239 原作を超えた魔法&二重の罠

 三元素以上を扱えるのは、今まで俺を除いて、エヴァ・エイブリーとメリルだけだった。


 2人は作中でも規格外と天才と設定されている。

 特にメリルは、由緒正しき宮廷魔法使いの血筋だ。


 だが今戦っているプリシラはそうじゃない。

 作中でも強いとされていた上に、無尽蔵の魔力にも秘密があるのだろう。


 それでも属性魔法は説明がつかない。

 ノブレスはゲームだが、設定に手を抜くようなご都合主義はしない。


 つまり、しっかりとした理由があるはず。


 そこを解き明かせば、こいつの秘密がわかるだろう。


 しかしその余裕が、この戦いであるかのどうか。


 俺は完全制覇を目指す。

 勝利も、未公開も、何もかもだッッ!


「――一撃必殺ワンヒットキル


 黒い翼で飛行魔法を得た俺たちは、空を縦横無尽に駆けまわっていた。

 トゥーラは複数人の上級生を相手に、シンティアも同じだ。


 アレン、シャリーは、離れた場所でニールを。


 残りの上級生、中級生も戦っている。


 閃光タイムラプスを含んだ俺の斬撃が、プリシラにぶち当たる――。


「――風斬ウィンドアタック


 だが彼女は似たような攻撃を飛ばして、見事に相殺した。


 魔術破壊と同等の威力、少しだが水や火属性を含ませているのだろう。

 そのまま降り立ち、地面に手をかざして取り出したのは、土だ。


「――ハァッ!」


 投げ飛ばしてきたかと思えば、手前で散弾銃の如く離散する。

 もちろんただの土ではなく、魔力を含んだ属性攻撃。


 地属性――これで四つか!


「――化け物が!」


 防御シールドで防ぐも、その威力に驚いた。

 一つ一つに異なる属性を付与しているのだろう。


 普通ならこの攻撃だけでやられていたはずだ。


 無地蔵と思えるほど贅沢な魔力の使い方。


「ヴァイス・ファンセント。あなたはどうやってその力を身に着けたのですか」

「ハッ、なら先に聞かせろ。どうやって異なる属性魔法を習得した?」


 プリシラは今でこそ奴隷紋をつけているが、元は男爵家の令嬢だ。

 幼い頃からニールにメイドで仕えていたのも、身の回りの世話だったとセシルから教えてもらっている。

 資料も嘘偽りはなく、そこには、微弱な風のみと書かれていた。


 つまり残りは後天的に授かったのだ。

 戦闘に長けているわけでもないメイドが、エヴァと互角にまで強くなった。

 

 ……考えられない。だが、目の前の事実が真実だ。


「別に望んでいた訳ではありません。ただ、私には必要だったのです」

「力が欲しかったのか。ただのメイドが、何のために?」

「決まってるでしょう。――ニール様の為にですよ!!!」


 その時、初めてプリシラに表情が見えた。

 ほんの少し。だが激しい怒りだ。


 彼女の剣は、俺と同じで黒く輝いている。

 飛び掛かってきた彼女は、まっすぐに剣を振り下ろしてきた。

 無駄のない。そしてとんでもない威力と速度で。


 しかしあまりに正直すぎる。

 防御シールドで防ぎ、その隙に攻撃を仕掛けようとした。


 だがその時、何とも言えぬ魔力を感じ取る。

 

 魔眼を発動。

 未来予知こそされないが、閃光タイムラプスよりも視認能力が格段に向上する。


 そして――驚いた。

 

 彼女の剣に――闇属性も付与されていることに。


 俺の防御シールドが破壊されると即座に理解し、身体をひねって躱す。

 つまり彼女は、四大属性に加えて闇まで習得している。


 ――ありえない。


 だがッッッ!


