144 不可能を可能に
遥か上空、エヴァとネルは一進一退の攻防を続けていた。
だがその表情は明らかに対照的だ。エヴァは苦しそうに、ネルは、笑みを浮かべていた。
かつての親友に対しての強い想いが、エヴァの心に突き刺さる。
「――やるじゃない。どれほどの研鑽を積んだの? 私とキングがいなくなって、相当悲しんだのね」
エヴァは言葉を返さない。勝つことでしか得られない答えがあるとわかっていたからだ。
「旧友との会話もできないなんて、悲しいわあ。でも、これもまたおしゃべりかもね。さあ、
そう言って、ネルは更に魔力を膨大に漲らせた。
だがそれに呼応して、エヴァも同じく倍増させる。
「――ふふふ」
エヴァは一言も発せず、そのまま魔力をぶつけた。
一方、
「お前、人間の癖に強すぎじゃねえか?」
「魔族も泣き言をいうのか。それとも、元人間だから感情が残ってるのか?」
ミルクの一言で、キングは表情を切り替える。
「図星のようだな。魔族にも単純な奴がいるとわかりやすい」
「て、てめぇ! ずりぃぞ!」
「部下がこんなものだと、魔王もたかだかしれてるな」
「お前、殺すぞ」
ミルクは余裕のある笑みをこぼし、だが警戒を怠らないまま、近くの二人に声をかける。
「エレノア、シエラ、魔物も落ち着いてきた。そろそろヴァイスの元へ走れ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「いくらミルク先生でも、魔族を一人で――」
「大丈夫だ。私も久しぶりに
「わ、わかりました。お姉ちゃん、行こう」
「……無理しないでくださいね」
そういって、エレノアとシエラは地面を降りていく。
その様子に、キングは腹が立ったのか顔を歪ませた。
ミルクは、鋭く剣を構える。
「かかってこい、
そしてミルク先生は、剣に炎を漲らせた。身体には薄い水の膜が張っている。
そのすべてが高密度の魔力で覆われていた。
「――くだらねえ人間が、魔族に勝てると思うな」
「人間を捨て、楽な方向にいっただけだろう」
「ふざけやがって!」
◇
「――
西門近くで、トゥーラはヴァイスの元へ向かいながらも、大勢の魔物を相手にしていた。
一般市民を守りながらも、周囲への警戒を怠っていない。
その横で、オリンは上級魔物
その中には、空を飛ぶ魔物も含まれている。
更に使役した魔物の目を全て繋げており、魔物が視たものも、聞こえたものも、すべて従者であるオリンに入ってくる。
オリンの使役能力は、既に覚醒レベルに達していた。
「トゥーラさん、ここはボクが魔物を置いて守る。ヴァイスくんの元まで一気に走ろう」
「そんなことできるのか?」
「できる。そのために研鑽を積んできた」
自らは別行動をしながら、十体全ての行動を手動で遠隔する。
目を見開くトゥーラに対し、オリンは言い切った。
◇
「大丈夫っスか!? ソフィア姫様!?」
「ベルク、ポイント稼ぎしないで」
「してねえよ」
「してるわ」
「あなた達、めちゃめちゃ強いのわかったけど、喧嘩しないで」
「凄い……」
俺とアレンが戦っている下で、頼もしい
シャリーは少し呆れているが、余裕のある証拠だ。
『西門から王都の宮廷兵士、東からは友好国、ベルフェスの騎士魔法使い。準備の整った冒険者たちも参戦してきた。勝利は目前だわ』
「――さて魔族ども、絶体絶命だ。どうする? 家に帰って
「ビーファ、舐められてるよー」
「うるさいですよ、あなたは」
「ガハハ、
そのとき、俺の煽り文句に返したラコムの言葉が引っかかった。
どちらかというと俺が生きていた世界でのイントネーションに似ていた。
更に普通は、バトル・ユニバースをしている時にしかゲームという言葉を使わない。
こんな戦闘をゲームと比喩するのは――。
そのとき背中の氷の翼がピキピキと音を立てている。
そろそろ限界だ。
とはいえもう役目は済んだ。
全員に声をかけ、地上に降り立つ。
今ここにいるメンバーを突破してソフィア姫を殺すのは、いくらなんでも奴らでも不可能だろう。
大満月が消えかかっている。驚いたことに、セシルの目前と言った時間と同じくらいだ。
このあたりは、まさかにノブレス・オブリージュらしい。
