238 努力の雷
「君がヴァイスくんか。噂には聞いていたが……まさかここまでだと思ってみなかった」
上級生のエルトゥール・リギト。
金色に輝く髪、能力は稀有な地と光。
作中でもトップクラスの実力を誇っている。
原作でアレンに何度か立ちふさがる事のある高い壁だ。
「いいえ、あなたも強かったですよ」
「はっ、まるで子供の読書感想文だな。……僕は幼いころから強くなりたいと願い、毎日剣を振り、研鑽を積んできた。ノブレスに入学してからも努力をかかしたことはない。だけど君は、君の剣は、僕を遥かに凌駕した。魔法は才能の部分が大きい。だが、ヴァイス、君の剣から伝わる努力は凄まじかった」
だが今は地面に座り込み、背中を預けて倒れていた。
作中ではただの強い男だ。しかしこうやって話して、剣を交えると分かる。
彼が、どれだけ頑張ってきたのか。
「……ありがとうございます」
「ははっ、こちらこそ。――ニールは偉そうだがその分強い。頑張れよ」
「はい」
『エルトゥール・リギト撃破。 ヴァイス・ファンセント、シンティア・ビオレッタにポイントを付与』
正直、上級生と手合わせできる機会は貴重だ。
特に今残っている奴らは、俺よりも経験を積んでいる奴も多い。
だが感傷に浸る暇はない。
王城内は複雑でないものの、入り組んだ地形になっている。
しかしそれは当たり前で、この時代の城は賊が入ってこないように設計されているからだ。
更にここは暗黒戦争時代に使われていた。
あえて迷路のように道が枝分かれしている。
その中でもやはり別格な強さを見せつけていたのは――。
「クソ――速すぎ――」
「我にその攻撃は当たらぬよ」
トゥーラだ。
足に魔力を注ぎ込み、壁を走りながら上級生をしとめる。
これはセシルの得意技だった。
以前ペアを組んだ時に教えてもらったのだろう。
近距離戦で彼女と同格なのはデュークだった。
ニールの計算外なのは間違いない。
ただ予想以上なのは――シンティアだった。
「トゥーラさん、治癒をしておきます」
「ありがとう。凄いな……本当に」
訓練服の魔力の漏出は、想定されるダメージが緻密に計算される。
つまり左腕を失うほどの攻撃を受ければ、血が流れる代わりに魔力が流れていく。
しかしシンティアは治癒を行う事で、本来は流れていくでろう魔力を止めている。
その事から原作では謎だと言われていたニールの能力も――。
「ヴァイス、ニールさんは本当に攻撃が殆ど効かないのですか?」
「ああおそらくな。今まで確信を持てなかったが、今のシンティアの治癒、更にトゥーラの証言からしても間違いないだろう」
「……私はニール殿にダメージを与えた。だが彼の魔力の漏出は、突然に巻き戻ったのだ」
ニールとプリシラは、治癒術者としておそるべき適合能力を持っている。
つまり今、シンティアが行ったことが、自身で行えるということだ。
それにより魔力の漏出が巻き戻り、無傷と変わらない状態になる。
何より恐ろしいのは、肉を切らせて骨を断つことができる。
それが、奴の戦術に違いない。
だがもちろん奴らにも隙はある。
魔力が漏出しているということは、ダメージは受けているということだ。
即死判定ならば治癒を行う暇はない。
さらに治癒は魔力を大幅に消費する。
ダメージを蓄積させ、最後にありったけを込める。
ただ問題はプリシラだ。
彼女は無尽蔵の魔力を持つ、と原作でも書かれていた。
もしそれが本当なら不死身と変わらないという事になる。
……まったく、ノブレスは本当に一筋縄ではいかない。
「誰か来るぞ!」
そのとき、トゥーラの叫び声で剣を構える。
だが見知った魔力でふと警戒を解いた。
「……味方だ」
現れたのは、正義野郎と幼馴染だ。
「――ヴァイス! ここにいたのか。それにトゥーラさんとシンティアさんも!」
嬉しそうに笑うアレン、まったく、こいつは犬か?
すると、シャリーが俺を見ていた。
なぜか微笑んでる。
なんだ?
