225.5 シンティアの不満

 まえがき。


 本編の文字数が少なくなって、更に学園内のボスが出てきたことで物語的には少し鬱々とした話が続いてしまっています。

 もちろん簡単に終わらせることもできますが、私は登場人物のそれぞれが生きていると気持ちでしっかりと描きたいと思っています。

 簡単に物語の都合上を無視して退場するような真似はしたくありません。

 なので、もう少しお付き合いいただけると幸いです。

 

 それなら文字数増やしてほしい! と思われるかもしれませんが、そのあたりは色々と新作も含めて書籍化作業、リアル仕事もありますのでご了承ください( ;∀;)

 

 ただこれだけでは気持ちも伝わらないと思いますので、ほっこりできるエピソードを短いながら書かせて頂きました。

 本編とは関係ないタイミングで恐縮なのですが、のほほんと見てくださればなと思います。


 それではどうぞお楽しみください(^^)/


  ――――――――――――――――――


 ノブレスの修練場。

 日課の訓練を終えて水を飲んでいると、シンティアがいつもよりも不満そうだった。

 だが気のせいだろう。彼女がそんな顔をすることはない。


「ヴァイス、デートしましょう」


 ……ん? 気のせいか? 今シンティアにド直球なことを言われた気がする。

 いや、流石に聞き間違いだろう。


「聞いてますか、ヴァイス」

「ああ」

「お・出・か・け・しましょう」


 いや、どうやら聞き間違いではないらしい。

 よく見ると頬がいつもより膨らんでいる。

 上目遣いで、それでいて少しだけムスっとしているような。


 これはもしや……いや、どういうことだ?


 心当たりはない。

 昨日もシンティアと修練場にいたし、その前は二人で早朝マラソンしていた。

 俺たちは常に一緒、不満なんてありえないはずだ。


 というより、デートとは何だったか?

 随分と懐かしい響きだ。


 だが最後の言葉はわかる。


 確かにあまり外に出ていなかった。

 婚約者の希望を叶えるのは当然だ。


「わかった。王都の東側にいい狩場があるんだ。そこの魔物でも狩りにいくか」


 同じ人間と戦っていると飽きがくる。

 自己鍛錬は精神がすり減る。

 

 まったく、俺としたことが鈍感すぎた。


 たまには新しい相手がいいに決まっている。

 満足げにしていると、シンティアの手が水色に光っていた。


「ヴァイス、冷たいのがお好きですか?」

「氷槍はやめてください」


「デートです。デート、私はヴァイスと腕を組んで綺麗な景色を見たり美味しいご飯を食べたいのです。確かに上を目指す事に不満はありません。ですが、私との時間も作ってください」


