107 原作改変

 一番近くで戦っていたのは、トゥーラだった。


 彼女の得意技は居合術。

 だが原作で最強だと言われていたのは、基本的に1vs1の話だ。


 ゲームである以上、キャラクターに弱点が付いているのは不思議じゃない。

 この世界は現実だが、なぜかそのあたりを受け継いでいるので仕方がないとも思える。


 視界の先では、兵士の一人の上半身と下半身が真っ二つに分かれて倒れていた。

 

 容赦のないところは、さすがこの世界の住人だ。

 だがその後に攻められたのだろう。


 トゥーラが今相手をしているのは三人、そのどれもが剣使いらしく、圧倒的な手数でトゥーラを追い詰めていた。


 防戦一方だ。しかしそれでもやられていないのは、流石というべきか。


 ちなみに今は閃光タイムラプスを使用している。


 世界が遅く視えるという利点以外にも、時間がゆっくり流れている中で、思考だけは可能だ。

 俺が今まで強敵を倒してこれたのも、間違いなくこれのおかげだろう。


 このまま加勢してもいいが、トゥーラと敵が近すぎる。


 俺に気づいたときのほんの些細な動揺から最悪の結果になることは避けたい。


 ――デビ。


 頭の中でイメージを描く。


 オリンは言っていた。使役は、もう一人の自分だと。


 ――イメージしろ。


「――ハァアッ!」


 トゥーラが剣を切り返して、敵との距離がほんの少しだけ開く。

 その瞬間、俺――いやデビは空から彼女の全身を防御シールドで覆う。


「――!?」


 驚くトゥーラにまだ声はかけず、次は俺自身が地面に手を翳す。

 使用してなくても、他属性の基礎練習は欠かしていない。


 さらについ最近、シャリーのを見た後だ。


 俺なら――できる。


泥沼マディ


 地属性の魔力を地面に染み込ませると、波のように盛り上がり、徐々に土が液体化していく。

 するとあたり一面が、まるで底なし沼のようになった。


「な、なんだこれ!?」

「落ち着け、魔法だ!」


 兵士たちが怯えながら足元をふらつかせる。

 トゥーラの地面には不自然な壁アンナチュラルを設置している。


 その瞬間、トゥーラの防御シールドを解除。

 ただそれだけだが、彼女は気づいたらしい。


 ふたたび剣を鞘に戻すと、精神を統一する。


「お、おい! 来るぞ!」

「クソ、防御シールド

「ちくしょう、足が――」


 慌てて兵士たちは魔法を詠唱する。魔族もどきになっているのにやはり自我がある。

 理由はわからないが、対応力が段違いだ。


 しかしその程度で、トゥーラの攻撃は防げない。


「――ハァアアッ!」


 トゥーラの鞘が微かに光る。

 次の瞬間、見えない斬撃が兵士に向かって飛んでいく。


 次の瞬間、身体がズレ・・たかと思えば、ぼたりと胴体が落ちる。


 流石の威力だ。俺も見習わないといけない。

 

