106 戦闘

 エヴァが放った見えない攻撃は、従わない者たちディスオベイの警戒を最高レベルに引き上げたらしい。


 ニヤケ面だった男、ブルは腰から短刀二本取り出すと、両手で構える。

 その横には、ミルク先生とトゥーラの見えない斬撃に気づき助けたミカが魔力を漲らせていた。


 周りの元兵士と思われる奴らも、よろめきながら立ち上がっていく。

 ミハエルですらも悶絶していたエヴァの攻撃だが、防御耐性が高いのだろう。


 血と暴力、救いのない過去の世界で生きていた元兵士。

 さらにそれを楽しみ、適応していた奴ら。


 間違いなく今まで一番の敵だ。油断する隙間もない。


 魔法が厄介なのは、反撃術式があることだ。


 カウンターのように、あえて攻撃を受けることで発動する限定魔法がある。


 基本的に先手が有利なのは間違いないが、魔族もどきは固有能力が進化している。

 それもあるからだろう。ミルク先生は様子をうかがっていた。


 これだけ人数だ。特に能力は個々の性格に依存する。

 隠蔽魔法を使える奴がいたということは、その可能性も非常に高い。


 だがそのとき、敵兵士の一人が、何かを詠唱した。


 俺たちは四方を囲むように剣を構えている。


 この面子なら誰一人として崩れることはないだろうと思っていた。


 だが――。


「転移魔法――」


 地面が、煌びやかに白く光る。

 あらかじめ術式を付与していたのだろう。


 だが俺たち五人の合計魔力は膨大だ。

 大した距離を移動させることはできない。


 転移先に罠を仕掛けているか、もしくはその間に逃げるつもりか。


 白い光に包まれた後――俺は、一人で森の中に立っていた。


 おそらくさっきいた場所の上だ。

 観察眼ダークアイを使用すると、すぐ近くに魔力を感じる。


 俺だけ飛ばされたのか、それとも全員が散り散りになったのかはわからない。


 だがやはりそう遠くない。


 しかしもしそうだとしたら、俺たちを移動させるなんてすごい転移だ。

 とはいえ従者は魔力が底をつきて使い物にならなくなったはず。


 それ以上に俺たちをバラけさせるのに、それだけの価値があると踏んだ。


 俺はすぐに駆けようとした。まずは一番近い魔力、おそらく彼女・・の元へ。


 しかしその瞬間、左右の木々から二人の男が現れ、剣を振ってきた。

 閃光タイムラプスを発動し、攻撃を回避する。


 間髪入れず、一人の男に狙いを定め、心臓に突き刺そうとした――。


 しかし、俺の剣が、身体を避けるようになぜか逸れていく。

 寸前で回避できた男は、驚きながら下がる。


「やるじゃねえか、ガキ」

「おい、油断するなよ」


 木々の上から感じる魔力に視線を向けると、三人目の兵士が俺に向かって手を翳していた。


 何をしたのかわからない。おそらく奴の能力・・か。


「せっかく生き返った・・・・・んだ。楽しませてくれよ、ガキ!」


 そして二人の兵士が、ふたたび俺に向かってくる。

 木々の上にいる男は、俺に向かって手のひらをかざし、魔力を漲らせた。


「――魔法防御マジックシールド


 俺は術式を詠唱する。だがそれとは関係なく貫通しているのか、身体が何者かに捕まれたかのように動かなくなる。


 そのとき、地面から微かに魔力を感じた。シャリーの罠の付与と似ている。

 なるほど、手のひらをかざしているのは俺にではなく、地面に対してか。


 しかし俺は安堵していた。


 動きを止めてわざわざ向かってくるってことは、反撃魔法の使い手ではないってことだ。


「終わりだ!」

「死ね、ガキ!」


 二本の剣が俺に触れる――。


「――デビ!」


 俺は、すでに放出しているデビに叫んだ。

 授業中、睡眠時、常にデビを召喚し続けている。


 デビはいつも攻撃魔法を放っているが、それは攻撃が一番大事だったからだ。

 それをデビもわかっている。


 そして今、重要なのは――。


「――ああ、それだ」


 デビは、空から地面に向かって魔法解除アンチマジックを詠唱した。

 奪われていた身体の自由が取り戻されると、一人の男に狙いを定める。


 魔族もどきが厄介なのは、痛みを感じにくいということだ。


 手足を切るぐらいでは意味がない。


 意識を断ち切るには、を破壊しなければならない。


 俺は、一切の躊躇もなく心臓を――刺殺。突き破る勢いで魔法剣デュアルソードで一撃を与えた。


 グシャリと肉が飛び散り、骨にぶち当たった後、心臓に到達したのが感触でわかる。


「あぁったあ――ぁぁっあぁあ!!!」


 それでも即死することもなく、ぶんぶんと剣を振る。

