134 カフェ・アビタス
「お嬢様、ヴァイス様のヴァイスが見えていますのでこちらへ!」
「な、何するのよ!?」
結局、ミルク先生の妹と名乗るカフェは大勢の執事に連れていかれてしまう。
一応、ノブレスでもそういう隠語があるのか。この辺りはゲームらしいな。
後、婚約者という謎の言葉を残して。
「……変な奴だな」
まあいい。誤解はすぐに解けるだろう。
そう思い外に出て着替えようとすると、次に現れたのはミルク先生だった。
一気に成長したみたいで少し面白いが、いつもと違って様子が――。
「か、カフェがいたのか?」
「え? ああ、おそらくさっきいましたね。俺のことを婚約者って――」
「……ヴァイス、作戦変更だ」
「え? 作戦?」
「婚約者のフリをしてくれ。あいつの前だけでいい。いや……それもあれだか……。ヴァイス、頼む」
「ど、どういうことですか!?」
こんなに焦っているミルク先生を見るのは初めてだ。いや、原作でも見たことがない。
それと俺のヴァイスのヴァイスはいつしまえるんだ。
「……あいつは色々とうるさいんだよ。両親のほうがまだ聞き分けがいい。私がもしお前を弟子だといったら婚約者をまだ作ってないんだと永遠に言われることになる」
「は、はあ」
婚約者のほうがややこしい気がするが、そうでもないのか。
まあ貴族であるならばそうか。
「せ、せめてお付き合いぐらいはどうですか? 婚約者となると親の承諾がないとおかしいですし」
「……そうだな。それでいこう」
どうやら随分と焦っているらしい。整合性すら取れなくなっている。
「後は作戦だが――」
「とりあえず……着替えていいですか?」
だが風邪を引く前にひとまず服を着させてくれ。
◇
外に出てミルク先生と話そうと思ったが、既にカフェがスタンバイしていた。
横に並んでいると姉妹というのがよくわかる。
「ヴァイス様、突然に申し訳ありません。お姉様の婚約者には一番にご挨拶したかったものですから」
「カフェ、なんでお前がいるんだ? 今年は帰ってこないはずだっただろう」
「なんとなく来た方がいいと思ったのです」
なんとなくと言われてしまえば返す言葉がない。
このあたりは、ミルク先生の血を順当に受け継いでいるらしい。
随分とおっとりしているように見えるが、そうではないみたいだ。
「そういえばヴァイス様のお名前は、どこかで聞いたことが――」
「さ、さあ! とりあえずお昼でも食べようか! そこでゆっくり話そう!」
「わかりました。ヴァイス様、どうぞこちらへ」
「あ、ああ」
まあでも、焦ってるミルク先生はめずらしくていいな。
中庭が見える綺麗なテラスに案内移動すると、既に軽食が用意されていた。
茶会なんて久しぶりだ。貴族の作法はシンティアに色々教えてもらったので今でこそ様になっているが、それでも不安がある。
そしてあの悪夢の食事会を思い出す。
いや……このタイミングで思い出すのは縁起が悪いな。
「それでお姉様とはいつから――」
「ま、まだお付き合いをしたばかりなんだ。歳の差が離れているが、ヴァイスは凄腕の冒険者でな!」
「ふむ、なるほど。お姉様はいい加減、冒険者をおやめになったらどうですか? お強いのは知っていますが、危険が多いお仕事です。しかし冒険者の同業というのにヴァイス様は貴族様なのですか? 何だか変じゃありませんか?」
「え、ええとな」
どうやらノブレスで働いていることもまだ言っていないらしい。
ミルク先生の嘘をすぐに気づき、容赦なく矛盾点を突き付けるあたりは、さすが妹だ。
仕方ない。たまには俺が助けよう。
「俺の父は割と厳しい人で、我が子を冒険者に突き落とす、が口癖なんだ。それもあってSランク到達が俺の目標でな。そこでミルクせ――ミルクさんと知り合ったというわけだ」
「ふむ、お付き合いしているのに、さんづけなんですか?」
「年上は敬うのは当然だからな」
「なるほど。――爺、どうでしたか?」
「はっ、こちらでございます」
するとゼビスより少し年老いた執事が、なにやら紙を持ってくる。
ミルク先生は急いでそれを奪おうとするが、カフェが指をパチンと鳴らす。
すると驚いたことに、彼女は防御結界に囲まれる。
まるでガラスの中にいるような感じだ。
凄いな。特殊な魔法だ。
「お、おいカフェ!?」
「ふむ、なるほど。ファンセント家の長男でしたか。ノブレス学園を下級生首位で進級、今は中級生。なるほど。お姉様はノブレスの教員になっていたんですね。ふむふむ、――お姉様、やはりまだ婚約者はいらっしゃらないみたいで」
ものの数秒で全てがバレてしまう。というか、この爺も何者だ?
ノブレスの情報は最大限出回らないようになっているはず。
いや、妹もおそるべしだ。
流石の俺も全面降伏することにした。
「……すまない。俺はミルク先生の弟子なんだ。今日ここへ来たのは、ミルク先生が両親を安心させたいとのことでな。確かに貴族らしくないところもあるが、それもまた先生のいいところで、そこまで責めないでほしい。俺や生徒から、すごく頼りにされてるよ」
だが俺はいつも世話になっている。ミルク先生が落ち込んでいるなら助けてあげたい。
するとカフェは、なぜか満面の笑みを浮かべた。
「お姉様の嘘がばれてしまい、当人が困っているのを見てすぐに助けに出る精神。説明も端的でわかりやすく、言葉に淀みもない。私の魔力を見ても驚かないところも含めて、大大大合格です。あなたはお姉様の婚約者に相応しいです! それに見た目もカッコイイです!」
だが途端に元気になり、最後はなぜかサムズアップ。隣の爺は拍手して、ミルク先生は肩を落としている。
うーんやっぱり、ノブレス・オブリージュって変な奴しかいねえな。
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