 ああ……流石にここまでハッキリと言われればわかる。

 確かに最近はずっとノブレスのエピソードを追いかけてばかりだった。

 これから起こりうる未来に必死で、隣を見ていなかったのかもしれない。


「すまない……」

「謝罪は求めていません。私はただ――」

「今からでも大丈夫か? すぐに馬車を用意させる。シャワーを浴びてすぐ出よう」


 俺の言葉に、シンティアの満面の笑みを浮かべた。

 ちゃんとこの笑顔を守らなきゃな。

 その為にも運命に逆らおうとしているのだから。


「ふふふ、でしたら一緒に浴びましょう? 私も汗をかきましたわ」

「……だな」


 それから俺たちは自室一緒にシャワーを遊びた。

 少しだけ楽しんだ・・・・後、綺麗な洋服に身を包んで馬車へ乗り込む。


 リリスも誘ったが、二人で楽しんできてほしいとのことだった。

 余計な気を遣わせているのかもしれない。


「そういえば治癒魔法はどうだ? 随分と根詰めているみたいだが」

「順調ですわ。といっても、やっぱり人体の構造は難しいです。学園ではココ先生によく教えてもらっています。本当に凄い人です」


 ココは治癒と防御に長けている。

 誰かを守りたいという欲求が人一倍強いのだろう。


 あの事件・・・・があれば、誰でもそうなるかもしれないが。


「それにしても、二人きりは久しぶりですね」


 そのとき、シンティアがコトンと首を預けてきた。

 甘える彼女がめずらしい。

 そっと抱き寄せると、静かに微笑む。


「卒業すれば時間はもっと空く。それまでの辛抱だ」

「ふふふ、そうですね」


 しかしそれは魔族との直接対決が近づくという意味でもある。

 どんな時でも気は抜かないようにしよう。


 やがて馬車がとある辿り着く。

 王都を観光予定だったが、思いのほか時間・・を使いすぎたのだ。


「シンティア」


 馬車から降りる際、手を引くと彼女がまたニコリと微笑む。


「ここには何があるのですか? 森ではありませんか? もしかして狩り……でしょうか」

「すぐわかる。ただし、少し飛ぶぞ」

「――はい」


 不安げなシンティア。


 俺が行きたい場所は、歩いていくと少し時間がかかる。

 不自然な壁アンナチュラルを等間隔に置いて空を駆けあがる。


 飛行も使い、やがて見えてきたのは、湖が見えるだたっぴろい草原だった。

 静かに降り立つと、シンティアが嬉しそうに呟いた。


「凄く……綺麗ですわ」


 ここは、原作で知っていた秘密の場所だ。

 特にエピソードはないが、静寂な時間を楽しみたい時にもってこいだった。


 あらかじめ用意していた大きめの布を地面に敷いて、シンティアと横並びで座る。

 お互いに言葉をあまり発する事もなく、ただ幸せな時間を共有する。


 ……ああ、こういう時間も必要だな。

 改めて強くわかった。


 俺は急ぎすぎている。

 何もかも必死にすることは悪くない。

 だがしっかりと進んでいる足元も確認することが大事だ。


 気づかないうちにシンティアやリリスにその役目を押し付けていたはず。


「シンティア、いつもありがとう」

「ふふふ、こちらこそですわ。あなたの隣で見る景色にはいつも驚かされていますが、刺激的で楽しいですよ」


 彼女は本来アレンと仲を深める予定だった。

 人を傷つける事が嫌いで、平和を好んでいる。

 なのに俺の気持ちに賛同し、変わらぬ愛を注いでくれている。


 それが、たまらなく嬉しい。


 例えこれからどんな困難があろうとも、俺は彼女を守ってみせる。

 

 もちろん――。


「リリス」

「……え? どうしたのですか? リリス?」


 シンティアが驚く。だが後ろから声がした。


「え、えへへえへへ。ヴァイス様、一体いつからわかってたんですか?」

「そんなことはどうでもいい。いいからこっちへこい」


 初めからわかっていた。だが声をかけるべきか悩んでいたのだ。

 おそらく俺たちを守ってくれていたのだろう。


 リリスは、申し訳なそうに歩み寄るが、シンティアがさっと場所を作る。


「リリス、ありがとうございます。でも、私たちの仲に遠慮はいりませんよ」

「……はい、嬉しいです。シンティアさん!」


 俺は悪党だ。

 命が平等じゃないことは重々承知している。


 どんな事があっても、どんな犠牲を払っても、二人だけは必ず守ってみせる。


 ただまあ、ついでに原作の奴らも無事なら、ゲーム的には完璧だがな。


 するとその時、リリスが何かを手渡してきた。

 それは、メロメロンジュースだ。


「なぜこれを……」

「おやつです! もしものもしもの為に持ってきました! はい、シンティアさんも」

「ありがとうございます、リリス」


 すぐさま一口、……美味い。


「シンティア、リリス、月に一度くらいはこうやって三人で出かけたりしないか。暇な時でいいんだが――」

「もちろんですわ! 嬉しいです!」

「賛成です! でも……私もいいんですか?」


 リリスの問いかけに、シンティアがもちろんですわと答えた。


 努力すればするほど魔力は向上し、人は強くなることができる。

 だが人の気持ちは簡単に変わらないし、しっかりと向き合わなければならない。


 どんな時でもそれを忘れないでおくべきだ。


 今日はそのことを二人から教えてもらった。


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