098 大切な人

 無人島での長い戦いが終わって休日、俺とシンティア、リリスは久しぶりに外出していた。


 ノブレス学園から南、馬車でゆっくりと二時間ほど揺られて辿り着く、ユルトッア街。

 海の近くにあって、魚をモチーフとしためずらしい神殿や観光地も多い。

 海産物が有名で、食事をするためだけに貴族が旅行しにくるほどだ。


「まずは腹ごしらえするか。海の特産物のアクアパッツが人気らしいぞ」

「サモーンが好きなので楽しみですわ」

「私は何でも好きなので任せます!」


 先に馬車から降り立った俺は、段差が高かったので二人の手を掴む。

 リリスに遠慮されるも、紳士的な行動は当然だ。


 今日は骨休めという名目だが、実は裏目的がある。


 俺とシンティアは、静かに目を合わせた。


 まずはあらかじめ調べていた食事屋さんへ。

 それなりに混んでいたが、高級店ということもあって内装は綺麗だった。

 魚をモチーフとしたオブジェクトや絵画が飾られている。


 店内は木を基調としているが、新木を使っているので見た目も綺麗だ。


 この街で一番人気をいくつか見繕ってもらって注文し、今日の作戦を思い出す。


『じゃあ、まずは私がリリスを連れて離れますので、その間に』

『ああ、その後は俺が。その時にシンティアが良さげなものを買ってきてくれ』


 今日は、いつも俺たちを陰ながら支えてくれているリリスに感謝のプレゼントを買いにきたのだ。


 シンティアとリリスは同室だが、ノブレス任せにせず、服を畳んだり洗濯をしたり、休みの日は朝食の用意までしてくれているらしい。

 俺に対しては授業内容で気づいたことのメモや、歴史が苦手な俺に過去問をまとめてくれたり、夜中に訓練室にいるときに食事を届けてくれたりしている。

 その他、学園での重要な話だったり、時間通りに行動しないといけないときはリリスがいつも伝えてくれる。


 試験で思うようにいかないと、リリスはいつも気にしているが、俺たちにとってそんな些細な事は関係ない。

 

