136 反撃の狼煙
ノブレス・オブリージュの満月は赤くてデカい。
それはまるで異世界の象徴と言わんばかりに夜を照らしている。
夜空を見上げながら、ゆっくりと深呼吸をした。
今まで俺は、ありとあらゆる改変を繰り返した。だが過去を鑑みても、これほどの出来事はないだろう。
成功すれば一気に形勢が逆転してもおかしくない。
だが失敗すれば、世界中から犯罪者として認定される大罪になりかねない。それどころか、ここで死ぬ可能性するある。
こればかりは俺に着いてきてくれた連中に感謝しかない。
そのとき、俺にそっと声を掛けてくれる女性がいた。
「ヴァイス、私はあなたについてきます。どこまででも」
「ありがとう、シンティア」
すべてを理解している彼女は、俺を優しい目で見つめた。
そのとき、
『――姫の
セシルが、俺たちの緊張を和らげるかのように冗談交じりで言った。
◇
――数週間前。
厄災がノブレス学園を襲った日から、世界各地で魔族もどきの出現が確認されている。
意思を持っていたりいなかったりと様々だが、俺の知らないところで暴れているのは確かだ。
もちろん犠牲者については耳に入ってくる。
すべてを守れるわけじゃないし、何もかも完璧にはいかない。
だが一方で良かったこともある。リリスが魔族を倒したように予想外の出来事も起きている。
しかし創作物での主人公は、ノブレスではいわゆるアレンだが、後手に回らざるを得ない理由がある。
それは、悪、いわゆるノブレス・オブリージュでの魔族は、常に先手が打てるからだ。
創作物でのお約束だが、基本的に主人公は、問題が起きたことの対処に追われながら物語は進んでいく。
だがそれは後手だ。それでは何もかも遅れを取るのは当たり前だろう。
しかし俺は違う。
確定している未来については先手を取ることができる。
ミルク先生を師匠にしたことが起点といえばそうだろう。そのおかげで強くなっているといっても過言ではないだろう
ただ世界は改変を繰り返している。何が起こるかの予想はできても、確実ではない。
とはいえ、普遍的な事柄も存在する。
今回ばかりは、くそったれの魔族どもに、一泡吹かせてやるつもりだ。
「ファンセントくん。正直、かなり難しい。正攻法の場合、門前払いになることは間違いないだろうし、最悪の場合、不敬だと思われて投獄される可能性もある。それより本当なの? 疑っているわけじゃないけど……」
「……正直言えば、ほぼ間違いないというだけだ。もちろんそれでも確実ではないがな」
「そう。でもどうしようかしら。大満月の日に、ソフィア姫が魔族に殺されるなんて、どう説明したらいいか……」
俺は短い休暇から戻り、セシルとノブレス学園内にある図書館で話し合いを重ねていた。
ノブレス・オブリージュにはお約束がある。
アレンが学園に入学したように、決して外せない物語の起点がある。
そしてその一つが、オストラバ王都の隣国、友好関係にあたるカルロス国の『ソフィア姫』が魔族に殺されるというものだ。
原作ではこれをきっかけに火種が発生、欺瞞と脅威の排除の為、国境間での輸入や貿易が停止となる。
相乗効果で小国に大打撃を与え、犯罪を犯す悪人が増え、魔族もどきが増える。
魔王率いる魔族はおそろしく強い。だがそれだけで簡単に世界を崩壊させることはできない。
奴らもまた賢く、様々な事柄を操ることで世界を恐怖に陥れる。
しかしこれを防ぐことができれば、少なくとも原作で起きる大事件は改変することができるかもしれない。
俺は物語の進行具合から逆算し、次の大満月の日を調べていた。
それを先日、ミルク先生の妹であるカフェから聞いてすべてが繋がったのだ。
だがあくまでも予想に過ぎない。
一介の貴族である俺が、何の根拠もなく魔族に襲われますという進言はできない。
もし何もなければ虚偽の申告をしたと言われ、投獄される可能性するある。
だから俺は、その日に向けて粛々と準備を始めることにした。
しかし問題は山積みだ。
原作では魔族による暗殺だが、どうなるかはわからない。
しかしここに更にランダム要素が組み込まれる。
たとえば俺が知っているのであれば、ソフィア姫が寝床で殺されるパターンがある。
他にも馬車の中だったりと、ギリギリまでわからない。
だが俺たちに王族のスケジュールなんて管理できるわけがないし、知る由もない。
とはいえそれは全て大満月の日に起こる。
話し合いの途中だが、俺たちは正体を隠し、大満月の日を無事終えるまでソフィア姫を安全に守り抜くことが今回の作戦。
だが原作で護衛騎士は役に立たないと証明されている。
つまり、俺たちが先に誘拐し日付が変わるまで待つか、傍にいて魔族の暗殺を阻止するかどちらかだ。
とはいえこれはあくまでも根拠のない任務。大罪には変わりない。
だが必ず成功させるつもりだ。
「最悪の場合、俺一人でも何とかする」
「一人で何とかって、もしかして城に乗り込むつもり? 小国といっても、そんなやわな護衛じゃないでしょ」
「俺なら上手く入り込めるはずだ。誘拐できれば一番いいが、もし難しそうなら魔族が現れたときに傍にいればいい」
