139 ソフィア姫
「各自、演習通りに陣形を取れ。ガキだと思って舐めるな。――強いぞ」
油断してくれるかと思ったが、さすが護衛騎士。おそらく喋ったのは隊長だろう。
そう簡単にはいかないらしい。
とはいえ俺の背はそこまで高くないし、いくら兵士とはいえ初手から完全に本気を出せるわけがないだろう。
そこを――叩く。
問題は正体を隠す為にデビを出せないことだ。怪我はさせられないし、倒されることはもってのほかだ。
――はっ、おもしれェ。
不利な状況ってのは、やっぱ燃えるよなァ?
「――
次の瞬間、俺は高く舞い上がる。
護衛騎士といってもピンキリだ。ミルク先生曰く、魔法が扱える奴は多いが、戦争がないと途端に腐る――と。
「一番、二番、前に、三番、四番左右を、五番は俺に続け」
だが俺の動きに呼応して、隊長と思われる騎士が指示を出した。
的確で無駄がない。
なるほど、まずは――お前だッ!
「賊めが!」
上段から振りかぶる俺の剣に合わせて、騎士の一人が受けようとする。
だがその程度で、俺の
「
剣先に闇を漲らせて、武器を一撃で破壊した。
その横から二人目の騎士が剣を薙ぎ払ってくるが、俺は
騎士は体格が良い。演習でも同じような身長差で戦ってきたはずだ。
だからこそ低く、低く戦えばいい。
俺は思い切りしゃがみ込むと、背中を丸めて隊長まで一直線に突っ込んだ。
デューク、お前との戦闘が、今は一番役に立っているかもな。
「な、何だコイツ!?」
だが手前の騎士が邪魔だった。
腕を支点にしながら回転し、足蹴りを入れて態勢をくずし、倒れこんだところを魔力を込めた峰打ちで気絶させる。
甲冑は防御面に優れているが、視界が悪いというデメリットがある。
それは全て、ミルク先生から教わったものだ。
まずは一人、そして二人目も同じように叩き潰した。
他の騎士たちもわかっているらしく、守るように前に出る。
「魔法の使用を許可する! 生死を考えるな!」
それを見て指示を出してほくそ笑む。
なるほど、面倒な
だがもう遅い――。
「
炎の剣をかいくぐり三人目を眠らせる。
四人目は、大きな防御術式を展開した。
だが
五人目も続けて。
結局最後は隊長のみとなった。
「何が目的だ」
だが俺は答えない。
そして数秒後、隊長は気絶した。
静かに呼吸を整え、周囲を注意深く観察する。
国はすぐ近くだが、悲鳴は聞こえない程度だった。
誰も見られてはいないはず。
静かに馬車に歩み寄った瞬間、扉が開いた。
現れたのは、原作で見たことのあるソフィア姫そのものだった。
真紅のドレスが美しく、馬車に付いている炎で煌めいているにもかかわらず、肌は白く輝いている。
世界で一番美しいとされる赤い水晶のような瞳。
そして、いい具合のたゆん。
同じだ。
「なかなかの手練れですね。
「…………」
「答える必要はないと言うことですか。しかし好都合です。どうぞ、私を殺しなさい。私はもう……疲れました」
ソフィア姫は堂々たるものだった。
その毅然とした態度は、王家に相応しく見える。
彼女は政治的な争いに巻き込まれ疲れ果てている。
そのことは、俺が屋敷にいたときから耳に入っていたし、原作でも知っていた。
おそらく俺はどこかの手先だと思われているのだろう。
だが皮肉にも
だがその覚悟と誇りに、俺は――片膝を付いた。
急いで眠らせて攫うつもりだった。だがそれは、してはいけないと。
「手荒な真似をして申し訳ありません。信じられないと思いますが、私は賊ではなく、あなたを守る為に来ました」
「……どういうことですか」
「あなたの命を狙う存在がいます。確実ではありませんが、私と一緒に身を隠してください。少なくとも、この満月が消えるまで」
「そんな言葉が信じられるとでも? そこまでいうならば、姿を見せて堂々とすればいいでしょう」
「申し訳ないですが、それはできないです」