「お前を倒して、俺は前へ進む!」

「――なっ」


 ノブレスでは当たり前のことだ。

 驚いても臆することはない。


 プリシラの攻撃を受けることなく寸前でかわし、剣を水平から振り下ろす。


 一刀両断するつもりで、一撃で即死判定させてやる――。


「――くぅぁあっああっ……くっ」


 しかしプリシラは、悲痛な表情を浮かべながらおそるべき反応速度を見せた。

 攻撃を受けると覚悟した瞬間、風魔法で足場を作り、反対方向へ思い切り飛んだのだ。


 飛ばされながらも即座に治癒を詠唱。

 だが受け身もできず、瓦礫に突っ込んでいく。


 相当なダメージを負っただろう。今ならやれる。

 即座に駆けるも、上級生が行く手を阻んだ。


「やらせないぞ!」

「――消えろ」


 雑魚に用はない。

 そのまま一撃で落とすも、ほんの数秒だけ時間を稼がれてしまう。


 上を見上げると、プリシラは既に空高く飛び上がっていた。

 魔力の漏出はない。やはり、自己治癒か。


 だが……なぜか服が破けていた。

 本来は破けても同じく戻っていくはずだが、治癒で修復できないイレギュラーが起きたのか。


「……何が、あなたをそこまで動かしてるのですか」


 プリシラは今まで無表情だった。

 だが今は少し違う。何かに葛藤しているかのようにも思えた。


「自分の為だ。今までも、これからもな」

「……そうですか。なら――全力で叩き潰せます」


 魔力消費による疲れは殆どないらしい。

 長期戦は不利だろう。


 しかしその時――。


「お待たせしました。ヴァイス」

「ああ。――悪いなプリシラ、2vs1は趣味じゃない。だがこれは、タッグ戦だからな」


 横に並んだのはシンティアだ。

 上級生を倒し、残りをトゥーラに任せたらしい。


 遠目では、ニールに対してアレンとシャリーが二人がかりで苦戦していた。

 あいつらが落とされる分には構わないが、下手にやられ遠くに逃げられても面倒だ。


 この試験は、王を倒しても追加ポイントはない。

 ラストアタックで仲間割れを起こす危険性があるからだろう。


 だがプリシラ急いで倒し、王は俺が仕留める。

 それこそが、完全制覇だ。


「行くぞシンティア」

「はい」


 彼女が隣で氷剣グラキエースを構える。

 それを見たプリシラが、深呼吸する――。


「奴隷紋は感情を抑制します。そしてこれには副作用・・・があります。それは――人間の限界を超えることができるのですよ」


 次の瞬間、魔力を爆発させた。

 人は脳の三割しか使っておらず、全力を出そうとしても制御してしまうと言われている。


 ニールが戦闘用奴隷を増やそうとしていたこと、奴隷紋のプリシラが強い理由は――そういう事か。


 驚いたことに、プリシラは一撃に全力をかけるらしい。

 無尽蔵の魔力だからといってだらだらと時間をかけないのは、トゥーラや残りの中級生がアレンたちに加勢するかもしれないというリスクを考えているのだろう。


 だが願ってもない。


 そして俺たちには秘策がある。


 バカ正直に強さの種も割れた彼女とダラダラと戦うつもりはない。


 俺は悪役だ。


 必要なら誰でも倒すし、殺す覚悟もある。


 だがお前はそれに該当しない――プリシラ。


