232 決意

 リリスが退学届けを出した話は、あまり出回らないようにミルク先生が上手く隠してくれた。

 だが学園長が戻って来る前に取り下げないと受理されるとのことだ。


「ヴァイス、私がニールを説得してもいいんだぞ」


 その時、今まで見たことのない表情で、ミルク先生が俺を気遣ってくれた。

 事情は説明しているが、やれることはないはず。

 何をするのか聞くのが怖いが――。


「いえ、俺がケジメを取ります」

「そうか……後悔はしないな?」

「はい。必ず勝ちます」

「ふ、そうか。あの二人は今だ無敗だ。プリシラにいたっては、以前エヴァと引き分けている」

「知ってます。全力を出しますよ。もちろん先手を取る予定です」

「……なら何も言うことはない。だが一つだけ言っておく。私は、お前の味方だよ」

「……ありがとうございます」


 贔屓なんてしないはずのミルク先生が、優しい目でそう言ってくれた。

 だがそれもこれも俺が弱いからだ。


 だから上回る。俺は、あいつを。

 

 そしてもう一つ、原作に絡んだ出来事も起きていた。


「ヴァイス」

「アレン、お前も取引したのか」

「ああ。僕は……許せない。リリスさんを追い詰め、プリシラさんに酷い事をするなんて」


 リリスの件は公にされていないが、当然近しい奴らは知っている。

 

 そしてアレンは、なんとプリシラを奴隷から解放する条件でニールと勝負を決めたらしい。

 逆に負ければ、アレンはもう何も手出ししないと。


 つまりニールは試験で勝利することによって全てを得ようとしている。

 アレンの事も最初はただの平民だと思っていのだろうが、勝負を取り付けるほどの相手だと認定した。


 流石、このノブレス・オブリージュでの悪だ。


 たった一度の勝利で、何もかもが手に入る。


 しかしこれは改変だ。

 原作でアレンは奴と直接対決しない。


 現時点でのアレンは俺よりも劣る。

 ニールと戦うのはまだ先だったはずだ。


 さらにプリシラは、セシルとユニバースで接戦に持ち込めるほどの頭脳を持っている。

 こいつではまだ荷が重いだろう。


「勝手にしろ。だがくれぐれも俺の邪魔はするなよ」

「ああ、だから力を合わせて――」

「ふざけるな。お前の力を借りる気はない」


 原作を考えると、アレンは邪魔になる可能性が高い。

 ただでさえプリシラに対して心を揺れ動かせている。


 必要とあればニールはなんでもするだろう。

 この戦いでプリシラの命を利用する可能性もある。


 その時にこいつアレンは邪魔だ。




 帰り道、待っていてくれたのはシンティアだ。


「リリスはどうだ」

「今は部屋にいます。まだあまり話してくれませんが」

「……そうか」

「ヴァイス、私は……リリスに対して怒りを感じています。どうして信じてくれないのでしょうか。私たちは、ずっと一緒にいたというのに」


 シンティアの怒りは最もだ。

 俺も逆ならそう思うだろう。


 だが――。


「……俺のせいだ」

「どういうことですか?」

「今はまだ言えない。だが、この戦いに勝って全てを話す。もちろんシンティア、お前にもだ。わかってるだろ? 俺が、何かを隠してることに」


 シンティアは何も言わなかった。

 彼女も気づいていたはずだ。


 今回の件は、ある意味で俺とリリスの信頼関係がまだ完全に成り立っていないから起きた出来事とも言える。

 そしてその原因が、彼女ではなく、にあることも。


 なぜなら俺は、真の目的をリリスに伝えていない。

 ノブレス・オブリージュのこと、いずれ殺される破滅への回避の為に動いている事。


 未来を改変しすぎる恐れから言わなかったが、ここまで一緒にやってきたのだ。

 リリスも当然その事に気づいている。

 そして俺がずっと隠していることに。


 その事で不安に駆られていたに違いない。

 なぜ何も言ってくれないのか。

 自分は、その道には邪魔なんじゃないのかとさえ思っているのかもしれない。


 俺は彼女に心からの信頼を置いている。

 だがそれは俺の中だけの話。


 言葉にしないと伝わらない。


 ただ今の状態で話しても意味がない。

 ニールに勝った上で真実を話す。


 これは、俺がこの世界に来てから献身的に支えてくれたリリスへの恩返しみたいなものだ。


 その為には――。


「シンティア、俺はたとえ何があってもこの試験に勝つ。――その意味がわかるか?」


 これは、プリシラの命を奪うことになっても、という意味だ。

 シンティアにとっては辛い決断だ。

 しかし彼女は、頷いた。


「……わかっています。私はそう決めています」

「ならすぐに訓練を始めるぞ。……思えばこうやって組むのは初めてか。ハッ、これだけの試験を重ねているのにな」

「ですね。いつもあなたは、ただ先を見ていました。だけど今回は、リリスの為、共に頑張りましょう」

「ああ」


   ◇


 豪華絢爛なノブレスの個室。


 ニールは、窓から外を眺めていた。

 そのまま、後ろにいるプリシラに声をかける。


「次の試験は、これまでで最も重要になる。勝てば全てが手に入るだろう。だが負ければ全てを失うかもしれない。負けられない。――必ずだ。必ず、勝つんだ」

「大丈夫ですニール様。私たちが勝ちます」

「……ああ、プリシラ。お前を信じてるぞ」

「はい。私が――ヴァイス・ファンセントを倒します」



 

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