109 レベルアップ

 ノブレス・オブリージュは剣と魔法の世界だ。


 それぞれが得意技を押し付け合い、最後に上回ったものが勝者となる。

 だが強い弱いってのは、一概に言えるものじゃない。


 たとえばセシルとシンティアがまともに戦えば、十中八九、シンティアが勝つだろう。

 しかしそれがもし、何かを守る戦いだったり、チーム戦なら話は変わってくる。


 また、単純な相性ってのもある。


 カルタは圧倒的な空の領域アドバンテージを持つ。

 そしてトゥーラは、すでにノブレスの試験でも好成績を収めているが、カルタのような相手が苦手だ。


 得意の斬撃がカルタに届くころには威力が著しく低くなる。


 だが室内戦や遭遇戦だと、カルタがトゥーラに勝てる可能性は限りなく低いだろう。

 

 そして魔法は、さらにそれを複雑化させる要素の一つだ。


 俺の不可侵領域バリアがそれに近いかもしれない。


 知られていても有効な上に、もし知らない相手ならそれだけで勝利を勝ち取る強さを持つ。


 そして俺は、ついに次の属性を決めた。

 どれも使うことはできるが、重点的に練習するほうが効率がいい。


 授業が終わって地下訓練室、俺は、彼女・・を呼び出していた。


「悪いな、授業終わりに」

「問題ない。それより、私と二人きりで大丈夫なのか?」

「ああ、ちゃんと許可はとってるよ。――トゥーラ・・・・


 シンティアとトゥーラは既に和解? している。

 まあ、やきもちを焼くシンティアも可愛いが。


「それで、話というのは私ののことだろう」

「はっ、その通りだ」


 やはり俺は、剣術においてもっとも相性がいいとされる風の完全習得を目指すことに決めた。

 飛行魔法を練習していたのでそれを利用できる上に、剣との相性は抜群に良い。


 爆発的な火力を上げる為に火、防御を高める為に水、地の利を生かした地属性も悪くないが、俺の強みは閃光タイムラプスを駆使した戦闘だ。

 それを生かすのがまずは最優先だと考えた。


「ああ、だがもちろんタダとは言わない。俺から与えられるものなら、何でも言ってくれ」


 みんなそれぞれ研鑽している。他人を強くする為に時間を使うなら、対価を差し出すのが筋だ。

 カルタの時もそうだったが、これが普通だろう。


 トゥーラは少し悩んだ後――。


「……なら、不自然な壁アンナチュラルを教えてくれ。私は魔力がそこまでない上に属性も風のみだが、何とか扱えるようになれば、攻撃の幅も広がるはずだ」

「わかった。だがあれはかなり特殊な技だ。おそらくだが、お前が使えるようになるのに時間がかかる。それに習得できたとしても、何回も出せないと思うが」

「それでも構わない。私ならその数回をうまく使える・・・・」


 自信満々に言い切るトゥーラに、思わず笑みがこぼれた。

 原作で彼女の弱点は地上戦に特化していることと、防御術式が苦手なことだ。

 だがもし不自然な壁アンナチュラルが数回でも使えるようになれば、話が変わってくるかもしれない。


 ライバルを強くするのはどうかと思うが、その分、俺も得るものがある。


「それではどこだ? 私の技の肝だ。見当たらないようだが」

「ああ、魔法で創る・・。俺なら問題ない」

「相変わらず規格外だな……。まあいい、ならまずは風と剣の術式の合わせ方を――」


 俺はもっと強くなる。

 だがそう思ってるのは俺だけじゃないだろう。


 全員が試験を終えてから色々と考えている。


 魔族もどきの話も聞いているはずだ。

 これからさらに強くなるに違いない。


 まあそれが、楽しみだがな。


    ◇


「リリス、もう終わるか?」

「いえ……デュークさん。私は、まだまだやれます!」


 ノブレス市街地A、廃墟の室内で、リリスは得意のナイフを封じ、魔力を漲らせて肉弾戦をデュークに挑んでいた。

 身体中があざだらけになりながらも、立ち上がると、ふたたび戦闘態勢を取る。


「悪いな。俺は手加減が苦手なんだ」

「いえ、ありがたいです」


 リリスはわかっていた。自分の攻撃が勝利の決定打にならないことに。

 このままではヴァイスの足手まといになる。


 自分に足りないものを得ようと、デュークに声をかけた。

 しかしデュークもまた同じことを考えていた。


 魔法が苦手な自分は、これから先、置いて行かれる可能性が高い。


 ならばもっと、強くなる必要があると。


 リリスは何度もデューク叩きのめされるが、そのたびに立ち上がる。

 最後は回復魔法で身体を癒し、そして――。


「大丈夫か? リリス」

「……問題ありません。次は、私が教える番ですね。きっと、デュークさんなら扱えるようになりますよ」

「はっ、ありがてぇ」


 リリスは、高速移動魔法の術式をデュークに指南していた。

 それを腕から拳に付与することで、少しでも速度を上げる。


「――なるほどな」


