135 夜会
「なるほど……婚約者がいらっしゃるのであれば難しいですね。ビオレッタ家ということは、シンティア令嬢ですか。確かに容姿端麗で性格も良く素晴らしい女性です。氷の魔法も素晴らしいと聞いています」
この短い時間で、カフェ・アビタスのことがわかってきた。
とにかく頭の回転が速い。その上で情報の取捨選択も早い。
今の防御魔法を見る限り、彼女も相当な使い手だろう。
そうなるとますます戦ってみたくなるのは、俺がヴァイスだからだろうか。
しかしなんとか誤解が解けてよかった。
「ということで、カフェ。私に婚約者は必要ない。今はノブレスで楽しくやってるよ」
「お姉様、婚期を逃すと幸せになれませんよ。その性格では、生涯一人になってしまいます」
「いつかは見つかるさ」
「そんなことはありません。爺――」
するとまた指をパチン。
持ってきた書類をミルク先生に手渡す。ちらりと除くと、そこには男性の写真がいっぱい並んでいた。
事業と年収のようなものが書いてある。
「できるだけお姉様の価値観と合う人をリストアップしました。この中から見つけましょう」
「……カフェ、私は好きに生きたいんだ」
「ダメです。そんなことはダメです」
「私は――」
「お姉様は、もっと幸せになるべき人なんです!!!」
お互いに会話の応酬の後、カフェが少し食い気味で声をあげた。
だがそれを爺に注意され、申し訳なさそうに肩を落とす。
「……すみません、つい感情的に」
ミルク先生は疎ましいのだろうが、俺からすればカフェは明らかに姉を慕っている。
心配なのだろう。最後の含みは気になるが、それがより伝わった。
「……少しだけ偉そうになるが、俺から言わせてくれ。確かにミルク先生は、少し変わってると思う。貴族っぽくはないし、厳しいし、怖い。けど、本当に心から優しい人だ。俺は先生のおかげでノブレスに合格できた。悩んでいる時は、いつも道を示してくれる。そんな先生の事を好きな人は俺だけじゃない。俺の周りも、みんな先生が好きだ。それをわかってあげてほしい」
それを聞いたミルク先生は少しだけ恥ずかしそうにしていた。
そして、カフェは少しだけ悲し気だった。
「……わかりました。すみません」
「ミルク先生も少し言葉を伝えなさすぎると思います。もう少し、妹さんにも気持ちを伝えてあげれば理解できますよ」
こんなことを目上の人に言っていいだろうか。だが、言うべきだとおもった。
「……ありがとうヴァイス。カフェ、確かに私は好き勝手に生きてきた。その自覚もある。だが今は教員として誇りを持ってる。それをわかってくれ」
ミルク先生はいつもより感情的だった。だがようやくカフェもわかってくれたらしく、ゆっくりと頷いた。
そして横では爺と呼ばれる人が、なんかめちゃくちゃ涙を流していた。
鼻水もずるずるだ。
おそらく凄い過去とかが走馬灯のようになっているんだろう。ちょっとおもしろいが、笑ってはいけない気がする。
「はい。お姉様、すみません。ヴァイス様、ありがとうございます」
「ああ、私からも礼を言う。ありがとう」
「いや、そんな――」
「素晴らしい、素晴らしいです!」
ついに爺が声をあげて大拍手&号泣。
なんだかゼビスを思い出す。
ああ、久しぶりに会いたいな。
エレノアやシエラもそうだったが、家族はいいものだ。
俺もそういえば歳の離れた――。
そしてそのタイミングで後ろから声が聞こえた。
「おかえりなさいミルク! あなたが婚約者なの!?」
「おおミルク!」
二人とも赤髪だ。おそらく両親だろう。優しそうな夫婦だ。
だが俺たちはまた同じようなことを伝えて、アビタス家は涙と笑いで包まれるのだった(ミルク先生を除く)。
はっ、いい家族だ。
◇
煌びやかな建物を眺めながら、馬車を降りる。
するともう一台の馬車から、髪と同じ赤いドレスに身を包んだ女性が降りてきた。
そこには、どうみても貴族にしか見えないミルク先生が立っていた。
普段から鍛えているからか、立ち奮いまい一つとっても軸にブレがない。
綺麗すぎて、周りの男たちが騒いでいた。
だが――。
「窮屈だ」
それでもいつも通りのミルク先生に、少し笑みを浮かべる。
「でしょうね」
「あらお姉様、とてもお似合いですわ。それにヴァイス様も」
「ありがとう、カフェ」
外は既に暗くなっている。なぜこんなところにいるのかというと、今日は地元の名家が集まる夜会だそうだ。
ミルク先生は絶対に行きたくないといっていたが、たまには顔を見せてほしいとカフェや両親に言われているのをみて、俺が説得した。
その間にゆっくりしようと思っていたが、ミルク先生とカフェに当然のように服を用意されていた、ということである。
俺はどんな立場でいればいいんだ……?
