111 最後の行事

 無事に年越を終えた俺たちノブレス学生は、いつも通り学園で研鑽を積み、日々を過ごしていた。


 もう少しで自分が中級生になるのは、なんだか不思議な気分だ。

 入学できるかどうかと努力していた時期も懐かしい。

 俺はもう、すっかりこの世界の住民だ。


「ファンセントくん、ちょっといい?」


 そんなことを考えていると、廊下で後ろから声を掛けられる。

 眼鏡をかけたスレンダーな女性、セシルだ。


 厄災のことを伝えたときから、彼女には魔族について色々と調べてもらっている。

 過去はもちろん、現在のもどきの情報まで。


 俺とセシルが話すときは、いつもノブレス図書室だ。

 数万を超える書物、整理整頓された本棚の間をぬって進み、人気のないコーナー近くの椅子に腰をかける。


「新しい情報。アリア魔法学園が襲われたときに、本が盗まれてたらしいわ」

「……本? そんなもの聞いてなかったぞ」

「学園同士で秘匿にしてることは珍しくもない。ノブレスのポイント制度みたいにね」


 それはセシルの言う通りだ。

 だが気になったのは、やはり原作でそんなことはなかったということ。

 俺はそれが一番驚いていた。


 セシルは話を続ける。


「死における魂の定義についてが書かれたものらしいわ。ざっくり言えば古代死霊魔術ネクロマンサーね。いわゆる、死者を復活させる文献をまとめたもの」

「……そんな魔法が純粋に存在してるのか? いや、確かに魔族もどきはそうだったが」


 死者を復活させる魔法なんて、原作のノブレス・オブリージュには存在しない。

 だが従わない者たちディスオベイは生きていた。


「あるにはある。でも、成功した例はない。姿形は真似ても人間の魂を定着させることはできなかったからよ」

「魂を定着?」

「実際に見たわけじゃないからわからないけど、死者を復活するには、本人の情報、髪の毛や骨、血液が必要みたい。でも正しい術式を詠唱しても、意思を持たない人形のようなものができあがるだけ。元々は西の地方で先祖と会う為に作られたらしいけど、不完全なものだったらしいわ」

「でもあいつらはそれを欲しがった。正しくは、魔族が、という可能性が高いが。だが変だな。従わない者たちディスオベイは明らかに人間と変わらなかった」

「その点については私も考えてみた。過去の文献で調べてみたけど、あのブルとミカって人の経歴、凄かったわよ。百年前の大規模戦争で暗躍してた部隊の隊長と副隊長だった。まあ、そのくらいしかわからないけど。でも、そんな人たちがミルク先生やエヴァ先輩を前にして戦う事を選択した。それっておかしいとおもわない?」


 俺が見ても、あの二人の動き、そして魔力は凄まじかった。

 他の連中もそうだ。逃げなかったのではなく、逃げられなかった、ということか?

 自滅を選択したことも気になっていた。


 つまり――。


「奴らも不完全だった、と考えるのが自然か」


 俺の言葉にセシルが頷く。だがどこか不安そうでもあった。


「見た目が良くできていても、中身まではわからない。もしかすると時間的な制約があったのかも。もしくは、魔族から強制的な命令を受けていた。まあ、戦うことが好きだった、っていう単純な可能性もあるけど。結局はわからないわ」


 いや、俺も違和感を覚えていた。

 だが死者を復活か……とんでもないことになってきたな。


「引き続き調べて見るけど、あんまり期待しないでね」

「いや、ありがとう。さすがセシルだ。都合のいいように使って悪いな」

「ほんとね。デートの一つぐらいでもしてもいいんじゃない?」

「ああ、そうだな……は?」

「ふふふ、またね。そろそろ用意しなきゃ」


 するとセシルは、俺の返事をまたず、笑顔で去っていく。

 どういう意味だろうか……。


 アントワープ家は、代々情報系の仕事をしている。

 外交官の父親と母親、名門家系で、各学園への寄付金も凄まじいらしい。

 俺はそれを知っていて頼んでいる。それでも、セシルは構わないといってくれてこうやって教えてくれる。

 本当に彼女には頭が上がらないな。

 