「ハァッアアアア!!!」


 全魔力と四属性、闇をも含めた刺突。

 防御では防ぐ事ができず、不可侵領域バリアですらも危ういだろう。


「――ヴァイス、準備はできています」

「ああ、行くぞ」


 だが俺は、あえて真正面から突っ込んだ。


「力と力のぶつけ合いですか。――感謝します」


 ああそうだ。


 だが力と力じゃない。


 ――こっちは――原作を超えた奇跡の魔法だ。


「ヴァイス――今です!」


 俺は、全力でプリシラの剣を受け止めた。

 とんでもない威力だ。

 今までの誰よりも凄まじい。


 だがようやくわかった。

 彼女は血のにじむ努力を重ねた。


 何度も何度も、それこそ俺以上に――。


 だがそれも――これで――終わりだ。


「プリシラ、お前はよくやった」

「まだ終わってません。まだ、これからです!!!!」

「いや、終わりだ!!!!」


 俺の剣が、プリシラを弾き返す。

 だが彼女は、完全防御フルシールドを唱えた。

 無尽蔵の魔力がなせる速度と完成度。


 二撃目もこれでは防がれるだろう。


 だが――そうじゃない。


 お前は――これで――。


「終わりだ」


 次の瞬間、シンティアが俺の剣に魔法を付与した。


 ――魔眼と閃光タイムラプス、更に奇跡の魔法。


 奴隷紋の洗脳は、従者が死んだ場合のみに解除される。

 原作も同じで、この世界もそれは例外ではない。


 しかし俺たちは編み出した。


 奴隷紋の決して消えない呪いを断ち切る術式を、魔法を、この世界で初めて編み出したのだ。


「――これは――」


 俺の剣が防御シールドごしに直撃すると、プリシラが白い光に包まれる。

 当然だが今日が初めてじゃない。


 原作で知っている奴隷を一人解放させたのだ。

 従者が行方不明になったことで呪いが消えず、ただ1人王都をさまよい続けていた呪いの少女。


 今彼女は正気を取り戻し、人並みの人生を歩んでいる。


 そして、プリシラ、お前が二人目だ。


「……そんな、こんな、こんな技が……」


 プリシラは、力を失ったかのようにその場で垂れた。

 剣の矛先が地面に向けられ、表情もまるっきり違う。


「プリシラさん、もう……大丈夫です。奴隷紋は消えませんが、これで、あなたは自由です」


 女神のように微笑むシンティア。

 それもそのはず、プリシラは涙を流していた。


 今まで見たことのない表情だ。

 嬉しいのか、悲しいのか、そのどちらなのかはわからない。


 だが急がねばならない。

 プリシラと戦って倒すこともできただろう。

 だがそれでは意味がない。


 彼女を助けたのは情じゃないからだ。


 これが、破滅回避になるだろうと確信している。


 リリスやゼビス、ミルク先生と出会い、カルタの退学を止め、シャリーの命を救った事が今に繋がっている。

 ここでプリシラを落としても、途中は違えと終わり方は同じだ。


 想像の先へ、未来へ。


 デビを使役したときのように、ノブレスの開発陣は強欲だ。

 きっと奇跡だろうが魔法を作り出せるとわかっていた。

 それが、シンティアのおかげで叶ったのだ。


 魔王を倒す、ただその一点のみだけに俺は動いている。

 