 トゥーラはそのまま額の汗をぬぐうが、腕に怪我を負ったらしく、血を流していた。

 俺は急いで駆け寄る。


「大丈夫か?」

「助太刀感謝する。すまない、未熟だった」

「気にするな。怪我は深いか?」

「問題ない、といいたいところだが、最後の攻撃でかなりの魔力を使用した。回復に充てるが、おそらく足手まといになるだろう」


 強者ほど自己分析が早い。

 カッコつけて味方に迷惑をかけるより、ハッキリといってもらったほうがいい。


「わかった。ある程度治るまでここにいろ。俺は魔力を辿っていく。無理はするなよ」

「ああ、ありがとうヴァイス」


 俺はその場から去る。

 しかしあのトゥーラが怪我を負うほどの相手だ。

 これからも油断はできない。


 だがそんな俺の不安を払拭してくれたのは、シエラだった。


「――さよなら」

「ち、ちくしょぉぁぉぁっああ――」


 死神の鎌デスサイズをぶんっと振って、兵士の首を落とす瞬間を目撃する。


 その異質な魔力は、俺と戦ったときよりも遥かに強く思えた。


 わかっていたことだが、この世界は死に対して容赦がない。

 これがノブレス・オブリージュだが。


「ふう……。ヴァイ! 大丈夫だったのね。ほかのみんなは?」

「今のところ見かけたのはトゥーラだけです。怪我をしてましたが、問題はなさそうです」

「わかった。二人の魔力、感じないのよね」


 俺も観察眼ダークアイで魔力を感じられたのは、トゥーラとシエラだけだ。

 遠くまで転移させられたか、もしくは結界魔法で封じられているか。


 以前、俺がデビを使役したときと同じだ。

 そういう魔法に長けているやつも、原作では出てくる。

 あのミカとかいうやつならありえるだろう。


「遠くまで転移されることはないと思う。おそらく近くだわ。まずは崖に戻ってみましょう。ヴァイ、強い敵がいたら、私をエサにしてでも逃げなさい」

「そんなことはしな――」

「先輩からの命令よ」


 シエラのその目、その声は、俺が今まで聞いたことがないほど真剣だった。

 俺はそのとき、ウィッチ姉妹の境遇を思い出す。


 原作を知っているのはいいことばかりじゃない。


 今シエラとエレノアが笑顔で会話をしているのをみると、まるで奇跡だ。


 だがそれは他人の秘密を勝手に知っているようなもので、気分はよくない。


「……わかりました。けど、勝てないと思ったらですよ」


 そして俺たちは駆ける。


 見つからない場合はどうしようと思っていたが、それは杞憂だった。


 俺たちはやはり崖上の森に転移されていたらしい。

 崖下には、エヴァの姿があった。魔力を感じないのは、この崖一体の魔力が乱れているからだ。


「それで終わり?」

「ひ、ひ、や、や、やめてくれえええ」


 地面には細切れになった元兵士とおもわれる肉片が飛び散っていた。

 最後の一人と思われる兵士が、歯をガクガクと震わせている。どうやら腰が抜けたらしく、立てないみたいだ。

 エヴァは、ゆっくりと歩み寄っていく。


「さようなら。――まあでも、それなりに楽しかったわよ」


 次の瞬間、天から何か黒い塊が注いだかと思えば、ぐしゃり、と鈍い音を立てて男はこの世から消えた。大量の血だけを残して。

 地面にはまるで鉄球が押しつぶされたかのような痕が残っている。


 これが、原作でも明かされていなかったエヴァの魔法か。


「見惚れてないで降りるわよ」


 シエラの後に続いて、崖下に飛び降りる。

 飛行魔法を使いながら、重力に逆らい続けることで、落下の衝撃を和らげる。


「あら、おかえりなさい。そっちはどうでしたか?」

「まあまあね。ミルク先生は?」


 すると、エヴァが指を差す。

 そこには四角い空間、いや透明な空間ができていた。


 それもかなり巨大だ。


 間違いない亜空間・・・だ。


 俺は、エヴァに訪ねる。


「ここにミルク先生が?」

「多分ねえ。破壊してもいいけれど、危険なのよねえ」


 エヴァの言葉通り、結界の解除ってのは正しい手順を踏まないと危険だ。

 俺の閃光タイムラプスで切れるだろうが、無理やりに断裂すると術式が爆発する可能性もある。


 だがそんなのは原作で後半の話だ。

 序盤でそんな訳の分からないチートみたいな魔法、主人公が勝てるわけがない。


 しかしエヴァはそれを知っていて、更に敵もそれが使える。

 一番の問題は、魔力を感じられないことだ。

 中を見られる場合もあるが、今は拒絶された空間の中。


 見守るべきか、それとも強引に切るべきか。


