110 カウントダウン
オストラバは、ノブレスから最も近い大きな王都だ。
俺とセシルがバトル・ユニバースをしていた王立公園もここにある。
ノブレス・オブリージュに初詣の文化はない。
だが
暦は元の世界とあまり変わらない。まあ、細かい呼び方は全然違うが。
「――すげえな」
「ふふふ、初めてですね。一緒に年を越すのは」
「綺麗ですね。私、王都で年越しなんて贅沢、初めてですよ!」
俺は、シンティアとリリスと年越しを祝う為、オストラバ王都へ訪れていた。
短い休日だが、ノブレスも休校だ。
「さあさあ、カウントダウンに酒はかかせないよー!」
「年越し食は、トルゴス肉で決まりだー! 今なら安いよ!」
「リングジュースを飲まなきゃ、年越しはできないよ!」
普段から人が多いのは知っていたが、予想をはるかに超える人だかりができていた。
今が稼ぎどきと言わんばかりに、商人たちがこぞって屋台を出している。
だがノブレスでおもしろいのは、年越しとクリスマスが一緒になっていることだ。
屋台の店主は男女問わずサンタの恰好をしていて、街は魔法で作られた蛍光色のネオンで彩られている。
また偶然だとは思うが、雪が降っていた。この時期、魔力雲の一斉移動があるらしく、大雨の日もあるらしいが。
まあこれも、雰囲気があっていい。
そして俺は、サンタクロースのことをシンティアに訪ねてみたところ「いますよ?」と真顔で言われてしまった。
俺はそもそも文化を知りたかったのだが、この世界なら本当にいるかもしれない。
宿泊は、中心の貴族街の高級宿を既に取っている。
まあ、ゼビスに頼んだだけだが。
「それにしても、似合ってますわよ。その
「すぐにでも外したいんだが……」
「ダメですよ、年越しまでつけるのが習わしです!」
俺は、赤い帽子、つまりサンタ帽子を被っていた。
入口で手渡された際は何かの冗談かと思ったが、そういえば原作でもそんなことがあったと思い出す。
ノブレス開発陣のユーモアだろうが、文化の一つになっているのは笑える。
もし当人がこの世界に来たら、笑いながら申し訳ないと思うだろう。
「まあでも、二人も似合ってるよ」
「うふふ、嬉しいです」
「お揃い、最高です!」
当然、シンティアとリリスも被っている。
空から降る白い雪の結晶が、より二人の美しさを際立たせていた。
時刻は昼、荷物は既に運び終わっているので、予定は怠惰を貪るだけだ。
ここ最近はずっと授業やら訓練やらで忙しかった。
シンティアも何やら自室で勉強しているらしい。何をしているのかはわからないが、彼女のことだ、頑張りすぎているのだろう。
そしてそのとき、どこかで聞いたことがあるような
「まずは肉食おうぜ! 肉!」
「いつも食べてるでしょ……」
「それより、交換用のプレゼント買いにいかない?」
筋肉と前向き野郎、そして明るい声だ。
思わず振り返るが、人が多すぎて見えなかった。
「
「私も買い物したいな。バトル・ユニバースのクリスマス駒が出たのよね」
「わ、私も新しい杖の装飾用買おうかな」
「――ス殿は、何が喜ぶかな!?」
その次に聞こえてきたのは、男なのか女なのかよくわからない声と、頭の良さそうな声と、少しオドオドしているような声だ。
最後は聞こえづらかったが、武士みたいな声だった気もする。
「お、お姉ちゃんあの肉食べよ! 謎肉増量だって!」
「あのねえ、そんなに食べたら年越し前にお腹いっぱいで眠っちゃうでしょ」
「それ毎年のお姉ちゃん……」
姉妹みたいな声もする。たゆん?