「……仕方ない」
そういってミルク先生は、深呼吸して、表情を切り替えた。
いつもの無骨な感じではなく、とても温和な表情だ。
「行こうか、カフェ、ヴァイス」
「はい」
なるほど、そういうモードもあるんだな。
中に入ると、辺境とは思えないほど人でいっぱいだった。
だが何よりも驚いたのは、ミルク先生の周りに人がたくさん集まって来たことだ。
「おお、帰ってきていたのか! ミルク、元気だったか?」
「はい、それなりに」
「ミルクさん、冒険者としてはどうなの?」
「今は別のことをやっていまして、まあ相変わらずです」
普通、貴族で冒険者になったなんて噂が立てば毛嫌いする人が多いだろう。
だが誰もがミルク先生に声をかけていた。
ミルク先生もいつもの強い口調ではなく、
それを見た俺は思わず感心というか、不思議な気持ちだった。
「どうしましたか」
「いや、随分と好かれているんだなと思って。ミルク先生は、早い時期に街を出たんじゃなかったのか?」
「十代ではもう家を出ていました。ですが、お姉様は冒険者になってからも時折戻ってきて魔物を退治したり、困っている人がいれば無償で寄付もしていました。お姉様は……本当に優しい人です」
「なるほど、いかにも先生らしいな。というか、魔物なんて出るのか?」
「この辺りはよく出るんです。土地柄的に魔素が多いらしく、特に最近は活発化していますね」
なるほど、ミルク先生は用事でたまに帰っているといっていたが、そのことか。
魔物の活発化は物語が進行している証拠だ。
だがそのおかげで武器や防具が売れ、経済も回っているらしい。何とも皮肉な話だ。
「もうすぐ
そのとき、カフェが驚くべきことを言った。俺は食い気味に声をかけようとしたが、横から男たちが現れ、カフェに声をかける。
「カフェさん、今日もお綺麗ですね」
「珍しいですね、カフェさん」
……聞きたいことはあるが、今はそっと離れて食事を楽しむことにするか。
といっても、こういった場での食事は作法が面倒だ――。
「……メロメロン生ハムだと?」
最高じゃないか、夜会!!
それから俺はずっと食事を楽しんでいた。思いのほかフルーツが多い。
お土産として持って帰るか? いや、それはさすがに怒られるか。
そしてそのとき、ミルク先生がようやく落ち着いたらしく、俺に声を掛けて来てくれた。
「ヴァイス、すまないな。退屈だろう」
「いえ大丈夫ですよ。それによく似合ってます。いい未公開シーンです」
「ありがとう。……未公開とはなんだ?」
「いえ、気にしないでください。それより、ご両親もそうですが、妹さん、いい子ですね」
「……ああ。私のせいで色眼鏡に見られて迷惑をかけているだろうが、そんな素振りは一切見せない。強い妹だ」
確かに。こうしてみると姉妹ともに凄いんだがな。
そのとき、突然に音楽がかかる。昔、シンティアで踊ったときを思い出す。
もうずいぶんと前な気がするな。
呼応しているかのように、男たちがミルク先生に声を掛けはじめた。
かなり大勢だ。だが困惑している。
弟子の出番か。
「ミルクせ――、アビタスさん、踊りませんか」
「――ああ、喜んで」
それに気づいたミルク先生が、俺に手を掴む。
ダンスは貴族のたしなみだ。シンティアも怒らないだろう。多分。
一応、ちゃんと伝えよう。
「なんだあいつ? 横から入って途端に」
「なんだろうな。婚約者ではないみたいだし」
「俺のミルクさんを……」
その後、踊っていると色々な声が聞こえてくる。
ミルク先生が何度か威圧的な視線を向けていたが、俺は気にしないでくださいといった。こんなのは慣れている。
俺は、あの、ヴァイス・ファンセントだからな。