「あらヴァイス、私たちの事味方だと思ってくれてるんだ。ふーん、成長したんだねえ」
「……黙ってろ。それより戦況はわかってるのか?」
俺の問いかけに、アレンが答える。
「もちろんだよ。デュークが落ちて、セシルさんはいない。オリンも……でも、カルタさんは生きてる。他にも頼りになる人たちはいる。絶対に勝てる」
「ハッ、相変わらずの熱血野郎だな。作戦もなしに特攻か」
「全てに対処すればいい」
「そんなもので勝てれば苦労はしない」
「なんだって!?」
「ちょっとちょっと、こんな所で喧嘩しないでよ!?」
シャリーが止めにかかり、シンティアが割って入る。
「いい加減にしてください。仲間割れしている暇はありませんよ。ヴァイスもちゃんと伝えてください」
……ま、彼女の言うことは聞くか。
俺は、治癒の事、訓練服の事を伝えた。
それを聞いたアレンとシャリーが驚きながらもすぐに理解する。
魔力を消費させ、最後にとどめの一撃を与えたらいいと。
ったく、優秀な奴らめ。
「いいか、ここから先はノブレスの上級生たちが罠を仕掛けて待ってるはずだ」
「ああ、だから気を付けて進もう」
「……バカ――」
「ヴァイス」
「いいか……ここは国であって国じゃない。俺がここに来たのは、ギリギリまで魔力を使わせた上で、上級生を欺く為だ。ミルク先生が言っていた事を思い出せ。シャリー、お前ならわかるだろ」
ここまでお膳立てしたのだ。頭を回転させる癖をつけておかないと、試合の勝敗に響く。
そこでようやくシャリーが気づく。アレンも、少し遅れて気づいた。
そこで窓から音がした。
現れたのは、カルタだ。
「お、お待たせ……」
「カルタさん! 大丈夫――」
「シャリー、黙ってろ。そんなことはどうでもいい。――カルタ、死ぬ覚悟はいいか?」
事前にカルタには伝えていた。
だが予想よりも魔力がほとんどない。
短い言葉だが、彼女なわかるだろう。
そしてカルタは、すぐに頷いた。
「もちろん。――私はもう、弱虫じゃないから」
ハッ、おもしろい。
普通なら躊躇する。
だがお前ならできる。俺は知っている。
俺が認めた、学園での最初の女だからな。
「行くぞ。
◇
「このあたりでいいだろう。――カルタ」
「はい」
王城の遥か高い空。
俺たちはあえて外に出た後、飛行魔法で空を飛び、上から城を見下ろしていた。
中級生は外門から様子をうかがっている。
全員に説明している暇はない。
もしかしたら何人か巻き添えを食らうだろう。
だが時間を掛けすぎると悟られる可能性がある。
俺たちは、背中に黒い翼をつけていた。
シャリーの精霊を強化させたまったく新しい魔術だ。
カルタは既に集中していて、みんなの声が聞こえないらしい。
ただ一点だけを見つめている。
彼女がもしニールにやられていたらこの作戦はできなかった。
その場合は、罠を退け、ただひたすらに前へ突き進む泥沼になっていたはず。
だがこれで、戦況は一気に変わる。
いや、試合終了の可能性すらあるだろう。
カルタが既に終わったと、ニールとプリシラは思っているだろう。
だからこそ、想像すらできない。
「準備……できたよ」
「わかった。――いいかお前ら、俺を媒体にカルタに魔力を流し込む。アレン、お前は一撃必殺と
「了解」
「トゥーラ、お前も一撃必殺を――」
「任せてくれ。それよりもっと強い技を身に着けてきた」
「ハッ、頼んだぜ。シャリー、シンティア、魔力の準備はいいな?」
「もちろんですわ」
「いつでも」
カルタが、両手の平を王城に向けた。
俺たちの魔力を集めている。まるで焚火のように徐々にだ。
1から10へ、それが際限なく上がっていく。
魔力量は努力で伸ばすことが出来る。だが持って生まれの搭載量がある。
セシルがどれだけ訓練しても伸ばせないように。
だがカルタは化け物だ。保有できる魔力が、常人とは桁が違う。
俺たちが銃なら、彼女は大砲。
そこに俺を含むシャリーとシンティアが魔力を譲渡する。
ある意味では現代知識を詰め込んだ技に近い。
原作ではありえなかった連携技だ。
「カルタ、お前の
彼女は一言も発することなく、余計な力も使わず、身体中の全魔力を城に――放出した。
同時に、アレンとトゥーラも。
「
「
◇
「――ニール様、空から――何かが――」
「――な」
ありえない。
油断はしていなかった。
魔力感知は最大まで高めていた。罠も仕掛け、残った上級生たちの能力、特性を考えて布陣を完璧にした。
だが――どういうことだ。
空からまるで世界を破壊するほどの力が――。
「
プリシラが僕を守る為、前に出た。
彼女の肩に手を触れ、治癒を最大限上げる。これは賭けだ。
もし即死判定になった場合、二人とも消えてしまうだろう。
「来るぞ!!!!!!!!!」
周りの上級生たちに叫ぶ。
だが――負けられない。この試合は――。
――ドゴオオオオオオオオオオオオオオン。
空が光った瞬間、城内の建物が全て破壊されるほどの魔力砲が放たれた。