「ヴァイス、キョロキョロしてると危ないですわよ」
「あ、美味しそうな飲み物売ってますよ! ほら! ヴァイス様!」
「あ、ああ。そうだな。行こうか」
年越しは各地で行われている。いくら王都が最大規模とはいえ、そんな偶然はないだろう。
もし
それから俺たちは、屋台を楽しんだり、魔法射的をしたり、雪遊びをしたりと、まるで子供のようにはしゃいだ。
気づけばすっかり夜だった。
シンティアとリリスから行きたい場所があると、夕食に向かっていた。
「なんでこのあたりだ? せっかくの年越しだ。もっといいところがあるだろう」
なぜかわからないが、中心街から離れていく。
治安が悪くなるし、何よりもいい店は少ない。
それになぜかわからないがプレゼントも買わされた。
誰用なのか知らないが、誰でも喜ぶもの、と指定されたのだ。
「ふふふ、ここがいいんですよ」
「はい! 時間ピッタリです!」
「
「行きますわよ、ヴァイス」
「ほらほら、ヴァイス様!」
「お、おい――ひっぱるな」
よくわからないが、二人は嬉しそうだった。
勢いよく連れていかれた場所は場末の酒場だった。
いや、別にいいんだが、せっかくのクリスマス年越しだ。
久しぶりに高い店でも良かったんだが。
「ここしか貸し切りできなかったんですよね」
「貸し切り? どういう意味だ? シンティア」
「お! 聞こえたと思ったらやっぱりそうか! もう
俺が訪ねた瞬間、勢いよく扉が開く。
そこに立っていたのは、プロテインならぬササミならぬビタミンならるミネラル、いやデュークだ。
ちゃんとクリスマス帽子もかぶっている。
「お前、いつのまに酒場の店主になったんだ?」
「ったく、年越しまで冗談はいいって! ほらほら、寒いから中はいんな! シンティア、リリスも!」
「はい、どうぞヴァイス」
「ヴァイス様、ほらほら」
背中を押されながら、さらに前から筋肉に捕縛されながら足を踏み入れる。
そこにいたのは、まあなんともまあいつもの顔ぶれだ。
アレン隊にセシル隊+トゥーラ。
俺が姿を現した瞬間、全員が嬉しそうにする。みんな律儀に帽子を被ってる。
「なんだこれは……」
「ごめんなさい、ヴァイス。事前に伝えたら断られるかもしれないと思ったので」
「シンティアさんは悪くないんです! 私が、どうしてもヴァイス様に来てほしくて!」
なるほど……。
まあ確かに事前に知っていれば面倒だと断っただろうな。
リリスは、少し申し訳なさそうにしている。
だが――。
「ありがとな」
俺のことを考えてくれていたのだろう。
怒るわけがない。
嬉しいかどうかでいうとまた話は別だが、まあ、たまには賑やかもいいか?
そのとき、扉が勢いよく開いたかと思えば、後ろからむぎゅりと何かやわらかいものに押される。
「――きゃあっ、ご、ごめんなさい! あ、ヴァイスくんっ!」
「エレノア、ちょっと前が見えないわ。んっ、ヴァイも来てたのね。帽子……似合ってるじゃない」
まさかのエレノアとシエラ。
たゆんで挨拶されるとは思わなかった。しかし全員集合すぎるだろ……。
とはいえ、二人は先輩だ。
俺は二人の着ていた上着を預かり、壁にかける。
年上を敬うのは当然だからな。
「ありがとう、ヴァイスくんっ」
「ヴァイ、し、紳士なのね……素敵じゃない……」
シエラの頬がいつもより赤い。
まあ、今日は寒いからな。
店内は木を基調としていて、まあよく見る感じだが、クリスマス仕様になっている。
しかし手作り感が凄い。色々と準備をしていたのだろうか。
まったく、こんな魔物や戦争が絶えない世界でも、こいつらは日々を楽しんでいる。
厄災や魔族もどきのことだってつい最近なのにな。
「ヴァイス君、ピピンのクリスマス帽子似合う?」
「ファンセントくん、バトルユニバースのクリスマス駒が手に入ったの。後でやらない?」
「ヴァ、ヴァイスくん、この杖の装飾、似合うかな?」
「いやあ! みんなでワイワイ騒ぐのは楽しいな! ヴァイス殿!」
俺もたまには……こいつらを見習うか。
「――アレン、デューク、酒だ。今日は年越しまで飲むぞ」
「おお!? ヴァイス、お前わかってんじゃねえか! 勝負だな!」
「僕も、負けないよ」
「あんまり飲みすぎな――ま、今日くらいはいっか。シンティアさん、リリスさん私たちもどう?」
「いいですね、シャリーさん」
「はい! みんなで飲みましょう! 後でプレゼント交換会もしますよ!」
だからさっき俺も用意してほしいと言われたのか……。
ま、いいか。
ったくクソみたいに賑やかだな――ノブレス・オブリージュってやつは。
――――
――
―
ノブレス魔法学園、食堂。
休校中だが、教員たちはみな、遅くまで働いていた。
そしてようやくホッと一息つき、集まってきている。