 無意味な戦闘は不要だ。


 プリシラは今後役に立つ。

 いや、俺が役に立たせる。


 これが、この戦いでの正解だったはずだ。


「行くぞシンティ――」


 感情に浸らず、視線をニールに戻す。

 しかしその時、俺は驚くべきものを見た。


 シンティアが前を向き、プリシラから目を離した一瞬、彼女が涙を流しながら、その魔力を再び宿していたことに。


 そしてプリシラは、俺の首に向かって鋭い剣先を向けた。


 恐ろしいほどの闇、これまでで一番どす黒い。


 ――ありえないほど速い。


 あらかじめ、この時を待っていたような――。


「――私は、あなた達なら奇跡を生み出せると信じていました。今まで誰も編み出せなかった、奴隷紋の洗脳を解除できると――」


 一体何を、どういう――。


 閃光タイムラプスを極限まで高めて、時間を遅らせる。

 思考を止めるな。考えろ、考えろ。


 ……そうか。


 プリシラの言葉、表情で全てを理解した。


 彼女は初めからニールに洗脳なんてされていなかったのだ。


 ニールに付き動いていたのは、洗脳ではなく、彼女自身の意思。


 そして、それにより、俺たちが奴隷紋を解除する魔法を編み出すと信じていた。


 その時に、完全なる油断が生じることに。


 しかし普通は考えない。


 なぜならこの世界の歴史上でなかったものだ。


 だが彼女は信じていた。

 他の誰でもない俺たちを――敵を――。


 油断、先手、それが命取りとなる。


 セシルとバトルユニバースを名残惜しそうにしていた。


 帰りの門で、彼女は奴隷のような悲し気な表情を浮かべていた。


 ――一体いつからこの罠を仕掛けていた――。


 だがまだだ。俺の不可侵領域バリアが、お前に負けるのかどうかは、わからない――。


「――ヴァイス!!!!!!!!」


 しかしその剣を受け止めたのは、シンティアだった。

 咄嗟に俺の身体の隙間に入れ込み、心臓に突き刺さる。


 訓練服は想定されたダメージが入る。

 即死判定、更にプリシラの魔力は凄まじい。


 とんでもない痛みだろう。それこそ身体の全てがそぎ落とされるような。


 だが――。


「あなたを――信じています」


 シンティアは悲鳴を一つもあげることなく笑顔で消えていく。

 何という精神力だ。


 ああ、クソ。


 いや、違う。


 嘆くのは後だ。


 動け、動かせ、思考を止めるな。


 彼女が俺を守ったのは、不可侵領域バリアを信じていないわけじゃない。

 そこで魔力を消費すれば、後に勝てる可能性が低くなるからだ。


 身体を、心を――ただ、動かせ。


『シンティア・ビオレッタ脱落。 ニール・アルバート、プリシラ・エニツィにポイントを付与』


「プリシラ!!!!」

「――私は!!!!!!! 負けられない!!!!!!!!!!! ニール様の為にも、あなたを!!!! 倒す!!!!!!!!!」


 そしてその表情は、俺の知っているプリシラではなかった。

 怒りと、殺意と、破壊、全てをむき出しにしている。


 これが、これこそが本当の彼女なのだ。


 とんでもない速度の剣。


 何が、どうしてここまで彼女を突き動かす。


 元メイドだと? ありえない。


 そしてその時、トゥーラが後ろから現れた。


「――すまぬよ」


 問答無用の一撃、死角外からの攻撃。

 気配も一切ない。


 だが――。


「――ぁっああっああああああああ!!」


 女性とは思えない腹の底からの叫び声をあげながら、プリシラはすさまじい体術で動いた。

 まるでシエラだ。後ろ蹴りでトゥーラを蹴り上げ、歯で剣を受け止める。


「な、なんだと……」

「私は、私たちは・・・・負けられない。一度もたった一度も――」


 そのままトゥーラの心臓を一撃。


 転移魔法で消えていく。


『トゥーラ・エニツィ脱落。 ニール・アルバート、プリシラ・シェルツにポイントを付与』


 だが俺も、その隙は見逃さない!


「プリシラ!」


 思い切り振り剣を下ろす。

 彼女も諦めていない。


 おもむろに左腕を差し出す。

 だがそこに魔力は通わせていなかった。

 

 防御シールドもない。

 魔力が残っているはず。なのになぜ――。


「――左腕は――くれてやる――」


 そして俺は――目を疑った。

 

 俺の剣が、深く、プリシラの腕に深く突き刺さる。

 肉を割いて、骨を砕き――あろうことが、訓練服をも切断し、そのまま血肉交じりで飛んでいく。


 魔力の漏出はない。

 つまり彼女は、予め訓練服の術式を解除していたということだ。


 なぜ、そんな事を――。


「これが、私の――本当の――秘策――です」


 俺はプリシラの左腕を叩き切った。

 だがそのせいで振り切って、肩が伸び切ってしまっている。


 つまり彼女は、本当に命を懸けた戦いをしていた。


 カルタの魔法を受け止めた時も、恐れずに。


 一歩間違えれば無意味だ。

 だが、ある意味で俺たちを信じていた。

 ここまでしないと、勝てないと――。


 何という精神力と頭脳。


 だが、だが――。


「俺は負けない。負けられない!!!!」


 この試合に勝つには、プリシラを倒すには、殺すしかない。

 アレンなら無理だっただろう。


 だが俺はヴァイス・ファンセント。


 唯一の勝利が一つなら、おまえに容赦などしない!


 不自然な壁アンナチュラルで体勢を変え、目の前にデビを出現させた。


「デビビ!」

 

 そのまま剣を受け止めるも、プリシラの剣には勝てない。

 だがほんのコンマ数秒だけ時間を稼いでもらった。


 悪いなデビ、だがお前の死は無駄にしない。

 

 手加減はなしだ。

 心臓に向かって一撃を与える――。


 そしそのとき――感情を露わにしたことがきっかけなのか、魔眼が、発動した。


 «心臓に向かって一撃»


「これで、終わりだ! プリシラ」


 プリシラの剣を完全に見切り、寸前で回避する。

 彼女はこれに賭けていたのだろう。魔力で防御も出来ない。

 訓練服の術式もない。


「――ニール様――みんな・・・ごめんなさ――私は、勝てなかっっ――」


 俺の剣が――彼女を上回る――。






 

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