち着く。
聞くところによると、ヴァイスの部屋は凄く豪華らしい。
見てみたい気もするが、羨ましくなりそうなので行った事はない。
こういう負けず嫌いな所、直したほうがいいんだろうなあ。
その時、上から豪快に降りてきたのは、デュークだ。
ドシっと音を立て、いつものようにあくびしながら――腕立て伏せをはじまる。
「うおおおおおおお、アレンおはよおおおおおおおおお」
起き抜けからなぜそんなことをするのか訪ねてみたが、眠気が吹き飛ぶからとのことだ。
理にかなっているような、かなっていないような。
そんな彼は日課を終えると、僕に話しかけてくれた。
「で、何食う?」
「いつもごめんね……」
「気にすんな。今日のメニューは何だったかな、ちょっと確認するぜ」
「ありがとう」
デュークは、木板に張り付けているノブレス学食のメニューを確認する。
指さし点検しているのが、いつもちょっと可愛い。
その時、半開きのドアをコンコンと叩いて現れたのは、シャリーだ。
「おはよっ。二人とも、めずしく早起きじゃん」
「今日は
「大変だねえアレン坊やは」
そう言いながら、シャリーは実に嬉しそうに近づいてくる。
完全にいたずら少女、僕は、精一杯の声で威圧した。
「シャリー、やめろ、やめろって!」
「えへ、えへへ、えへへ、さあ、どんな感じかなー」
そしてシャリーが、ベッドで寝転んでいた僕の肩に触れる。
瞬間、激痛で叫び声をあげた。
「くうっ……」
「なるほど、やっぱりかなりキテるみたいね」
「わかってるくせに……」
「これも大事な触診よ。ちゃんと魔力で診てるから」
「……本当かなあ」
「でも、頑張った証でしょ。めずらしくヴァイスも褒めてたじゃない」
「そうかな……」
「シャリーの言う通りだ。あいつ、なかなかやるな。みたいな目してたぜ! 知らんけど!」
がははと笑うデュークと微笑むシャリー。
いつもの光景に、力の入っていた身体が少し緩んだ。
試験を終えた後、僕の身体には、とんでもないほどの代償がきていた。
激痛はもちろん、魔力が使えなくなり、これはいつもだが、殆ど動けない。
足を引きずれば部屋の中は何とか大丈夫だが、食堂へ行く元気はない。
車椅子を借りる事もできるが、手が動かないので結局は何もできず、安静の為に部屋で過ごすことになる。
能力を酷使すればするほど怠惰期間が延びるが、エヴァさんの”手”は今までで一番の反動だ。
強力だが、下手すれば戦闘中に魔力が突然使えなくなる恐れがある。
使用を控えるとまではいわないが、授業で酷使するのは控えたほうがいいのかもしれない。
「とりあえず日替わりの定食を持ち帰りしてもらってくる――って、シャリーなんだその弁当!? まさかお前、手作り……なのか!?」
「食堂で作ってもらうことも出来たんだけどね。私も気分転換に。最後、やられちゃったしね……。ほらアレン、あーん」
「え、ええ!?」
「なんて、冗談よ。小さく切って、全部に棒付けといたから口に運んで食べて。それくらいできるでしょ?」
「びっくりした……。ありがとう」
横を見ると、デュークが羨ましそうに指を口に入れていた。
彼は、魔力を使うと幼児退化するタイプなのかな?