「大丈夫よ」


 エヴァが俺の心配に気づいたそのとき、トゥーラが上から降りてくる。

 飛行魔法は不得意なのだろう。勢いよく地に着地した。一応、魔力は漲らせていたみたいだが。


「先生は?」

「あれだ」


 俺が彼女に説明するとほぼ同時に、結界に断裂が走る。

 シエラが鎌を構え、俺やトゥーラもそれに続く。


 すると、電気が走ったかのように空間がビリリとなり、ミルク先生とブルが姿を現す。

 地面には、ミカと呼ばれた女が倒れていた。いや、おそらく死んでいる。


 そしてブルは、二刀の短剣を必死でミルク先生に振っていた。

 俺から見ても圧倒的な速度だ。だがそれを全て寸前で避けきっている。

 返り血を浴びているが、それも全部相手のだろう。


「クソ、何であたらねぇえんだてめぇ!」

「――お前が練習不足なだけだ」


 次の瞬間、ミルク先生は心臓を刺殺。

 だがブルはすぐには死ななかった。


「……クソが、もう少しだったのによお……」


 最後に自爆しそうになったところを、エヴァが手をかざし、ぐちゅりと地面に叩きつけてこの世から消した。


「エヴァ、やりすぎだ」

「うふふ、念のためですよ」

「ミルク先生、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。――こいつらが魔族もどきか」


 ミルク先生が、ブルの跡形もない血だまりをみて呟く。そういえば、対峙するのは初めてなのか。

 無事だったことに内心ホッとしつつも、物語が進んでいる複雑な気持ちを覚えた。


 だがこれで全滅したはずだ。魔力は感じない。

 エヴァは、いつもの平常心でミルク先生に訪ねる。


「どうでしたか? 先生。私も戦いたかったなあ」

「……面倒だったな。結界内で私の攻撃が男には通らなかった。特殊な術式だろう」


 ミルク先生は、剣を左右に切り払って血を振り払う。

 そのままで完全には拭き取れないので、この世界では少しだけ魔力を漲らせ、すべるようにする。


「――死人が、生き返る……か」


 そしてミルク先生は、最後に意味深なことを呟いた。


 その後、後発組の冒険者が現れて事の顛末を話した。

 倒れていたのは、全員、先遣隊の冒険者だった。だがそのうちの一人の女性が、アリア魔法学園の人たちを避難させていたらしく、誰にも怪我はなかった。


「そうですか。全員死んでましたか……でも、ありがとうございます。最後に任務が完了できたのは、あなた達のおかげです」


 パーティーメンバーが全員死んだことを告げたとき、その女性は悲し気だった。

 俺はノブレス学園しか知らない。だが大勢の人生がある。それを強く感じた。


 俺たちは魔族もどきを倒したことで、後日討伐金とランク査定が行われるらしい。

 まあ、誰もそんなのに興味はなさそうだったが。


 アリア魔法学園が狙われた理由は、結局わからなかった。

 誰一人として秘密を話すことなく、そして死んでいった。

 だが不思議なことに、生徒たち、そして教員は襲われた記憶がなかったとのことだ。

 それが関係していることは間違いないだろう。

 ミルク先生たちに、なぜ従わない者たちディスオベイとわかったのか訪ねられたらが、たまたま兵士の恰好を歴史の書物で見たと伝えておいた。

 かなり疑われたが、まあ大丈夫だろう。


 自我を持つ魔族もどき、そして死んでいたはず兵士が生き返ったことは、すぐに周知された。

 驚いたのは、他国でも同じような目撃情報があったとのことだ。

 だがやはり何も言わずに自爆したらしい。


 結局はわからないことだらけ。

 ゲームと違って、現実世界の謎は簡単に解けないということだ。


 だが俺が思うに、これは魔族による実験なんじゃないかと考えていた。


 厄災で俺に声を掛けて来た魔族の言葉からすると、何かしらの目的をもっている。


 無差別な悪意ってやつは強い。


 なぜなら、全てが先手で行えるからだ。

 突然巻き起こる災害を防ぐことは難しい。


 だからこそもっと、俺は強くならなきゃいけない。


 強制転移されたのがもしリリスやシンティアだったら、俺は冷静でいられなかったかもしれない。


 だが決して弱気になるのではなく、前を向く。


 俺の力は通用していた。今できることは、もっと強くなることだ。

 それが、俺の破滅回避への一番の近道なのは間違いない。


「じゃあなトゥーラ、気をつけろよ」

「……ああ、ありがとう。色々とその……嬉しかった。誰かに助けられたのは、はじめてなんだ」

 

