幕間、使えるクズと使えないクズ

 郊外に存在するひときわ目立つ大屋敷。

 豪華すぎる内装、とてつもなく大きな部屋。

 そこに、金髪の爽やかな風貌、高身長な男、ニール・アルバートが立っていた。


「プリシラ、世界には僕を除いて二種類の人間が存在する。わかるか?」


 無表情を一切崩さず、隣の黒髪のメイドに声をかけた。

 端正で整った目鼻立ち、染み一つない白い肌。

 プリシラは抑揚のない声で答える。


「申し訳ございません。私の頭では到底お答え出来かねます」


 ニールとプリシラの前には、燕尾服を着た男が土下座していた。

 一言も発せず、額を地面につけている。


「顔を上げろ」

「はいニール様。このたびは大変――」

「プリシラ」

「はい」

「ひ、ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ」


 プリシラの手に宿らせた炎で、男が頬を焼かれる。

 耳をつんざくような叫び声が響き渡るも、ニールは表情を崩さない。


「許可なく、口を開くな。――プリシラ」

「はい」


 プリシラは、もう片方の手で真水を精製させた。

 焼けた頬に無慈悲に押し込む冷水、男はふたたび叫んだ。


 それが終わると、ニールが声をかける。


「お前はアルバート家に仕えて何年だ?」

「……五年でございます」

「そうか。なら明日からは奴隷として働け」

「そ、そんな……ど、どうかお慈悲を! ひ、ひぎゃああああああああああああああああああああああああ」


 ふたたび炎に焼かれた男は、よろよろと自力で立ち上がり出ていった。


「あいつは使えないクズ。だがプリシラ、お前は使えるクズだ」

「ありがたき幸せ、光栄でございます」


 ニールは、プリシラの顎を掴み、少しだけ微笑む。


「綺麗な肌は、お前の唯一良い所だな」

「勿体ないお言葉でございます」

「ハッ、心にもない事を。――ヴァイスを知っているか?」

「はい。ファンセント家のご長男と記憶しております」

「魔族を退けた男としてソフィアが噂を広めているらしい。エヴァがまだ在学しているのもそいつが絡んでるとのことだ」


 それを聞いたプリシラの頬が、少しだけ動く。


「何だ?」

「……ニール様が他人に興味を持つのが珍しいと思いました」

「ははっ、興味、か。――プリシラ、着替えろ」

「はい」


 ニールの言葉の通り、何の一切の抵抗もなく、プリシラはカチューチャを取る。

 その後、スカート、上着を脱ぎ、純白の肌着のみとなった。


「ちょうど夏休みエスタームの終わりだ。そろそろノブレスへ戻るとしよう。――先輩として、後輩に挨拶をしておくのもいいだろう」


 それからプリシラは、棚からノブレスの学生服を取り出す。

 続いて、ニールの制服も用意した。


 肩には、エヴァと同じ、三年生・・・を表す紋章が縫い付けられていた。


   ◇


「プリシラ、情報を簡潔に話せ」


 ノブレス学園へ向かう馬車の中、ニールが尋ねると、プリシラが答える。


「エレノア・ウィッチ、シエラ・ウィッチが補欠卒業になっています。よって週数回程度、まだノブレスに通っているらしく、ニール様と同学年になりました。一年生は、フリーデ家のベリルとストーン家のメリルが首席争いを。二年生では、ニール様がおっしゃられていたヴァイス・ファンセントが首席です。次点では、平民出身のアレンが猛追しているとのことです」

「使える姉妹だと思ったが、ただのクズだったとはな。それより……平民如きがノブレスに入学したのか?」

「おっしゃる通りでございます。他人の魔法を模倣するとの情報があります」

「……ふん、猿を入学させるとは、ノブレスも落ちたな」


 プリシラの言葉に、ニールの無表情に少しだけ陰りが現れる。


「また、今あげた殆どがカルロス国の魔族大規模侵攻に関与しており、去年、ミルク・アビタスがノブレスの教員になっています」

「ハッ、面白いことになってるじゃないか。思っていたよりも少しは楽しめそうだ」


 ほどなくしてノブレス学園に到着。

 プリシラはすぐに扉を開け、ニールが降りて来るのを待つ。


「久しぶりだな」

「はい」


 周りを見渡し、見知らぬ女子一年生がニールに気づく。

 そしてニールは――笑顔で手を振った。


「だ、誰あのカッコイイ人!?」

「先輩じゃない? えーいたかな?」

「凄い、身長高い」


 女子学生が去ると、ニールはふたたび無表情に戻る。


「クズに愛嬌をふりまくのは疲れるな」

「はい」

 

 そのとき、透けるような白髪、エヴァ・エイブリーがニールの前を横切ろうとした。


「エヴァ」

「ん、あら。――ニール・・・じゃない。随分と久しぶりねえ」

「てっきりお前は学園を去ると思っていたが」

「ふふふ、そのつもりだったんだけどねえ。後輩におもしろい・・・・・子たちが現れたから」

「そうか。それよりもお前、卒業後、アルバート家に仕えるつもりはないか?」

「あら、私を誘ってくれるの」

「お前は使える・・・

「ありがとう。そうねえ、少し楽しそうだし、考えておくわ」

「ああ」


 それからエヴァは、黒髪、プリシラに声をかける。


「プリシラちゃん、お久しぶり。また可愛くなったんじゃないの」

「ありがとうございます」

「ふふふ、また遊ぼうね。あなたとの決着はまだついてないんだし」


 エヴァが、ニコニコ顔で去っていく。

 それを見ていたプリシラが、初めて許可なく口を開いた。


「……ニール様からお声がけするなんてめずらしいですね」

「あいつは使えるクズだからな。全ての人間を下に見るのは容易で、愚者のやることだ。わかるな?」

「はい」


 プリシラの答えに、ニールはほのかに頬を緩ませる。


「プリシラ、僕のポイントは?」

「54560でございます」

「ハッ、随分と減ったな」

「ですが、問題ないかと」

「またこのクソみたいな学園で過ごすのは嫌になるが、これも大切な仕事・・だ。とりあえずお前は、エヴァ以外に負けるなよ」

「問題ございません」

「さて、行くぞ」

「はい」


 そして、その後ろで、別の一年生がヒソヒソと話していた。


「今のみた?」

「かっこいい人だね。初めてみたー」

「違う。女の子の方」

「え? 黒髪の?」

「そう。――首に、奴隷紋が付いてたよ」

「……え? そ、それって、二度と取れないんじゃなかっけ……」

「だと……思う」


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