104 中止

 続いて俺は食堂を案内してもらっていた。

 ノブレスより広くもなく、木を基調としているので新しくは見えなかったが、あんみつや団子など、和風のものがあって羨ましかった。

 いや、というか――。


「美味いなこの団子……」

「私のお気に入りだ。後、見せていないのは、生徒の部屋ぐらいかな?」


 すぐに食べられるとのことだったので、頂いていた。

 モチモチしていて食感がいい。ノブレスでも置いてくれないだろうか。


 地下の訓練室はさほど変わらなかった。まあ戦うだけだろうし、大きく変わることはないだろう。


 俺が食べ終わったタイミングで、トゥーラが暖かいお茶を持ってきてくれた。

 もちろん、湯飲みだ。


「どうぞ、これもおすすめだ」

「ありがとう」

 

 ごくりと一口。

 ほどよい温かみが、のどを通って胃にストンと落ちる。


「結構なお手前で」

「はは、私が作ったわけじゃないが喜んでもらえてよかった」


 満面の笑みのトゥーラ。

 冒頭の狼藉者呼ばわりは一体なんだったんだ。

 

 もしかしてこいつも……チョロインなのか?


「わ、私の顔に何か付いてるのか?」

「……何でもない。――それより、聞きたいんだが、もしかしてトゥーラの属性は風か? 嫌なら言わなくても構わない」


 原作で属性を明かされていない奴は多い。

 そのほうが考察が捗るからだろう。


 だが俺は実際にこの目で見た。あの技、あの術式、たゆまぬ努力だとわかった。


「その通りだ。ヴァイス殿は……闇か? いや光にも見えたような……」

「ああ、といっても主に使ってるのがそれだが、光も使える。まあ、残りの四属性も」

「……え? 四属性って、火水風地? 闇と光も?」

「そうだ」


 するとトゥーラは、きょとんとしていた。

 本当に美人だな。

 しかしすぐに大笑いしはじめる。


 その後、涙をぬぐう仕草をしながら口を開く。


「あっははは、規格外だな。さすが私に攻撃を入れただけある」


 原作でも攻撃は最大の防御、というキャラクターだったな。

 シエラは光と風だったが、遠距離が苦手な部分を補強できるのいいのだろう。


 ふうむ、やはり風が一番よさそうか……?


 すると、俺が食べ終わったのを見て、トゥーラはお皿をひょいと持ち上げる。


「失礼」

 

 その後、食堂のおばちゃんに「どうもご馳走様でした」と頭を一生懸命に下げていた。

 

 ……いい子だな。


 真面目だと書かれていたことを思い出す。

 ま、確かにそんな感じがするが。


「ああ。それと、ありがとな。ご馳走様」


 ちなみにトゥーラにご馳走してもらった。何から何まで申し訳ない。

 俺がお礼を言うと、前を向いたまま、トゥーラの耳が真っ赤になる。


「き、気にするな! つ、次だ」

「ああ」


 そういえば、どこへ行くんだっけ?


「こっちだ。足元に気を付けてくれ」


 廊下を渡って、いくつかの扉を開いて進む。

 季節は冬でまだ肌寒いが、雪はもう降っていない。

 

 気づけば棟をいくつか超えていた。

 すると一つの扉の前で足を止め、開く。


「ど、どうぞ、散らかってはないと思うが」

「え?」


 そういいながら俺は足を踏み入れる。するとほのかに女の香りがした。

 そこには、奥ゆかしいがどこか明るい布団、ピンク色のパジャマ、ゴブリンのぬいぐるみがある。


 え、これって?


「これが、私の部屋だ。ど、どうかな? そんなに広くはないが」


 そういえば生徒の部屋って言ってたな。

 どうかなと言われても……?


「綺麗だな」

「ふふふ、そ、そうか! と、殿方を入れたの初めてなんだ! ちょ、ちょっと恥ずかしいな!」


 そういいながら、トゥーラは恥ずかしいのかあたふたしはじめ――足をひっかけ倒れそうになる。

 俺は咄嗟に手を掴むが、そのまま布団にダイブ。


「大丈――」

「わ、わたしは……一夫多妻制でも……」


 紅潮する頬、真っ赤な耳、そしてトゥーラは目を瞑って――。


「さて、帰るか」

「ふぇ? ヴァ、ヴァイス殿!?」


 俺はヴァイス・ファンセント。

 悪いが、ラブコメは求めてない。

 