席に座って豪快に酒を飲んでいたミルクが、気だるそうに大きな声で叫ぶ
「ダリウス、酒が切れたぞ―はやくしてくれー」
「ったく、今持ってくるからまっとけよ……なんであいつも教員に……俺の憩いの時間が……」
「なんか言ったか―?」
「相変わらず地獄耳だな……」
調理場の中に入ることは教員ですらも許されていないが、ダリウスはしめしめと入っていく。
だがどこもかしこも鍵がかっており、封印魔法がかけられていた。
「くっ、まじか……え?」
しかし一つテーブルの上に「教員用」と書かれた酒やつまみが大量に置かれていた。
誰かが作り置きしてくれたものだ。
「おお! 誰か知らんけど、ありがとな!」
豪快にその場で感謝を言いながら席へ戻る。
「おお、筋肉、用意がいいな」
「だろ? ま、置いてあっただけだがな。どうぞ、クロエ先生」
「ありがとうございます。ココ先生も一杯いかがですか?」
「あいにく私は下戸なんですよ。果実ジュースでも頂いておきます」
ミルクは胸元がはだけている私服で、椅子のうえで豪快にあぐらをかている。
クロエは黒スーツのまま静かにお酒を飲み、ココは白衣のようなものを着込みながら片手でジュース飲む。
「今年も終わりですねえ。短い間だったけど、みんな面白い子ばかりで来年が楽しみです」
「ココ先生の授業は生徒からも人気ですしね! オレはいつも試験の時ばかりで、嫌われ役ですよ……ぐすん」
「いつもの泣き上戸でココに絡むな、ダリウス」
「泣いてないし……」
背中をまるめて両手でお酒をちびちびと飲むダリウスに、ミルクが強く厳しく言い伏せる。
ココは、はははと苦笑いしながら、タバコのようなものをまた咥えながら言う。
「しかしここの生徒はみんな規格外ですねえ。私も若い頃に入学してたら、色々変わってたかな」
「最近は特別だと思います。特に、ヴァイス・ファンセントが入学してからは異常です。もちろん、良い意味ですが」
クロエの言葉に、ミルクは誰にも気づかれない程度に笑みを浮かべた。
だがそれに気づいていたのはダリウスだった。
同じように頬を緩めて、酒を飲み干す。
「オレたちにできることは、この荒れた世の中に一人で生きられるくらい強くさせることだ! みんなで、がんばりましょう!」
「既にお前より強そうな生徒もいるがな」
「なんだとぉ!?」
二人が喧嘩をはじめそうになるが、ココとクロエが止める。
ようやく落ち着いてから、ココが言う。
「もしかしてエヴァ・エイブリーですか? 確かに驚きました。何者ですか? あの子」
「わからん。この世界に存在する生物の中でも異質だよ。彼女が温厚なのがせめての救いだ」
「私もエヴァ・エイブリーが怒った所は見たことがありません。まあ、怒らせるほどの相手がいないとも言うべきでしょうけど」
「まあ、エヴァはまだしも、ヴァイスもアレンもみんなまだ至らぬところがある! みんなでがんばりましょう!」
「お前が教えられるものは暑苦しい叫び声くらいだろう。それに同じことを二回言うな」
「なんだとてめぇミルク!?」
「ほんと、二人は仲良いよねえ」
「同感です。私も見ていて飽きません」
――――
――
―
ノブレスより北、遥か北、雪だらけの小さな街に空から降り立ったのは、銀髪で乳白色の女性、エヴァ・エイブリーだった。
「さあて、噂は本当かな」
街は年越しだというのに、この街は閑散としていた。
その理由は、
あがりをすべて奪い、街を食い尽くすほどの悪党で、仲間も多い。
「がはは! 騒げ歌え! ――あ?」
そのとき、酒場の扉を開けたのはエヴァだ。
「キングっている?」
「なんだぁ? どこのどいつだあ?」
「二度同じこと言うの嫌いなのよねえ。キングってだれ?」
「オレだよ、オレ。なんだお前どこのまわしも――ギャアッアアっ」
次の瞬間、男の右腕がはじけて飛び散る。
周囲の仲間たちは返り血を浴びて騒ぎ出す。
テーブルがひっく返りると、途端に酒場が地獄絵図となる。
キングはそのまま必死に逃げようとしたが、エヴァに背中を踏まれる。
「はあ……ま、あり得ないと思ってたけど。名前が悪かったわねえ」
「な、なんだ、お前は……なんで俺を――」
「おやすみ」
そしてキングと名乗った男は、この世から消えた。
エヴァは空いている席に腰を掛けると、給仕に声をかけた。
「飲み物もらえるかしら? お酒一杯と
「ひ、ひ、は、はい」
怯えた給仕が急いで出すと、エヴァはいつもは見せない悲し気な瞳のまま、二杯のメロメロンに一人で乾杯をした。
「カンパイ。――
それから数時間後、世界各地でカウントダウンが響き、次の年を迎えた。
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