「ヴァイス先輩、その翼、かっけえす! オレもやりたいっす!」
「今度な。お前ら、なぜここにいる?」
俺の問いかけに、メリルが答える。
「放課後、先輩たちが集まって市街地で訓練してるのを知ってました。それで休みの日も後をつけようとしたんですが、途中でわからなくなって。遅れをとったのは、メリルの不覚……。ああ、シンティア先輩、今日も麗しい」
「あ、ありがとうございますわ。メリルさん」
なるほど、シンプルにストーカーだったからか。
頭を叩きたいところだが、今日のところは勘弁してやる。
そのとき、トゥーラとオリン、そしてデュークの姿が見えた。
その横にはエレノアとシエラもいる。
どいつもこいつも魔物の返り血を浴びているが、頼りになりすぎる面子だ。
だが最後まで気を抜くな――。
「スルス、作戦通りに」
「
「ガハハ、
次の瞬間、黒い転移が、ソフィア姫の足元に広がった。
すると、まるで落とし穴のように落ちていく。
だが咄嗟に手を掴む。
だが吸い込む力が凄まじく、俺まで引っ張られる。
次の瞬間、闇の狭間に落ちていく。
こんなことが――できるだと。
どこに飛ばされる、一体どこに――。
「ヴァイス!」
穴が閉じる直前で入ってきたのは、アレンだった。
視界が黒くなっていく。まるで、闇の中に放り投げられたかのようだ。
「な、なにこれ……!?」
「大丈夫だ。
「ああ」
そして視界が広がる。
そこは、大きな立方体だった。
四方が黒く覆われている。そこが結界の中だとわかったのは、
だが周囲に魔力を感じる。シンティアたちだ。
……どういうことだ。場所は変わってないのか?
囲んだのは、邪魔をさせない為か。
そして四方の壁から姿をふたたび現したのは、スルス、ビーファ、ラコム。
「はぁ、疲れた……。魔力ゼロ。五分も持たないから、よろしくね」
「最上位結界の中で姫を殺す。簡単なことですが、ズルですよねえ」
「ガハハ! だが二人のおまけもついてきたぞ!」
この結界の中でソフィアを守らなきゃいけない。
だが時間を教えたのは失敗だ。
俺とアレンの全力、スルスが魔力切れということは、戦えるのは二人だけ。
五分程度なら、絶対に大丈夫だ。
結界が消えれば、周囲から感じるシンティアたちと合流できる。
そしてそれは、アレンもわかった。
「アレン、五分だ。全魔力が切れてもいい。耐えるぞ」
「ああ――」
しかしそんなアレンと俺をも驚かせる出来事が起きる。
いや、だからこそ五分という時間を言ったのだろう。
「――あら、いい勝負してたのに。キング、なんか焦げ臭いわ。それにボロボロ」
「ネル、うるせえ! あー決着つかなかったぜ。 ったく、結局ズルで勝利かよ。ま――勝てばいっか」
突然、黒い壁からエヴァそっくりな、空でまったく同じ攻防を繰り広げていた女と男が現れた。
――ネルだと?
……そうか、あいつ、あの時の。
そしてキングと呼ばれる男のボロボロの姿に気づく。あの技は、ミルク先生の本気の攻撃だ。
それを受けてもなお、倒れていない。
そんな奴らが、この狭い中に。
「あ……あ……」
その魔力差に、ソフィア姫も気づいたのだろう。
彼女はただのお飾りじゃない。ちゃんと研鑽を積んできた魔術師でもある。
だが俺は思い出していた。あの竜の戦いを。
あの日、あの時の、俺たちは不可能を可能にした。
そしてアレンは、前を見ていた。
剣を構えていた。
震えず、怯えず、魔族たちを睨んでいる。
そしてネルは俺たちを見て笑った。
見れば見るほどそっくりだ。だがそれだけじゃなく、背中からエヴァと同じ手を翼のように広げた。
魔力が、属性が、全ての手に付与されている。
だが――お前となら。
「ヴァイス、僕たちならやれる」
「ああ、その通りだ。――ソフィア、俺を、俺たちを信じろ。お前のことは絶対に守る。そう、約束したはずだ」
ソフィアは感情をなんとか押し殺し、俺の後ろに隠れた。
彼女は生きたいと願った。俺にはそれを叶える義務がある。
不可能を可能にする。
それが、ノブレス・オブリージュの醍醐味だ。
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