 まあ、ちょっとだけ揺れ動いたが……。


 早々に部屋を後にすると、中庭には大勢の人たちが集まっていた。

 そこには、シエラとエヴァの姿もある。


「ヴァイ! どこいってたのよ!」

「見学ですよ。挨拶は終わったんですか?」

「ちょっと問題が起きたみたいなのよ」

「問題?」


 隣で髪の毛をくるくるしていたエヴァが、口を開く。


「アリア魔法学園だけ連絡がつかないらしいのよねえ。それで、その近くで魔族もどきが確認されてたーなんて話があって」

「魔族もどきが?」


 そのとき、ミルク先生が人をかき分けてやってくる。


「親睦会は中止になった。残りの学校の連中も引き返すらしい」


 ありえない。いや、原作では普通に親睦会は行われていた。

 つまり、改変だ。


「アリア魔法学園は?」

「手紙鳥からの連絡はない。だがここへ来る連中は全員が学年のトップクラスだ。引率の先生もいるだろうし、心配しなくてもいいと思うが」

 

 魔族もどきが活発化しているってことは、魔族がこの世界のどこかで何か企んでる可能性が高い。

 もしかすると……俺が想像しているより早く物語が進行しているのかもしれない。


「悪いがこのままノブレスへ戻っていてくれ。馬車を手配する。必要ないと思うが、護衛もつけておく」

「どういうことですか?」

「私は冒険者でもあるからな。魔族もどきの討伐は、重要事項になってる」

「つまり討伐しにいくってことですか?」

「実際にいるかどうかはわからないがな」


 間違いない。原作で魔族もどきが冒険者の優先討伐になるのは、アレンが中級生に上がった後、夏ぐらいだ。

 つまり半年、いやそれ以上には早い。


 ……ったく、ノブレスは予想をことごとく裏切ってくるな。


 だが俺はもちろん――。


「ミルク先生、俺も行きますよ」

「……ダメだ。生徒のお前に何かあると、私の責任になる」

「俺もこうみえて冒険者です。ここからは個人で動きます。止めても、着いて行きますよ」


 その言葉に、ミルク先生は俺を睨んだ。

 だが、俺が聞かないとわかって、少し緩める。


 魔族もどきについてわからないことは多い。

 少しでも情報を得るチャンスがあるなら、食らいつくべきだ。


「何かあっても助けないぞ」

「大丈夫です」


 しかし当然といってはなんだが、シエラとエヴァも――。


「私も行きますわ先生。最近、魔族もどきを見るのが好きなのよねえ」

「もちろん私も行きます。冒険者の資格も持ってるしね。それに、ヴァイも私が来てほしいでしょう?」

「え? あ、はい」

「ふふふ、仕方ないわね」


 エヴァはいつも自分の気持ちを優先する。だが彼女から見ても魔族もどきは面白いらしく、目撃情報があれば飛び回ってる。

 まあ、来てくれるのはありがたいか。シエラもいるなら何があっても大丈夫だろう。


「私も行く」


 すると、後ろから声がした。

 ハッキリとした芯のある、ブレない声。


 振り返ると、そこに立っていたのはトゥーラだ。

 だがミルク先生が強く止める。危険だと。しかし――。


「人に迷惑をかけている輩を粛清するのは、人として当然のことだ」


 まっすぐに答える。ああ、そうだな。

 トゥーラはアレンと似ている。平和を愛し、争いを嫌っている。


 だからこそトゥーラはアレンに惚れて追いかけたのだ。


 どうせここで断っても一人で行くだろう。


 なら――。


「トゥーラも冒険者です。危険はわかってますよ」

 

 俺の言葉に、トゥーラは驚いていた。まあ、原作で知っていたからだが。

 ミルク先生はため息をつき、しょうがないなと答えた。


「……くれぐれも無理はするなよ。――特にエヴァ、お前の強さは認めてるが、足並みは揃えてくれ」

「はあい、わかりましたわ」


 心配する必要もないくらいの圧倒的な面子だ。


 とはいえ、油断はしない。

 アリア魔法学園が襲われたなんて原作ではないが、何が起きるかわからない。


 しかしどんな敵が来ても、俺は勝つ。


「アリア魔法学園の経路を辿っていく。魔力温存の為、飛行はせず走る。――遅れるなよ」


 こうして俺たちは急遽、冒険者として魔族もどきを追うことになった。



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