「ほら、あんたのはこれ」
「うおおお、マジかよシャリー!? いいのか、いいのか!? ふたつも!?」
「バカ。そのひとつは私のよ。ほら、みんなで食べましょ」
「よっしゃ! 飲み物は俺に任せな!」
「はいはい、よろしくね」
僕はなんて恵まれているのだろうか。
平民生まれでありながらも、貴族で生まれた彼らからこうやって世話をしてもらえる。
差別は良くないとわかっているが、自分がその立場ではないからたまに申し訳ない。
けれどもふたりはわかってくれる。人間は対等で、出身なんて関係がない。
ほんと、最高の仲間だ。
「あ、このお肉美味しい」
「でしょ? いいの譲ってくれたんだよね。
「うめえ! 俺もなんか作ろうかな! 筋肉カレーとか!」
「それは、寸胴鍋に自分を入れるってこと?」
「それもありだな! 俺のダシが――いてっ!? なんで叩くんだシャリー!?」
「ご飯中に食欲失うような事言わないで」
「ははっ、ああ……笑うとお腹が痛い……」
ご飯を食べ終えると、眠気が来たのでひと眠り。
今日は休日だが、授業がある場合は、後日追加授業で補填してもらっている。
夕方頃に目を覚ますと、シャリーとデュークがいなかった。
それぞれの時間を過ごしているんだろう。
少しばかりボーっとしていると、コンコンコンと扉がまた叩かれる。
「よおアレン、大丈夫か?」
「ダリウス先生、どうしたんですか」
「様子を見に来ただけだ。無理するなよ。何かあったら言ってくれ」
「……はい、ありがとうございます。あの、一つ訪ねたいんですが」
「なんだ?」
「ニール先輩や、プリシラ先輩は何してますか」
「……あいつらは来てないな。色々あるんだろうが、今は休め」
「……わかりました」
「それと」
「はい?」
「いい試合だった。強くなったな」
「……ありがとうございます」
僕は、本当にいい師に巡り合えた。
こうやって横になっていると、今までの事を思い返したりする。
怠惰ではあるけれど、考え事がまとまるので嫌いじゃない。
そしてその時、また声を掛けられた。
僕は驚いて上半身を起こそうとするが、ごつんと頭が当たる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ご、ごめん!? ――あれ、シンティアさん」
ニコリと微笑んで、いつものように優しい笑顔を見せてくれた。
ここへ来るのは初めてだ。
……なんでだろう?
「様子を見に来ただけですよ。お身体は、大丈夫ですか」
「ああ、ありがとう。明日も一日はゆっくりしなきゃダメかも」
僕の反動の事は、同学年には知れ渡っている。
模倣が原因なので疎ましく思っている人も多いが、彼女のように優しい人も多い。
するとその時、手渡されたのは、何とメロメロンジュースだった。
「……え?」
「ヴァイスからですよ」
「……どういうこと?」
「ふふふ、彼、凄くいっぱい買ったんですよ。それも、棚に入りきらないくらい」
「ん、ん? でもなんでそれで僕に?」
「余ってるならやるか、あの怠惰なバカにな。と言われましたので。あ、すみません……。少し言葉を変えた方が良かったですね」
それを聞いて、僕は笑った。
彼は変わらないといつも言い切るが、少しずつ変わっている。
自分でも認めないだろうが、感じる。
「いや、そのままの言葉のほうが嬉しいよ。そうだね、美味しく頂くよって伝えておいて」
「はい。それでは失礼します。――アレンさん」
「ん?」
「ヴァイスの事、これからもよろしくお願いします」
「……僕が?」
「はい。あなたの事は、やっぱり少し特別に思ってるみたいです。ふふふ、これは内緒ですわ。それじゃあ」
「ああ、またね」
特別、特別か……。
嬉しいような、怖いような?
殴りたいリストとかにも入ってそう。
そんなことを考えながら、メロメロンジュースを一口。
「んっ、おいしい……」
セシルさんが奴隷紋について調べてくれているらしい。
明日の夕方には、僕の身体も少しは動くだろう。
ベッドで横になり、僕は
――『アレン、俺の事は黙ってろよ。魔王を倒す為にもな』
ヴァイスであって、ヴァイスではない、彼。
……一体誰なんだろうか。
恐ろしく強く、震えるほど自信に満ち溢れていた。
でも、格好良かった。
彼みたいに……僕もなりたい。
……ヴァイス、一緒に頑張ろうね。
誰にも、誰にも負けないように……。
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