103 予感

「いいわよ、いつでもおいで」


 デュラン訓練室、まるで剣道部の体育館のような場所で、エヴァが木剣を構えていた。

 その立ち振る舞いは、凄く――テキトー・・・だ。


 地面は畳、ヒノキの香りが、懐かしい気持ちにさせてくれる。


「全力で、いきますよ」


 対する面々・・は、俺と戦ったあのミハエルとルギだ。

 そしてそれだけじゃない。

 シンティアと戦った炎のミリカ、デュークと戦ったアイザック、シャリーの魔法を無効化したローガン。

 

 つまりあの時のフルメンバー五人だ。

 

 元々は、エヴァの気まぐれから発生した試合だ。

 後輩である俺がいい試合を見せたとのことで、だったら私も身体を動かしたいとなり、ミハエルたちが是非にと声をあげた。


 しかし一対一だと時間がかかるからと、エヴァがまとめておいでと言った。

 ミハエルたちはプライドが高い。しかしエヴァの強さも知っている。


 悔しそうにしながら、五人は剣を構えた。


 俺もエヴァが他人と戦うのを見るのはこれが初めてだ。

 それも剣術。一体、どんな技を使うのか――。


「はじめっ――!」


 ミルク先生やシエラ、全員が見守る中、試合が始まる。

 真正面から駆けたのはミハエルだ。

 

 俺と戦った時よりも何倍も速い。こいつも、研鑽を積んでいる。


 だがエヴァは――。


「一人目っ」


 ミハエルの攻撃を回避したかと思えば、目にもとまらぬ速度で木剣で腹を一撃。

 そしてなんと驚いたことに、ミハエルはそのまま悶絶して――立てない。


 あの打たれ強いミハエルが……?


「くっ、いくぞ!」


 それを見たルギたちが、一斉に攻撃を仕掛ける。

 俺もエヴァとは戦ったが、あの時は剣を持っていなかった。


 そしてエヴァは、二人、三人と呟きながら、全員を一撃・・で倒した。


 それには、デュランの奴らも目を見開いて驚いている。

 剣術じゃない。木剣に魔力を少し通わせただけの、圧倒的な威力・・そして、速度・・だ。


 はっ、本当に……パラメーターがあれば見てみたいぜ。


「しょ、勝負あり!」


 デュランの審判が遅れて声をあげる。


 そしてデュランの生徒たちは、誰も叫ばなかった。

 圧倒的過ぎるがゆえに、力の差を感じ取ったのだろう。


 勝てる勝てないの話じゃない。


 次元が――違う。


「楽しかったわ。みんな強かったわよ」


 そういいながら、エヴァは俺に木剣を手渡す。悪びれていない様子だが、一応は本音なのだろうか。

 嘘は言わない性格だとは知っているが。


「……エヴァ先輩、強すぎですよ」

「そんなことないわ。あなたも強かったじゃない」

「ま、まあまあね! 褒めてあげるわ!」

「あらシエラ先輩に褒められると嬉しいですわあ」


 そういいながらも、シエラは腕をくみながら少し汗を欠いている気がする。

 ミルク先生に視線を向けると、少し魔力を感じた。絶対、うずうずしているはずだ。

 だが教員としてきているので、そんなことはできない。


 一番悔しいのは、もしかしたらミルク先生だろう。


 ミルク・アビタスvsエヴァ・エイブリー。


 アリーナ席は確実に埋まるな。


「ヴァイス」

「はい!」


 突然、ミルク先生に呼ばれる。驚いて身体がビクつく。

 ちなみに今、シエラが続けて戦うらしく、前に出ていた。


 負けず嫌いなのは、俺と似ているな。


 剣は苦手だとのことで、木鎌で四人ぐらい倒している。

 さすがデュラン、何でも武器がある。


 いや、そもそもシエラも強すぎるな。


 と、視線を戻すと、ミルク先生の横にトゥーラがいた。

 相変わらずの武士感。

 といっても見た目は絶世の美女って感じだ。


 さすがノブレス、いや今はデュランだが、キャラクター造形が綺麗すぎる。

 神様かいはつじんは、かなり力を入れたんだろうな。


「ヴァイス、トゥーラに学園を案内してもらえ」

「え? 案内?」


 聞けばミルク先生は教員として、シエラとエヴァは先輩として他に来る予定の学校に挨拶をしないといけないらしい。

 下級生の俺はまだその責務がないらしく、その間にということだった。


「任せてください。私がヴァイス殿を誠心誠意ご案内します!」


 ありがいたいが、これはこれで面倒だな。

 試合に負ければよかったか? いや、それはプライドが許さない。


 といっても、やることがないのに突っ立ってるのも意味がないだろう。


「……まあじゃあよろしく頼む」

「はい!」


 そして俺は、最凶たちとしばしの別れをする。


「ふふふ、どうかしらヴァイ。私の腕前は――あれ、ヴァイ!? ヴァイ!?」


 シエラの声が聞こえる気がするが、まあいいだろう。




 それから二人で廊下を歩く。

 和洋が合併した変な学校だが、ある意味でかなりゲームらしさもある。


 ちらりと視線を横に向けると、庭園が目に入る。

 緑の植物が風に揺れ、花々が色とりどりの花びらを広げていた。

 小川がそっと流れ、小さな橋が湧き水の上に架かっている。


 このあたりは、ノブレス学園には絶対にない。


 是非いつかファンセント家の屋敷にも取りいれたくなる。


「こちらが生徒たちの憩いの場です」


 そういってトゥーラが案内してくれたのは、庭園の一角の休憩所みたいなところだ。

 そこには、まるで茶菓子が出そうな竹椅子とちろちろと水が流れる音が聞こえる。


 腰を掛けると、なぜかほっとする。


「いいところだな」

「はい! 夜はそ、その、男女が二人でお話をしていたりもします!」


 恥ずかしそうに頬を紅潮させながら、なぜか突然そんなことを言う。

 そういえば性格が生真面目だったはず。


 正しい情報を俺に伝えたいのだろう。

 しかしそんなに恥ずかしいのならやめればいいのに。


「そうか」

「ヴァイス殿は、お慕いしている人はその……いるのですか?」

「いるよ」


 咄嗟に聞かれたので、答えたのだが、トゥーラは世界が滅亡したような表情を浮かべた。

 意外に表情筋が豊かだな。


 しかしこれだけの美人もそういない。


「そ、そうですよね……ヴぁ、ヴァイス殿ほど強ければそれは……いやしかし諦めなければ……光が見えるとも……」


 ぶつぶつと何か言い始めるトゥーラ。なんだか可哀想になってくるが、俺がシンティアを裏切ることはない。

 しかし原作では自由に学園内を動けるわけじゃないので、非常に興味深い。


 もう少し色々と見てみたいな。


「大丈夫か?」

「あ、ご、ごめんなさい! あ、いや失礼しました!」

「……そんな畏まらなくていい。俺たちは学園も違うんだ。砕けた喋り方のほうが俺も話しやすい」

「わ、わかった。できるだけ――そうする」

「はっ、そっちのがいいぜ」

「あ、ありがとう……。じゃあ、次は食堂を案内を……する」

「ああ」


 アレンには申し訳ないが、やっぱりトゥーラがノブレス学園に来ることはないだろう。

 俺のことを気に入ってくれたみたいだが、婚約者がいるとも伝えたのだ。


 また一つ、改変をしてしまったか。


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