天変地異かとまごうほどの威力。
およそ1人の人間が到達しうる力を超えている。
連携技――。
だがまだ断続的に降り注いでいる。
更に防御結界を解除する風魔法が飛んできていた。
ありえない、なぜこんな力が――。
「くっ……」
プリシラの
最高火力と合わせてとんでもない連携を――。
「ニール様、無駄な魔法を解きます。治癒を限界まで上げます。後は、お願いします――」
次の瞬間、プリシラはあえて防御を解いた。
自らの身体を降り注ぐ魔力に晒す。
どうせ破られる完全防御なら初めから解いていた方がいいという判断だ。
「くぁぁつあああ……」
だがいくら訓練服であっても痛みは消せない。
苦しそうに声をあげる。
治癒を最大限まで増加させる。プリシラも同じだ。
叫び、それでも力いっぱい攻撃を受けきる。
負けられない。負けられないんだ――。
◇
『カルタ・ウィオーレ。全魔力漏出により脱落』
身体中の魔力を一滴残らず使い切ったカルタは、一言も発することなく消えていった。
とてつもない精神力だ。
この世界の人間は魔力で動いている。
身体の限界がきても、活動の為、魔力は生命の危機としてほんの少し残されるのだ。
だがカルタはその全てを今の一撃に込めた。
例えるならゆっくりと自身の首を切る行為に等しい。
もう二度と俺は、冗談でもあいつを弱虫とは言うことはないだろう。
上級生が脱落したという魔法鳥のアナウンスが、一斉に流れていく。
王城に籠っていた上級生たちが、なすすべもなく消えたのだ。
「凄い……」
「カルタさん、流石だわ」
「普通はできぬ事だ」
「流石ですわ」
俺たちの力を媒体にしたとはいえカルタの力が殆どだ。
下を見ると、あれだけしっかりとそびえていた王城が見る影もなくなっていた。
柱が砕け散り、全てが崩壊し、何人かは建物の下で悲鳴を上げている。
もしこれが訓練服でなければ歴史的な大事件だろう。
――『建物をどれだけ破壊しようが、時間経過と共に戻る、つまり、好きにやれ』
ミルク先生が言っていた言葉を思い出す。
普通ならこんなことは考えない。
だがこれは試験。柔軟な考えをした上で先手を取った者が勝利する。
城の外で様子をうかがっていた中級生が、今まさに死にかけている上級生にとどめをさそうと前に出た。
「俺たちの勝利だ――」
「――ふざけるなよ。雑魚どもが」
『アドレス・デビ脱落。ニール・アルバート・プリシラ・シュルツにポイントを付与』
だがそこに現れたのはニール・アルバートだ。
やはり残っていたか。
その時、がれきの下から何人かの上級生が顔を出す。
俺たちはニールの居場所を特定していた。
そこに全魔力を注いだのだ。中心から外れていたおかげで、魔力の離散し助かったのだろう。
随分と有利になった。だが、本当の戦いはここからだ。
「ふふふ、おもしろいわぁ。これが特等席で見れるなんてありがたいわねえ」
すると空の上、エヴァ・エイブリーが杖に跨って優雅に眺めていた。
だが気にしてもしょうがない。もし彼女が手を出してくるなら戦うまでだ。
「プリシラの姿がない。お前ら、油断するな」
「――はい」
脱落のアナウンスは聞こえていない。
その時、後ろから声がした。
腕をぶんっと振ったのはプリシラだ。
視界が真っ逆さまになる。
重力の――反作用か。
「とんでもない人たちですね」
「ハッ――この程度で何とかなると思ってるのか?」
次の瞬間、俺は空中を叩き切った。
ただの素振りじゃない。
飛行魔法は繊細な術式、それにほんの少し魔力を紛れ込ますことで狂わせる。
磁力のような魔力操作。
卓越したものだけしか扱えない。
だが俺の魔眼に見えないものはない。
たとえ未来が見えなくとも、この目は特別製だ。
しかしその間に上級生たちが飛び上がって来た。
もちろんニールもだ。
今までの敵と違う。奴らはニールの息がかかった精鋭部隊だろう。
「お前らここからが本番だ。――負けるなよ」
俺の言葉に、アレン、シャリー、トゥーラ、そしてシンティアが頷いた。
しかしついさっき、俺は信じられないものをみたのだ。
プリシラが全力でニールを助けていたこと。
それはいい。だが、ニールが全信頼を預けたかのように自分の身体をほとんど守らず、彼女の治癒を最大まであげていたことだ。
それが……奴隷と主人のような関係にはみえなかった。
今まで感じていた小さな違和感が、少しずつ大きくなっていく。
どうせなら勝って全てを暴いてやる。
だがその前に――。
「プリシラ、まずはお前から落とす。ニールはその後だ」
「ええ、できるものならばどうぞ」
やるべきことはただ一つ、作中でも最強格と言われた女。
エヴァ・エイブリーと唯一引き分けたノブレス学生。
ノブレス四傑の最後の一人、原作で誰も倒すことができなかった――プリシラ・シェルツを倒す。
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