121 偶然と必然

 数日前――。


「うひょー! すげえなあ! 修学旅行以来か」

「デューク、落ちないでよ」

「落ちるわけねえって、ほら、こんなことしても、うおおおおおおおおおおおおお!?」


 船の上、柵にもたれかかっていたデュークが落ちそうになる。

 シャリーと急いで僕も助けに入る。


「死ぬかと思ったぜ……」

「そういう分かりやすいのはやめて……」

「ほんとだよ……」


 最後の休暇期間が与えられたので、三人で出かけることにした。

 もうすぐ中級生でゆっくりできる時間も減るだろうというシャリーの提案だ。


 目的地はヴェルディという街で、静かでガラス工房が有名な場所らしい。

 シャリーはそこのペンダントが欲しいそうだ。


 肉料理が有名で、僕とデュークはもっぱらそっちがメインだけど。


「しかし俺たちも中級生か。後輩とか考えられねえな」

「そうね。それにいつも負けっぱなしで学年が上がるのってなんか不服じゃない?」

「シャリーの言う通りだ。中級生になったら、もう負けたくないね」

「――あーダメダメだ! 休みの日までノブレスのことを考えるのやめようぜ! 楽しまねえとなあ! せっかくいい宿も取ったしよお!」

 

 デュークの言葉で、僕もハッとなる。

 空いた時間があればいつもノブレスのことを考えてしまう。


 もちろん、ヴァイスのこともだ。


 僕はいつも彼に勝てない。どれだけ頑張っても、追いつくどころか引き離されてしまう。


「――アレン」


 するとシャリーがいつのまにか僕の頬をぷにっとしてた。


「話、聞いてた?」

「……ごめん」

「ふふふ、いいよ。でも、向こう着いたら何もかも忘れよ! 私たち、頑張ってるよ。たまには自分を労わらなきゃね」


 そのとき、どこか見慣れた姿、そして声がした。


「ふふふ、そうですわね」

「シンティア様のお好きなように!」

「何にせよ、この偶然を楽しみましょ」


 ……あれ? 彼女たちは――。


「シンティアさん。それにリリスさんとセシルさんも」

「あら、アレンさん」

「こんにちは! もしかしてお出かけですか?」

「こんにちは、いつものお揃いね」


 船は定期便じゃないので、本数は少ない。

 聞けばシンティアさんは、リリスさんとヴェルディに買い物があるらしい。

 セシルさんは、バトル・ユニバースの大会があるらしく、ただの偶然だとか。


「すげえ奇跡だな! ヴァイスがいないのは残念だが、どうせならみんなで飯でも食おうぜ!」


 こういう時のデュークは、いつも尊敬する。

 僕も極度な人見知りってわけじゃないが、思ったことをすぐに口に出す。


 断られても「わかった!」って言うだろうし、その気持ちよさがみんなから好かれる要因なんだろうな。


「もちろんいいですわ。一応、ヴァイスにも伝えておきます」

「手紙鳥送っておきますね!」

「私も問題なし。優勝できなかったら参加できないかもしれないわ。特訓したくなるし」

「「「それはない」」」


 満場一致でセシルさんに答えて、僕たちは笑い合った。


 最後の休暇でこんな出会いがあるなんて、楽しくなりそうだ。


   ◇


 ヴェルディに到着後、シンティアさんたちと一旦分かれて、街並みを眺めながら宿へ向かう。

 港が近いのか、海の香りがした。


 王都より、田舎のほうが僕は好きだ。


 今でもたまに故郷を想う。


 全てが終われば、いつか戻って再建したいと密かに思っている。


「おいなんだあの屋台! いくぞアレン!」

「美味しそう……行こう! デューク」

「まだ荷物も置いてないのに……まあでも、それが旅の醍醐味よね」


 食べ歩きした後、宿へ向かう。

 だがそのなんというか……。


「お荷物をお預かりいたします」

「あ、ど、どうも」

「どうしたアレン? キョロキョロしすぎだろ」

「冒険者宿ばっかりだったしね」


 入口は綺麗な装飾で、天井にはこの街で創られているガラスがふんだんに含まれた魔法ライト。

 執事の恰好をした給仕が迎え入れてくれた。


 あまりにも豪華すぎて驚いてしまう。


 だけどデュークとシャリーはいつも通りだった。

 