そのとき、門の近くから魔力を感じた。微弱な力なのでおそらく一般市民だろう。
とはいえ、見られたらまずい。
俺は急いで姫を担ぐ。
「な、何をするのですか!」
「悪いですけど、軽く
「飛――ぶ? え、あぁぁえあああああああああ!?」
その瞬間、
アレンたちと集合したいが、まずは安全な場所へ移動だ。
近くに見える岩陰まで飛んで、そっと姫を降ろす。
「すみません、土の汚れくらいは許してください」
「……随分と丁寧な殺し屋ですね」
「だから違いますよ。――さて」
『セシル、聞こえるか? 作戦はひとまず成功した』
しかし返事がない。おそらく少し離れすぎたのだろう。
とはいえ、馬車を襲っている時点での俺の声は届いていたはず。
状況は伝わっているには違いない。
大満月は赤く輝いている。
少し時間が経過してからセシルの声が届く範囲まで近づくか――。
「えいっ」
するとそのとき、俺の仮面ががっつりと引っ張られてしまう。
油断していた。
しかし――。
「……ズルい」
「やめてください」
だが俺は完璧主義だ。そんなこともあろうかと、何枚も仮面をかぶっている。
思っていたより子供っぽいな。
「えいっ! えいっ!」
しかし俺の言葉を無視して、三枚目、四枚目と仮面を引きちぎる。
姫というからには俺も気を付けていたが、だんだんと腹が立ってくる。
これは遊びじゃない。
「やめてください」
「五枚目――」
「……いい加減にしろ」
気づけば俺は、姫の顔面に手を置いて制止していた。
やりすぎか?
ま、もういいか。
「ふ、不敬ですよ!」
「遊びじゃないんだ。大満月が終わったらちゃんと城に返す。それまで大人しくしててくれ」
ったく、原作でもお転婆とは書いていたが、どうやらそれは本当らしい。
肝が据わっているのか、それとも本当に死にたいのかわからない。
「別に戻りたくないから殺してもらっても構わないわ」
……ったく。
もう敬語もめんどくさいな。
「何がそんな嫌なんだ? 声一つで大人数を動かせる地位まで上り詰めたんだ。不満なんてないだろう」
「あら、そっちが本当の話し言葉なのね。随分と砕けてて好印象だわ」
「そりゃどうも」
「……確かにそう見えるでしょうね。でも、あなたにはわからない。私は生まれたときから自由なんてなかった。これからの未来も全て決まってるのよ」
彼女は政略結婚で、本当に愛する人とも別れている。今も自分の時間なんてないのだろう。
今日の舞踏会も、確かその関係だ。
まあそれを知っているのは俺だけだが。きっとそのあたりの内情は幼い頃から言われているんだろう。
とはいえそうはならない。原作では彼女は死ぬ。まあ、そうはさせないが。
「確かに俺に王家のことなんてわからない。だが未来は不確定だ。これから起こりうることも全て、自分次第で変えられる。俺はそれを証明する為に来たし、今までもそうしてきた」
「いいえ、あなたにはわからない。目的なんて知らないけど、こうやって自由に生きてるじゃない。私とは違う――」
「違う。俺は決められた未来を覆す為に行動してる。お前を――助けるためにな」
俺の強い言葉で、ソフィア姫は少し肩を震わせた。
それから悲しい目で視線を逸らす。
「……生きてても、別にいいことなんてない」
……その様子に、俺は随分と頭を悩ませた。
こいつを助けたところで死にたい気持ちがあるなら、もしかして未来が変えられないかもしれない。
それは……困る。
さて、どうするか……。
……ったく。
「来年、西の国でとあるものが人気になる。それは、君の好きなストロベリーを使ったケーキだ。チョコレートとメロメロンをふんだんに使ったもので、老若男女問わず魅了されて世界的に広まる。死んだら食べられなくなるぞ」
「……なにそれ。なんで知ってるの? あなたって未来人?」
「どうだろうな。生きたくなったか? 好物だろ?」
「……もう少し」
「わがままな奴だな……」
