233 前夜
「癒しの加護と破壊の衝動が、効かないのですか?」
「ああ、プリシラにはな。いや、正しくは危険すぎるという意味だが」
原作でプリシラの能力は完全に暴かれていない。
唯一知っているのは、無地蔵に近い魔力を保有しているということ。
その一点のみにおいては、あのエヴァ・エイブリーをも上回ると書かれていた。
俺たちがノブレス学園に来る前、プリシラはエヴァと合同試験で戦っている。
だが決着はついておらず、観戦した奴ら曰く、プリシラは常に魔法を使いっぱなしだったとのことだ。
その事から、もし俺が術式を発動し、彼女から魔力を奪おうとすると、最悪の場合、身体が膨張して死に至るだろう。
更に魔眼での未来予知も効かない。
今までで一番の激戦になるだろう。
ニールに関しても謎が多く、手の内を全て見せるタイプではない。
原作のおかげで知っている事、調べたことをシンティアと共有し、二人で訓練を重ねた。
そして、驚いた事がある。
「ヴァイス、私の
「ならそれを昇華させよう。氷の翼も同時に発動できるのか?」
「はい。
それは、彼女の魔法への知識が格段に上がっていた事だ。
ありとあらゆる方法を考えていたらしく、提案してくれた。
それは、原作を知っている俺でも舌を巻くほどだった。
確かにノブレスでは学年が上がっていくたび、つまり物語が進むごとにキャラクターが増え、連携技というものが増えてくる。
以前の魔族大規模侵攻や、シャリーとの連携技を練習していたかのように。
ただそれを上回るほどの膨大な知識量をシンティアが兼ね備えていた。
彼女は
夜遅くまで勉強していることも知っている。
なのに俺は、何も話していないも同然なのだ。
前だけを見ていて、足元がおろそかになっていた。
この戦いに勝ち、シンティア、リリスに心からの信頼を伝える。
それが、俺のすべきことだ。
だがニールとプリシラに勝つというのは、真正面からエヴァに勝つに等しいかもしれない。
ただそれでも勝たなきゃいけない。
そしてもう一つ、勝利を確かなものにする事を、俺たちはやり遂げた。
「……ヴァイス、凄いです。私たちは、誰も成し遂げなったことを成功させましたわ」
「ああ、これなら必ず勝てるはずだ。ニールに、プリシラに――勝つぞ」
「はい」
今回の合同試験は、普通の学生にとってそこまで重要ではない。
だが俺たちにとっては違う。
その夜、俺はシンティアに頼んでリリスを何とか呼び出してもらった。
市街地Bの屋上。
来るかどうかはわからない。
だが――。
「ヴァイス様」
約束の場所に、リリスは現れた。
その顔はいつもと違って悲しげだ。
「ご飯は食べてるか?」
「……少し」
「そうか」
明らかに痩せていた。いつもよく食べるというのに。
少しだけ一緒に夜空を眺めた後、声をかける。
「気づいてたんだろう。俺が、
静かにリリスの返答を待った。
そして、ゆっくりと頷く。
やはりそうだったのだ。
だが薄々わかっていた。
彼女が、魔族の一人であるベルトニーを倒した時の言葉だったり、反応で。
俺はただ甘えていたのだ。
リリスが何も言わない、聞かない、その優しさに。
同時にリリスの忠誠心に頭が上がらない。
今まで何も言わないでくれたのだ。
問いただすことも出来ただろう。だが、しなかった。
それも全て、俺が何も言わないからだ。
だから、口をつぐんでいた。
しかし今回のニールの件では、リリスは考えた。
俺の到達する目標にヒビが入るんじゃないかと。
だと思っていたが――。
「私はヴァイス様のメイドです。ですが、
リリスは、頭を下げた。
その言葉で、俺は全てを理解した。
ニールも、俺も間違っていたことに。
リリスは恐れたわけでも、臆したわけでもない。
表ではなく裏、ふたたびに闇に潜ろうとした。
「私の言葉が足りず、この事態を招いてしまいました。私が……何とかします」
違う。お前は悪くない。
お前は――。
「今からでも学園長へ会いに――」
「リリス、この物語は決まっていたことだ」
ノブレス・オブリージュの本筋は変わらない。
むしろ今回の件は、俺という存在が招いた
遅かれ早かれ、俺が存在している限り、ニールとの闘いは避けられなかったはず。
魔族が人間界に降り経ち、厄災を行ったように、これは決まっていたことだ。
「俺は勝つ。そしてお前をふたたび表に引き戻す。だから、安心して待っていろ」
だがここからは俺の物語だ。
シナリオをぶっ壊し、改変する。
それが、破滅への回避、しいては完全制覇にもなる。
「……ヴァイス様」
「――むしろよくやったリリス」
「え? どういう――」
「この戦いに勝利し、奴らを俺の手駒に加えてやる。ちょうどいい機会だ」
「……ヴァイス様は本当に凄いですね」
「ああ、そして教えてやる。お前に、俺が何を考えているのかをな」
「ありがとう……ございます……」
リリスが、静かに涙を流す。
これは本音であり、事実だ。
俺は悪役、ヴァイス・ファンセント。
ニール・アルバートを倒せば、俺が物語の中心に立つことができる。
使える奴は何でも使う。
今までもカルタやセシル、シャリーがいなければゲームオーバーになっていただろう。
この
――なあ、
お前ならそう思うだろ?
全てを勝ち取って、何もかも足台にするだろ?
どんな事が起きても、全てを叩き潰すだろ?
誰も見たことのない最高の結末を、俺が見せてやるよ。
待っとけよ。
◇
ノブレスの女子棟。
だだっ広い部屋、しかし家具は殆ど置かれていない。
プリシラは、鏡に映る首の奴隷紋に触れながら、涙を流していた。
「……こんなものがなければ……良かったのに……」
◇
地下の修練場、ただひたすらに剣を振っていたのは、アレンだった。
「アレン、もう休みなよ。試験、明日だよ」
そこに現れたのはシャリー。
アレンは、気にせずに剣を振り続ける。
「だからだよ。明日は大事な試合。絶対に勝たなきゃいけない。ニールを倒し、プリシラさんを助けるんだ」
「……そうだね」
シャリーは悲し気に微笑んだ後、尋ねる。
「でも、次の合同試験の内容はまだ決まってない。もし、訓練服がない試験だったらどうするの? ……命がけになるかもしれないよ。もしかしたら、殺し合いになるかもしれない。……でもきっとヴァイスは――」
「わかってる」
アレンは、剣を止めて、真っ直ぐな瞳で答える。
「僕は殺さないし――誰にも殺させない。その上で勝つ。その為に力を貸してほしい」
その答えを聞いて、シャリーは微笑んだ。
「そう言うと思った。――もちろんよ。不可能を可能にだね」
それぞれの思いを胸に夜が明け――試験当日へ。
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