 原作でトゥーラは学園で孤立していたと書かれていた。

 セシルもそうだが、強すぎるのは妬みになる世界だ。


 仕方ないのいだろう。


 しかし改変に次ぐ改変。


 俺の知っているノブレスはもうどこにもないのだろう。


 これからは、未知の世界で戦うことになる。


 それを覚悟しなきゃならないな。


「じゃあなトゥーラ」


 彼女ともう会うことはないだろう。

 だがそれでいい。

 

 原作通りノブレスに来ると、否が応でも面倒ごとに巻き込まるだろうからな。




「授業の前に転入生を紹介します」


 ノブレスに戻ってきて数週間後、いつもの座学の前、クロエ先生が、淡々と言った。


 なぜか既視感がある。


 おかしい、おかしいぞ。

 なんで俺は、この場面・・を覚えているんだ?


 ノブレス学園では、特別に才能がある場合、特例として転入が認められる。

 もちろん生半可な腕じゃ不可能だ。通常の試験よりも遥かに高水準のテストに合格した場合のみに限る。


 さらに教員からの推薦も必須。


 そして――。


「トゥーラ・エニツィだ。デュラン剣術魔法学校から来た。魔法はあまり得意ではないが、これから精進・・してきたいと思う」


 ……え?


「それじゃあトゥーラさん、ヴァイスくんの横に。――ヴァイスさん、ミルク先生・・・・・からもよろしくと言われておりますので、是非色々と教えてあげてくださいね」

 

 いつものたように淡々と話しを進めるクロエ先生。

 俺の隣には、シンティアがいる。


 ちなみに、怖くて顔は見れない。


 魔族もどきについては話したが、トゥーラのことは少ししか話していない。

 もちろん、校内を案内してもらったことなんて言っていない。


「おお、ヴァイス殿! 同じクラスなのか。こんな運命的な出会いがあるとは思わなかった。あの時はありがとう」

「あ、ああ……気にするな……」


 なぜだ。なぜここへ。アレンの奴は親睦会へ行っていないのに。


「それにしても、ノブレスは凄いな! デュランもいいが、自室が広くて良かった。ヴァイスも知っているだろうが、私の部屋・・は少しせまかったからな。――いや、その話はいいか。ひとまずよろしく」


 最高の情報をおそらくシンティアにプレゼントした後、トゥーラはニコニコ笑顔で俺の右隣に座る。

 左側から冷気を感じるのは気のせいだろうか。


ヴァイス・・・・

「……はい」


 おそるおそる顔を向けると、いつもの百倍は綺麗な笑顔だった。


「親睦会とは、そういうものだったんですね。そういえばあまり語ってくれないと思っていましたが、なにやら楽し気だったようで」

「……いや、違う。色々と理由があってな」

「理由ですか、そうですか」


 クソ、これもすべてアレンのせいだ。

 あいつがもっと主人公主人公していれば……。


「シンティア、後で話し――」


 すると、シンティアは俺の言葉を遮り、トゥーラに手を伸ばしていた。

 拳――いや、握手だ。


「どうも、ヴァイスの婚約者・・・です。よろしく」

「おお! あなたが! よろしく! トゥーラだ! こんなお綺麗な方とは!」


 なぜ、なぜシンティアは!?


「……友を近くに置け、敵はもっと近くに置け……」


 そして俺は、シンティアがそう呟いているのに気づく。


 原作では、アレンがたびたびシンティアに凍らされるというラブコメ的なエンドがある。

 そのたびに絶対零度で呼吸ができないから普通死ぬだろ。と書かれていた。


 ……この世界は現実だ。


 ……そ、そんなことしないよな?


 ……死ぬぞ?


 授業中、ずっと左側から冷気を感じるのだった。


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