「っと、俺も用意するか」


 図書室の時計を見ると、もうすぐ時間・・だった。

 自室に戻って、体操服に身を包む。


 ノブレスの体操服も訓練服と同じだ。

 いわゆる学生と変わらない真っ白いシャツに赤いズボンだが、特殊な術式が組み込まれているのでダメージの軽減がある。


 といっても、肌の露出部分が多いので訓練服と違ってそこまで防げない。

 その代わり動きやすさもあるし、何より見た目がいいと学生から人気だ。


 まあ、真っ黒ばっかりは嫌なんだろう。

 俺は闇だからその気持ちはわからないが。


 部屋を出て廊下を歩き、外へ向かうと、大勢の生徒たちが早足で校庭に向かっていた。


「よっしゃあ、勝つぜええ!」

「楽しみ。負けたくないなー」

「勝ったほうは、ポイントを多くもらえるらしいしね」


 原作でこのイベントは、人気だった。

 笑いあり、涙あり、そして難易度も高い三拍子。


 その理由は、間違いなくこのにあるだろう。


 このためだけに開発されたといっても過言ではない。


 そのとき、シンティアとリリスが俺を待っていたのか、廊下で声をかけてくれる。


「ヴァイス、遅かったですわね」

「ああ、ちょっとな」

「ヴァイス様、今日は敵ですかね? 味方ですかね?」

「どうだろうな。ま、どっちにしろ手加減はしないが」


 シンティアもリリスも、半袖と半ズボンを着ている。

 露出が高すぎて太ももが見えすぎているし、リリスがとびはねると、へそがちらりと見える。


 これを開発した奴は、絶対に男だ。


 寒かった冬も、だいぶ暖かく感じる。


 ノブレス最後の大勝負のはじまりだ――。



 よく晴れた晴天、ノブレス在校生、三学年が、中庭に集まっていた。

 全員が同じ服を着ている。


「なあ、この服最高じゃね?」

「ああ、マジで……こうグッとくるよな」

「ノブレス最高、ノブレス最高」


 確かあいつら貴族だよな? ただの男子高校生じゃねえか?


 そして――。


『各学年の代表、前へ』


 アナウンスで呼ばれて、俺は――前に出る。

 そこにいたのは、シエラ、俺、エヴァだ。


「ヴァイ、今日は味方か敵か、どっちでしょうね」

「どっちでも本気でやりますよ。――というか、意外ですね。エヴァ先輩は欠席するかと思ってましたよ」

「うふふ、たまにはいいかなあってね。みんな、強くなってるみたいだし」


 世界情勢が悪くなっているが、俺はノブレス学園に通っている学生だ。

 行事ごとは外せないし、外したくもない。


 どんなイベントからも得られるものはあるし、どんなイベントも真正面から叩き潰す。


 それが――三学年合同体育祭・・・でも。


「選手宣誓、私、シエラ・ウィッチはノブレスシップにのっとり、正々堂々戦うことを誓います」

「はあい、私もよ」


 相変わらず適当な受け答えだが、誰も注意しない。まあ、言っても無駄だろうからな。


 そして俺も――。


「下級生代表、ヴァイス・ファンセント、誓います」


 次の瞬間、ノブレス三学年が歓声を上げる。


 これはおそらく俺がノブレスに来てから一番の大規模な戦いだ。

 戦闘だけではなく、従来の体育祭に則った何もかもが詰まっている。


 学年ごとで戦うのが基本だが、合同戦もある。

 赤チームと白チームに分かれて、勝敗を競う。

 

 もちろん勝者には飴、敗者には学園らしからぬ鞭がある。

 だがそれがいい。それが、燃えるのだ。


 チーム振り分け地面の術式によって自動で振り分けられる。

 頭にかぶった帽子で判断できるのだ。


「それでは、はじめます」


 クロエ先生が魔法を詠唱した瞬間、地面が光る。


 次の瞬間、俺の頭が赤に変わった。


 なるほど、さて、敵は誰かな。


「ヴァイス、同じで良かったですわ」

「ヴァイス様、一緒ですね!」


 シンティアとリリスは同じみたいだ。

 正直、これでかなり動きやすくなる。


「ヴァイス殿、同じだな!」


 トゥーラもだ。だがアレン隊、セシル隊は……残念ながら白だった。

 色々成績も考慮されているんだろうか。


「お姉ちゃん、負けないからね」

「そうね。私も本気出すわ。――ヴァイは同じ赤ね!」


 シエラは俺と同じ赤、エレノアは白。


 そして、確認が終わると、全員が一人の帽子に注目した。

 歓声と項垂れが聞こえる。


 もちろん視線の先は、エヴァ・エイブリー。


 彼女の帽子は、純白な白だった。


「ふふふ、楽しみだわあ」


 しかもなぜかいつもよりご機嫌だ。

 理由はわからないが、ある意味で最悪、ある意味で最高か?


 だがこの試合はどちらかというと親交を深める為にある。

 今まで研鑽を積んだ能力を発揮し、自分はやれるんだと鼓舞しながら次の学年へ向かう。


 これが終わると俺も中級生だ。


 最後まで勝つ。


 それが、俺のノブレスでの目的だ。


『それではノブレス体育祭、始まります!』


 ヴァイス(赤チーム)。

 シンティア(赤チーム)。

 リリス(赤チーム)。

 トゥーラ(赤チーム)。

 シエラ(赤チーム)。



 アレン(白チーム)。

 デューク(白チーム)。

 シャリー(白チーム)。

 セシル(白チーム)。

 カルタ(白チーム)。

 オリン(白チーム)。


 エレノア(白チーム)。

 エヴァ(白チーム)。


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