「まったく、あなたはやることが破天荒すぎるわ。でも――私はあなたに着いて行くと決めた。だから、もっといい安全策を考える」
そう言ったセシルは、とても頼りになる表情をしていた。
ったく、彼女がいなければ俺はどうなっていたか。
「……頼んでおいでなんだが、犯罪者になるかもしれないんだぞ。正体がバレたりなんかすれば、ノブレスに在籍どころか、追われることになる」
「あら、それはそれでおもしろそうじゃない? そのときは地の果てまであなたに守ってもらうけど」
彼女は無条件に俺を信じてくれている。
セシルには本当に頭が上がらない。
それから意見を出し合ったが、結局、話は頓挫した。
ランダム要素が強い分、全てを防ぐいい案がなかったのだ。
それから数日が経過したとき、一筋の光が見えた。
そのきっかけの言葉は、まさかの人物だった。
「デュークも大変だね」
「まあ仕方ねえよ。騎士家系の大満月はそうなる運命なのさ」
食堂で何気なくアレンと話しているデュークの言葉。
……そうか。
放課後、俺はデュークを呼び出した。
「よっ! めずらしいな。なんだなんだ、もしかしてこのデューク様にお願いがあるのか? なんてな。お前がそんなこと――」
「いや、まさにその通りだ。――頼みがある」
「え?」
「大満月の日、護衛任務に就くだろう。それは、ソフィア姫のじゃないのか」
「……なんで知ってるんだ? つっても、俺みたいなやつはただ城近くで突っ立って空眺めるだけだけどよお。それがどうしたんだ?」
大満月の日、騎士の家系であるデュークは護衛任務に就く。
原作でもちらりとそんなことが書いてあった。俺としたことが、すっかり頭から抜け落ちていた。
つまり状況も把握している、もしくはこれから共有されるはずだ。
俺がソフィア姫の最新の状況を知るには、デュークしかいない。
「大満月の日――」
そして俺は、全てを話した。
だが確定している未来ではない。
どんなことがあっても、デュークは騎士の家系、秘匿の情報共有を他人に話すだけで大罪だ。
もし俺が賊なら、騎士として有り得ない行為。
そもそも俺は、あのヴァイス・ファンセントだ。
「……悪いがいくらヴァイスでもそれはできねえ。お前を信用してないわけじゃない。騎士としてやっちゃいけないことだからだ」
「……ああ、そうだよな」
デュークは最後まで静かに聞いてくれた後、静かにそう言った。
わかっていた。だがすがるしかなかった。
それからデュークは深いため息を吐いた。
「けど、お前がそこまでいうならその可能性があるんだろ? ……それは、見捨てられねえよな」
「……だがあくまでも可能性の話だ。現れない場合だってある」
「はっ、何の根拠もねえってか」
「その通りだ」
その後、デュークは「わかった」と言って消えていった。
数日後、俺はその意味がわかった。
「大満月の日、貴族や王族が集まる舞踏会がある。ソフィア姫はそこに出席する。馬車には護衛が付く。時間は確定してないが、王都へ向かうことになるだろうな」
「……デューク」
「一応、ギリギリまで調べる。ったく、俺もバカだよな。これだけでも投獄もんだぜ」
「ああ……本当に悪い」
「構わねえよ。誰だって憧れたことあるぜ。影で暗躍する正義なんてな」
そういってデュークは笑った。
原作でのデュークは、真面目で一直線、曲がったことを絶対に許さない性格だ。
今までもそうだったし、どんな時も正義を大事にしてきた。
だがそんなデュークが俺の為に罪を犯した。この情報だけでも許されない行為だ。
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
「もう十分だ。後は俺が一人で――」
「バカいうな。手を出したら最後までやる。けど条件がある。アレン、シャリーも仲間にいれろ。あいつらはこの作戦に必要だ。もし魔族が来るなら俺たちだけでは止められない。お前もわかってんだろ?」
……わかっていた。仲間がいれば成功率は段違いだ。そもそも、魔族が来た場合にも助かる事は間違いない。
アレンとシャリーが加われば、より強固なものとなるだろう。
しかし……これは危険すぎる。
俺には……決められない。
そのとき――。
「話はセシルさんから聞いた。ヴァイス、僕は手伝うよ。少しでも誰かが死ぬ可能性があるなら、全力を出すべきだ」
「私も同じ。魔族が来るなら放っておけない。でも、もし来なかったとしても、私たちの正体がバレなきゃいいんでしょ? それならみんなでやればきっと大丈夫」
俺とデュークが話している横から、アレンとシャリー、そしてセシルが現れた。
彼女は、俺の代わりに決断し、話してくれたのだ。
その後俺は、シンティアとリリスにも話した。
彼女たちは、何の疑いもなく手伝うといってくれた。たとえ最悪の結果になっても、最後まで一緒だと言ってくれた。
間違いなく俺がこの世界に来て一番の改変だ。
必ず、成功させてやる。
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