 二人は僕と常に一緒にいるけれど、名門の貴族なのだ。


 こういうのは慣れているのだろう。


「アレン、お前の考えてることはわかってるぞ」

「え?」

「わかる。わかるよ。――あそこのメイド、可愛いよな?」

「僕もデュークみたいになりたいよ」

「どういう意味だ?」

「筋肉つけたいってこと」

「おおそうか! 後で一緒にやるか!」


 何も考えず、今を楽しもう。


    ◇


「っしゃあ、ノブレース! って、この街酒ダメとは知らなかったぜ」

「仕方ないわデューク、街によって法は違うしね」

「でもこのメロメロンジュース美味しいよ」


 夕方になって、街の食堂に集合していた。

 この街だと僕たちは年齢的にお酒はダメらしく、デュークが嘆いている。

 

 ここには用事の終わったシンティアさんとリリスさん、バトルユニバースを終えたセシルさんもいる。


「アレンさんの言う通りですわ。それにヴァイスへのプレゼントも買うことができました」

「楽しみですねえ! 早く渡したいです!」

「ふふふ、リリスさんの想像できるわ」


 シンティアさんとリリスさんは、ヴァイスへのプレゼントを買いに来たらしい。

 婚約記念日だそうだ。


 ちなみにセシルさんは大会を余裕で優勝したらしい。

 いつも筆記は一位だし、僕も習わな――ダメだダメだ。すぐノブレスのことを考えてしまう。


 僕は、デュークに続いて立ち上がる。


 普段あんまりこうやって人前に立つことはないが――。


「み、みんな楽しもうね! 何もかも忘れて!」


 しかし、どうやらそれがおかしかったらしく、デュークが笑い出す。


「はっ、めずらしいなアレン。だが、その心意気だぜ!」

「そうね。何もかも忘れて、なんて難しいけど、今を楽しみましょう」


 僕は本当に恵まれている。デュークとシャリーがいるからこそ、こうやって笑えるのだから。


 でもやっぱり、話はやはりノブレスのことになる。


 シンティアさんがヴァイスのことを語るときはいつも嬉しそうだ。

 婚約者として、というよりは、尊敬の念を感じる。

 それはリリスさんも。


「ヴァイス様は、本当に一生懸命で凄いです! でも、私はあまり活躍できてなくて……」

「あらリリス、あなたはいつも凄いわ。これからも一緒にがんばりましょう」


 みんな同じだ。常に上を目指している。


 世界は不公平だ。だけど、努力をして、それを覆す人たちがいる。


 僕も見習わなきゃな。


 そのとき、入口がやけに騒がしい事に気づく。


 どうやら魔物が出たらしく、その討伐の為に冒険者を募っているみたいだった。


 この街は観光地で、冒険者ギルドはない。


 そもそも魔物が出ることもほとんどない。

 だからこそ貴族が多く集まっているのだ。


 僕はもちろん立ち上がる。


「行ってくるよ。すぐ戻る」

「言うと思ったぜ。ま、アレン、人数は多いほうが早く終わるよな」

「そうね。実践も大事かも」


 いつも僕のわがままに付き合ってくれる二人には感謝している。

 言葉にすることもあれば、目だけで伝えることもある。


 この距離間が好きだ。


「さてリリス、行きましょうか」

「はい! 準備します!」

「私も行くわ。みんなの足手まといにならなきゃいいけど」


 すると、シンティアさんたちが立ち上がる。


「え、わ、悪いよ。すぐに戻るから」

「そういうわけには行きません。私たちは同じノブレス学生です。それに、私はヴァイスの婚約者ですわ。――どっちが多く魔物を倒すか、勝負です」


 シンティアさんのその表情は、とてもヴァイスに似ていた。

 僕は笑って答える。


「ああ、だったら。――勝負だ」


 そして僕たちは、食後の腹ごなしのつもりで外へ出た。

 魔物はゴブリンの群れらしく、どこから現れたのかはわからないという。


 だが大したことのない魔物だ。


 この面子なら負けるわけがない。


 だけど油断はしない。

 どんな時も真剣に、それが、ノブレスの理念だ。


「前衛は僕とデュークが。細かい指示はセシルさんにお願いしていい?」

「ああ、俺は異論ねーぜ」

「私よ」


 シンティアさんとリリスさんも納得し、僕たちは夕日が落ちるまでには戻ってこようと約束した。


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