「悪いな」
「光栄なことですよ」
全てが終わり、メロメロン生ハムをたらふく食べ終わって帰ろうかと思ったとき、外から悲鳴が聞こえた。
その場にいた全員が窓から身を乗り出すように急ぐ。森の中から、大きなサイクロプスが数体出現していた。
「ま、まものだ!」
「護衛はどこだ!? 今すぐに討伐しろ!」
「しかしあれはサイクロプスだ。あんなの、相当な腕がないと勝てないぞ!」
……ったく、面倒だな。
さっきまでミルク先生に声をかけていた男たちは、ただ見ているだけだった。
もちろんミルク先生は向かおうとする。だが俺は制止した。
「せっかくドレスが汚れますよ」
「そんなのは気にしない。私が――」
「こんな時ぐらい、かっこつけさせてください」
「……悪いな」
そのとき、魔物の出現に気づいたカフェが、駆け寄って来る。
「お姉様、私も手伝います!」
「いや、大丈夫だ。食事の続きを楽しもう」
「どういうことですか!? サイクロプスですよ!?」
俺はそのミルク先生の言葉に笑みを浮かべた。
最高の賛辞だ。
俺を信じてくれているのだろう。
「……ミルクさんはでないのか?」
「待て、あいつなにか――」
さっきまで陰口を叩いていたやつらに言い返すのはダサい奴がやることだ。
俺らしい方法で、見せつけてやる。
「じゃあ、
俺は上着だけ脱ぐと、窓から飛びだした。
◇
私は驚きました。お姉様のお連れ様であるヴァイス様が、一人で闇夜に飛び出していったのです。
「お、お姉様、ヴァイス様が!?」
「心配するな」
「で、でも、一人でなんて!?」
「カフェ、私に見る目がないと思うか?」
「そ、そうは思えませんが――」
「ギャアアッアアッアアァアア」
突然魔物の悲鳴が聞こえ、その場にいた大勢が窓から身を乗りだします。
私も目を凝らしましたが、すぐに目を疑いました。
あの獰猛なサイクロプスが、目の前で簡単に倒されていきます。
一体、また一体と。
ヴァイス様はとても嬉しそうでした。戦うのが好きだと、すぐにわかりました。
周りの人たちも最初は怯えていましたが、だんだんと声をあげて応援していました。
カッコイイと声を上げる人もいました。
「凄いなあいつ。誰だ? まだ子供じゃないか」
「……欲しい。あいつが欲しいぞ」
「まるで鬼人だ。だが、本当に美しい」
私はそこそこ魔法が扱えます。しかし私から見ても、ヴァイス様は圧倒的な強さを誇っていました。
魔物をまるで赤子の手をひねるように倒していきます。
その姿はまるで、お姉様のような――。
「凄いだろう、カフェ」
しかし一番驚いたのは、それを見ていたお姉様の笑顔でした。
今まで、こんなに嬉しそうな顔をみたことがありません。
ヴァイス・ファンセント。あなたはとても素晴らしい人なのですね。
でも残念でなりません。どうして婚約者がいるのでしょうか。
お姉様は、とても素晴らしいお人なのに。
昔、最愛の人を亡くしたときのお姉様は、とても悲し気でした。
自暴自棄となり、とても怖い噂も聞きました。
幸せになってほしいと、凄く願っているのに。
でも――お姉様は、楽しく生きているのですね。
それが、わかりました。
「はい、とても凄いです。――さすが、お姉様のお弟子さんですね」
そしてヴァイス様は、最後のサイクロプスを切り伏せました。
無傷です。まるで美しい演武を見ているようでした。
ああ、凄い。
ヴァイス・ファンセント様、私の愛するお姉様をどうか、どうかよろしくお願いします。
……あ、でも貴族様なら夫人がお二人でも大丈夫かな?
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