俺は、物語で知っている知識を少しだけ先取りして暴露した。
どれもこれも当たり障りのない、だが
少しずつ元気になっているが、どうもまだダメらしい。
だが最後の一言で、頬がピクリと動く。それは、俺が本当にどうでもいいと思っていたイベントだった。
「――それ本当?」
「……ああ。本当だ」
「絶対に絶対?」
「ああ、間違いない」
「……じゃあ、生きる」
「はっ、なんだそりゃ。――そんなに気になるか? 七色の豚が王都で暴れまわるってのが」
「見てみたいじゃない。七色の豚なんて、聞いたこともないわ」
「……まあ、そうかもな。――それより今のほうがいいぞ」
「いま?」
「ああ、笑い方が自然だ」
すると姫は頬を赤くさせた。こうしてみるとただの女の子だ。
今まで俺はゲームのキャラを守るつもりでいた。ただの護衛任務みたいなものだ。
だが違う。このことを俺は大罪だと思っていた。でも、そうじゃない。
これは、彼女の命を守る任務だ。
そう思うと、より一層気合が入った。
「……ありがとう」
「ああ、どうしたしまして」
そして俺の顔を見つめて――またもや仮面をとりやがった。
この野郎……。
「七枚目……」
「舐めるなよ、俺はヴァイ――え、あ、ああ!?」
「え、ヴァイー?」
「何でもない」
「……どっかで聞いたことがあるような」
「考えるな。思考を停止しろ」
あぶねえ。危うく名乗るところだった。
だがごまかしながら俺も笑っていたらしい。
「あなた、いい殺し屋なのね。気に入ったわ」
「ああ、ありがとよ」
「……私を狙う輩ってのは、そんなに強いの?」
「強い。けど、心配すんな。――俺が守ってやるよ」
「ふふふ、頼りにしてるわ」
そして気づけば時間が過ぎていた。
セシルとの連絡を取ろうとしていたが、思っていた以上に門近くでの出入りが多い。
だが作戦が成功すれば問題ない。
そもそも杞憂だったのかもしれない。シナリオが改変している可能性もあるだろう。
……だがこれで良かった。正体もバレずに終わるのだ。
「もうすぐ時間だ。舞踏会に行けずに悪かったな」
「構わないわ。どうせつまらないから。それより、次はいつ会えるのよ」
「……は?」
「こんな刺激的な日はなかったわ。あなた、私に生きててほしいんでしょう? だったら、また会いなさいよ。じゃないと死ぬわよ」
「話が違うだろ……」
「言ってたじゃない? 声一つで人を動かせるって。私今、お願いしてるのよ」
「お前、ずるいな」
「うふふ、あなたのせいよ。七色の豚を見るまで私を守りなさい」
「はっ」
思わず俺は笑った。そして、自分でもわからないが俺は――仮面を取った。
そしてふたたび片膝をつく。
それが、彼女に対する礼儀だと思ったからだ。
「――ファンセント家の長男、ヴァイスと申します。この度は大変申し訳ありませんでした。魔族があなたを狙っているとの情報があり、手荒な真似でしたが、護衛させていただきました」
「……あなたがファンセント? あの?」
ああ、そうか。まだ俺の悪名は切れてないのか。
まあ仕方ない――。
「凄く強いって子でしょ? 聞いたことあるわ。そうなのね。あなたが……じゃあ、本当に私を守ってくれてたんだ。――ありがとう、ヴァイス・ファンセント。あなたのことは罪に問わないし、誰にも言わない。――感謝してるわ」
俺は、目を見開いて驚いた。悪名ではなく、
未来は確実に変えられる。俺は確信した。
これからも、そして――。
「というか、あなた思ってたよりカッコイイわね」
「なにいって――」
だがその時、空から奇妙な音が聞こえた。
それは懐かしい、そして絶望の音だった。
――――ジジ――――――――――――――
―――――――――――ジジ―――――――
――厄災が、来やがった。
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