 いつもより早い攻撃を放ったデュークは、嬉しそうに笑った。


   ◇


 ガリアル山の魔の森、アレンが大勢の魔物の攻撃を回避し続けていた。


「グルルル、ガウァ!」

「フゥ――フゥ――」


 そして、それを見ていたのはオリン。


「そこで術式を構築して、付与!」

「わかった――」


 アレンの手のひらが光り輝き、一体の魔馬の額に当たる。

 二秒ほど制止した後――しかしまた暴れだす。


「――ダメか」


 それを何度も繰り返していた。


「はあはあ……使役って難しいな。ヴァイスは一発で成功させたんでしょ? それもデーモンを」

「ヴァイス君は凄すぎるよ……。でも、アレン君も凄いと思う。術式もほぼ完ぺきに近いし、後は魔物の心を理解することだと思う。――それが難しいと思うけど……」


 オリンは、アレンの境遇を知っている。

 魔物を心から憎んでいるアレンにとって使役は難易度が高い。だがそれでも、アレンは不可能を可能にしようとしていた。


「もっと強くなりたいんだ。でも、オリンも凄いよ。ねえ、カルタさん」

「うん! それだけ長時間飛べる・・・のは凄いと思う。私も、凄く時間がかかったし」


 オリンは、数メートル以上、箒の上に乗って空を飛んでいた。

 固定し、維持する。魔物を扱うオリンにとって一番の弱点は敵から攻撃を受けること。


 それを回避しようとしていた。


 そのとき、森から魔狼が現れる。

 その数は、一体、二体と増えていく。


 合計、七体が、アレンたちを取り囲む。


 だが、誰も怯えてはいなかった。


「私も――皆に負けないように頑張る」


 カルタは、魔狼に向かって右手をかざす。

 次の瞬間、魔力砲を放つ――。


 しかしそれは途中ではじけるように分かれて、それぞれの魔狼に直撃した。


「――一匹だけ逃した。――でも」

 

 一体の魔狼に回避されるものの、カルタは魔力砲を遠距離から操作し、後ろから追尾するかのように――直撃させた。


「――よし」

「凄いねカルタさん。追尾魔法のコツをもう掴んだの?」

「オリンさんに魔物の行動と、アレンくんに属性の癖みたいなのを教えてもらったからだよ。だから、人間相手はまだまだ」

「それでも凄すぎるけどね……空から放たれる魔力砲が追尾だなんて、考えたくもないよ」

「ふふふ、当たるまで撃っちゃうから!」


    ◇


 市街地B、廃墟が立ち並ぶ真ん中で、セシルが駆けていた。


 次の瞬間、地面が地震のように動いたかと思えば、泥に変わる。

 セシルはそのまま足を取られ、同時に土から魔力糸が放たれた。


「凄いわね。――でも」


 だがセシルは、構築術式の剣で魔力糸を破壊。

 さらに脚力で無理やり泥を脱出。


 そして視界の先、シャリーに向かって駆け、セシルは剣を振りかぶる――。


「取った――」


 しかし当たったかと思えば、シャリーは水となり音を立てて地面を濡らす。

 その瞬間、後ろから飛んできたシャリーが、セシルの首を狙う――。


「偽物よ――」

「――わかってたわよ」


 だが、セシルは、シエラが見せた足技のようにシャリーの後ろ足で防ぎ、体操選手のようにくるりと回転し、のど元に剣を当てた。


「負けたぁ……」

「ふふふ、でも、これでようやくお互い様じゃない」

「地の利があるのに引き分けは、私の負けだよ」

「そんなことないわ。私は長時間戦えないしね。でも、罠を貼るならもう少し工夫したほうがいいかな。ちょっとわかりやすすぎるわ。たとえば、シャリーさんの水擬態魔法を逆手に取って、地面に泥沼を設置しておけばいいんじゃないかな。それなら、罠にかかった場合、二重で攻撃できるし」

「なるほど……そこまで読むのか……」

「私にも罠のこと教えてもらっていいかな? シャリーさんほどの大きいのは作れないけど、小さいのでもあれば、戦闘を有利に運べると思うし」

「もちろん! ええとね、術式には実はコツがあって――」


    ◇


「……ふう……」


 そしてシンティアは、自室、うずたかく積まれた書物の机の間でただひたすらに勉学に励んでいた。


 どれもが最上級魔法の術式であり、トップクラスの成績を誇るセシルですら難読のものだ。

 そこには、ありとあらゆる回復魔法や人体について書かれている。


 単純な怪我と違って、人体に損傷が及ぶ深い傷は、現代における医者同様の知識が必要とされる。


 シンティアは、ヴァイスの為に何があってもいいように日々の勉強をかかしていない。

 これから起こりうるかもしれない未来、どんなことにも対応できるように。


「……なるほど、西洋の術式ではこれが回復の基礎なのですね。私の氷なら……止血しながらできるはず……」


 それぞれの想いを胸に、ノブレス下級生の面々は、次の年を迎えようとしていた。

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