137 大満月、作戦会議

「王子は先に王都に移動するので、姫の護衛はいつもより手薄になるみたいだ」


 ノブレス学園の会議室、デュークが大きなテーブルに敷かれた手作りの地図に指を差しながら言った。


 この教室は予約制だが、申告すれば誰でも利用が可能だ。

 以前、シンティアが女子会で使った事があると言っていた。


 今この場には、セシル、デューク、アレン、シャリー、シンティア、リリス、そして俺がいる。


 デュークが事前に手に入れた情報をもとに、姫が乗るであろう馬車のルートを計算している。


「作戦を否定することになるけど、いいかな?」


 そのとき、シャリーが手を挙げた。

 隣にはアレン。俺の横には、シンティアとリリスがいる。


「何でも言ってくれ」

「側近騎士って選りすぐりの人たちでしょ? 私たちなんかよりもずっと強いと思うんだけど、それでも引き離す必要があるの?」


 この作戦は俺たちが馬車なりどこかで姫を攫うところから始まる。

 シャリーの懸念は正しい。だが俺はそれが無意味であることを知っているのだ。


 原作で護衛騎士は役に立たない。


 だがそれは俺しか知らない。


「確かにまともに戦えば強いだろう。だが魔族が直接襲いにくるなんて考えてないはずだ。油断からはじまる戦闘は、戦闘力が半減いや、それ以下だ」

「シャリー、今の僕たちならきっと騎士よりも強いと思う」


 そのとき、アレンが自信満々に言った。

 こうやって言い切るところは、いかにも主人公らしい。


「ま、俺もそう思うぜ。騎士ってもピンキリだからな。だがそうだとしても側近騎士を看破できるほどの魔族か」

「ヴァイス、どのくらいの規模かわかるの?」

「……いやわからない。魔族だけの可能性もあるし、魔物も来る可能性もある」

「一般人の事も考えると、守る範囲は広げたいな……」


 アレンは平民に被害が及ぶことを気にしている。だがこれは本当にわからない。

 史実のように語られるだけで、俺も詳しくはわからない。


 アレンが手を貸してくれるのはありがたいが、不安もある。

 こいつは善人すぎる。一般人に被害が及んだとき、どう出るのかはわからない。

  

 ……いや、それは仕方ないか。

 アレンの行動は主人公の行動だ。全てが裏目に出るとは限らない。


 むしろアレンに任せるほうがいいかもしれない。リリスの覚醒もアレンと一緒だったからだ。


 主人公の奇跡ってのは、物語では定番だろう。

 そしてセシルが補足する。


「アレンさんの気持ちはわからなくもないけど、まずは騎士の目を逸らすにはどうするかを考えましょう」


 それから俺たちは色々と話し合った。だが難しい。

 やはり強行突破しかないということになりそうだったが、馬車に移動する前に城で動向を探る役目がいる。


 姫が本当に城にいるかどうか、それも調べる必要がある。


 そのとき、リリスが口を開く。


「私が忍び込んでセシルさんにギリギリまで情報を伝えます」


 これは必要な行為だった。だが危険すぎる。

 しかし、リリスは頑なに譲らなかった。


「私なら可能です。言え、私にしかできない。自信があります。私に任せてください」


 静かなる殺意サイレントウィッチなら可能だろう。

 しかし……いや、リリスは覚悟を決めていた。


 俺ができることは、お礼を言う事だけだ。


「悪いなリリス」

「任せてください。ヴァイス様の為なら、どこへでも行きますよ」


 そう言ったリリスは、以前よりも自信にあふれている気がした。


「リリス、無理しないでね」

「ありがとうございますシンティアさん」


 個の話し合いは、夜遅くまで続いた。


    ◇


 市街地B。


 いつもの授業を終えた後、作戦を遂行する面子で訓練をしていた。

 考えうる攻撃や罠、魔物が来た場合の動きなどだ。


 しかし問題は山積みだ。

 

 その中でも、決定的にな問題があった。


 それは、人手不足。


 まず王都には四つの門がある。


 北、南、東、西。


 どこから馬車が出発するのか直前までわからない。舞踏会は南から一番近いが、あえて遠回りすることがあるという。


 リリスは城内に忍び込むので、その役目はできない。デュークはギリギリまで護衛任務をしながら情報を流してくれる。

 セシルには一番高低差の高い時計台から俯瞰的に見てもらうので、俺とシンティアとシャリーアレンでそれぞれを見ることになる。


 だがその場合、一人で騎士と戦うことになる。


 ……危険すぎる。


 もし魔族が来ても、姫を護衛しながら戦わなきゃいけない。

 正直、かなり危険だ。


 しかしそのとき――。


「ヴァイス殿、遅くなった。すまない」

「ボクも、遅くなったー」

「おまたせ。みんなもそろってたんだ」


 そのとき、トゥーラ、オリン、カルタがやってくる。

 俺は驚いて声をあげる。


 すると、シンティアたちが当然のように駆け寄り、お礼をいっていた。


 なぜ――。


 すると、カルタが一歩前に出た。


「お前らなんで――」

「ヴァイスくん、覚えてる? 私に初めて声をかけてくれたことを」

「……ああ」

「あの時、ヴァイスくんは言ったよね。俺ならお前を使えるって、だからお前も、俺をうまく使えって」

「……そうだな」

「私はヴァイスんのおかげで助かった。その借りはまだ返せてないと思ってる」


 その声、その姿、あの弱虫なカルタはどこにもいない。

 しかし、これは危険すぎる。


「わかってるのか? もし最悪の場合、ノブレスを退学、いや追われることになるかもしれないんだぞ」

「構わない。それ以上に、私は嬉しかった」


 はっ、なんでこんな……。


「ボクもだよ。ヴァイスくんがアンデットの森で助けに来てくれたとき、本当に嬉しかった」

「それは私もだ。魔族もどきでの戦いで死ぬところだった。命の恩は、返しきれていない」

 

 トゥーラにオリン、二人も俺を見た。


 そして、デュークが俺の肩に手を触れる。


「モテモテだねえ、ヴァイス。まあでも、これで各門に二人ずつ配置できるな。――あでも、ひーふーみー……一人足りねえか?」

「俺は一人でいい。いや、それくらいやらせてくれ。――みんなありがとう」


 俺はいい仲間を持った。

 それだけは間違いない。それに今の俺なら、一人でも戦えるはずだ。


「ヴァイスがお礼を言うなんて魔族でも降って来るんじゃないかしら」

「シャリーそれは冗談でも言い過ぎだよ。でも、そのくらいの衝撃だね」


 そして大まかな作戦が決まった。


 リリスは城内で姫の動向を調べる。

 デュークは護衛任務をしながら情報を流す。

 セシルは俯瞰的に見る為に高台。

 アレン、シャリーは南門。一番可能性が高いが、罠のあるシャリーが適任だと決めた。

 トゥーラ、オリンは東門。

 カルタ、シンティアは西門。

 可能性が低い為、俺一人で北門となった。


 大満月の日まで約一週間――細かい作戦はこれから決めていく。


 魔族ども、いやノブレス・オブリージュに俺は勝つ。


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