 だが口から血を吐いた後、男から魔力が消えうせて倒れこみ。身体を痙攣させて死んだ。


 それ見た残りの二人は、怯えた表情を浮かべる。


 ああこいつらにも、恐怖は残ってるのか。


「かかってこい魔族もどき偽物、本当の悪ってものを教えてやる」


 その瞬間、男の悲鳴が聞こえた。

 同時に、よく知っている魔力が爆発的に上昇、悪意のある魔力だけが費えた。


 はっ、頼れる仲間がいるってのは、悪くないな。


「ク、クソ、クソクソクソ!」


 それに気づいたのか、男が無防備に前へ出る。

 冷静さを失ったのだろう。


 尋問するなら木々の上にいる奴だけでいいか。


 こいつは――殺す。


 無防備な心臓に一撃――刺殺。


 ――ガキンッ!


 だが驚いたことに、俺の剣が男に触れた瞬間、まるで鉄のような音が響いた。


 こいつの魔法は――硬質化か。


 その隙に俺の首を狙うが、不可侵領域バリアに阻まれる。


「クソ、ズルじゃねえか!」

「そうか?」


 男は距離を取り、様子を伺いはじめる。

 今ので冷静さを取り戻し、警戒しているのだろう。

 

 先に閃光タイムラプスで術式を破壊する必要がある。


 おそらくデュークのような力だろう。

 しかし生前から進化したとはいえ、俺の魔法剣を皮膚で受け止めるとはなかなかだ。


「デビ、そいつは任せたぞ」


 デビは、木々の上にいた男と戦っていた。

 右手には変化した剣、左手には、俺が与えたがある。


 以前練習している時に、デビも扱えることがわかったのだ。

 俺よりもデビが持っている方が使い勝手がいい。実際、魔力乱流アンルートを使えることも確認した。


 神経を研ぎ澄ませる。


 さっきと同じ攻撃では同じように防がれるだろう。

 術式を破壊し、攻撃を与える。


 近づいて切ってもいいが、まだ何か隠し持っている可能性がある。


 しかし俺は思い出していた。


 トゥーラとの闘いを。


 ――お前は、俺の練習台だ。


 その場で剣を構える。

 俺は、風属性を剣に付与をした。それも、術式を破壊する魔法を融合させている。


 ――その場で思い切り剣を振る。


 次の瞬間、空気を切り裂く視えない斬撃が、男に向かっていく。


 だが魔力で気づいたのだろう。

 

 男は両手をまるで盾のように前に出す。


 魔法はイメージの世界だ。そのほうが硬質化を想像しやすいのだろう。


 しかし、それはただの斬撃じゃない――。


「な――」


 男の指が、俺の見えない斬撃で真っ二つに切れる。

 これは単純な遠距離攻撃ではなく、魔法斬撃だ。


 更に術式をも切断している。


 そのまま男の目にぶちあたると、真っ二つ――とまではいかないが、血を吹き出して咄嗟に目を手で覆う。


「ギャアアアッアアア」


 同時に距離を詰めていた。


 頭部ごと切断したかったが、まだまだ発展途上だ。

 だが使い勝手は凄まじくいい。


 そして俺は心臓を一突き、次は、深く、そして貫通した。


 だがまだ終わってない。


 不自然な壁アンナチュラルを詠唱し、その上に高速移動魔法を展開。

 

 飛び出すように距離を詰め、デビと戦っていた支援役の両腕を切る。


「ぐぁあっああっっ!」

「――ふう、デビ。よくやった」

「デビビ!」


 だがそいつは、やはり腕を切られても、大量に血を流しても痛みに耐えて生きている。

 俺は、男の首に剣を当てる。


「アリア魔法学園の生徒は? 狙いはなんだ?」

「ひ、あはひっはははっははははは!」


 しかし次の瞬間――そいつは、かつての魔族もどきのように爆破魔法を唱えた。

 それも、自分の魔力を使って――。


「デビビ!」

「――防御シールド


 砂埃が消えると、周囲の木々が破壊されていた。


 デビも自分の身は自分で守っていたらしく、防御魔法を展開していた。

 こいつも日々進化してやがるな。


 しかしとんでもない連中だ。

 

 何よりも手の内が分からない戦闘は、難易度が格段に跳ね上がる。

 試験とはまったく違う。


 何をするのか、何をされるのか、冷静な分析を瞬時に叩き出し、相手を上回る必要がある。

 それが失敗すれば、待っているのは死だ。


 これが、本当の戦闘か。


 だが俺の力は通用している。

 今までの努力が、実を結んでいることは間違いない。


「デビビッ!」

「ああ、わかってる。――急ぐぞ」


 だが俺は、勝者の余韻に浸ることなく、次なる魔力に向けて足を動かした。




 



 


 

 

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