 どんな時も俺たちを慕って、そして明るく接してくれるリリスは、それだけで心の支えだ。


 そしてリリスは無人島の件で落ち込んでいた。

 デュークに負けたこともそうだが、自分だけ剣魔杯に参加できなかったことも悔やんでいた。


 だからこそ元気を出してもらおうとサプライズを計画したのだ。

 といっても、二人で出かけるのはそれでそれで申し訳ないので、交互に空き時間を作って、それぞれ何かを贈ることにした。


 昼食を済ませた後は観光をする。


 観光地は、それだけ色々な国から人がやってくる。

 気を付けたいのは、観光地はどうしても間口を広くするので、検問が甘くなる。


 悪そうなやつも何人か見たので、俺たちのような貴族は気を付けなければならない。

 まあ、百人来たところで問題はないが。


「それじゃあちょっとリリスとお洋服を見てきますわ」

「ああ、俺もちょっと見たいものがあるから行ってくる」

「いいんですか? ヴァイス様、それじゃあまた後で!」


 一通り観光地を見た後、作戦通り、俺たちは二手に分かれた。


 街で一人で歩くのは久しぶりだ。


 喧噪の中にいるとき、ふと我に返るときがある。


 俺は、誰なんだと。


 そんなことを考えないで済むノブレス学園は、俺にとってもはや居心地のいい空間になってきているかもしれない。


「ふむ、これが人気なのか」


 それからいくつかの店を回って、俺はユルトッア街で人気のアクセサリーを購入した。

 胸から下げるネックレスで、ガラスのような透明な飴細工に、青の模様が入っている。

 これが何なのかはわからないが、一目見てキレイだとはわかった。


 一緒に綺麗なハンカチーフを購入して包んでもらう。


 それからほどなくして合流、次は、シンティアが買いに行く番だ。


「リリス、ちょっと魔法店にいきたい。着いてきてくれ」

「はい! あ、シンティアさんは?」

「少し疲れたのでお飲み物を買ってきますわ。後で合流しますので」


 さすがに一人にさせるのは心配だったのだろう。

 俺の時よりも不安そうだったが、まあ彼女なら大丈夫だ。


 魔法店は国や街で特徴がある。

 といっても、購入しただけで上級魔法が使えるようなものはなく、生活に特化した魔法がほとんどだ。


 よく燃える魔法札や、飲み水になる魔法札。


 もちろん杖も置いている。水属性なら扱いやすい青色の杖は、見た目が鮮やかでキレイだった。


 そして店を出たとき、騒がしい声が聞こえた。

 リリスと目を合わせ、声がするほうに近づいていくと、大男たちが騒いでいた。


 足元にはアイスの跡、その前に小さな男の子。


 わかりやすい出来事だ。


「てめえ、どうしてくれんだ?」

「ぐ、ぐすん、ま、ママアアアア」


 迷子だろうか。男の子は泣き叫んでいる。

 人は集まっているが、誰も助けられないらしい。


「おいこら聞いてんの――あ? なんだお前・・

「図体がデカでかいだけで、頭はガキのようだな」


 当然、俺は前に出る。男たちは五人ほど。どいつもこいつも二メートルはありやがる。

 ったく、何食べたらこんなにデカくなれるんだ?


「てめえ殺されたいのか?」

「ヴァイス様!」


 そしてリリスが俺の前に出る。

 その喋り口調に、男たちが少したじろぐ。


 様、なんて付ける年ごろじゃないからだ。


 こういう奴らは意外にも察しがいい。

 俺が貴族だとわかったのだろう。


 弱者に強いが強者には媚びへつらう。それがこいつらのわかりやすい特徴だ。


「はっ、ガキどもが」


 最大限の虚勢を張り、そして消えていく。

 貴族を相手にするのは面倒だからだろう。そのくらい、あいつらもわかっているみたいだ。

 ま、今日はこのくらいだろう。


「びえええええん」

「泣くな。泣き続けてもアイスは戻らない。だが泣き止んだら、俺がアイスを買ってやる」

「……ほんと?」

「ああ、その代わり強くなれよ。舐められるな」

「……う、うん!」


 そのとき、母親らしき人が現れる。

 小言でも言ってやろうと思ったが、汗だくの姿を見ていう気が失せた。


「ああ! ありがとうございます。ありがとうございます」

「気を付けろよ」


 そしてリリスは人の間をぬって、新しいアイスを買ってきていた。

 なんという早業。しゃがみ込み手渡してにっこりと笑う。


「またね」

「うん、ありがとう!」


 それからシンティアと合流。

 だがここで思ったよりも時間が食っていたことに気づく。


 明日もまだ休みだ。

 急遽だが、俺たちは一泊しようとなった。


 残念ながら高級宿は空いておらず、個室はあるが中程度の宿になった。


「私は構いませんわ」

「もちろん私もです!」

「そうか、なら一泊して朝に帰るとしよう」


 そして俺たちは宿に泊まって、その夜――プレゼントを手渡した。


「リリス」

「え? え、ええ、ええ!? こ、これは!?」

「いつもの感謝だ」


 リリスは俺が手渡したネックレスを見て驚いた。

 そして、涙を流す。


「ど、どうした……」

「い、いえ嬉しくて……私はその……あまりお役に――」

「そんなことをいうな。お前には感謝してる」


 どんな世界でも、信用できる人間ってのはごくわずかだ。

 俺はリリスを大切にしたいと思ってる。

 もちろんノブレスでは手加減なしだ。だがそれを抜きにしても、人間性を認めている。


 そしてなぜか、シンティアは驚いていた。

 サプライズの計画は一緒にしていたはずだが……。


「シンティア、どうした?」

「ええと、まさかの――」


 そして出してきたネックレスは、なんと同じだった。

 包みのハンカチーフこそ違うが、俺も思わず笑ってしまう。


「ありがとうございます。シンティアさん!」


 だがそんなことは気にせず、リリスは大喜びする。


 そして――。


「シンティアさん、良ければおそろいにしませんか?」

「でも、これは――」

「私はその方が嬉しいです。ねえ、ヴァイス様いいですか!?」

「もちろんだ」


 そして二人はネックレスを付け合う。とても似合っている。


「えへへ、ありがとうございます」

「リリスには、いつも感謝していますわ」


 シンティアにとっても、リリスはかけがえのない戦友で、親友だ。

 二人を見ていると、本当に微笑ましい気持ちになる。


「さて、そろそろ寝るか」

「そうですわね、同じベッドで寝ましょう」

「賛成です!」

「それはちょっと狭すぎるだろ……」


 

 そしてその夜、俺は眠っている途中に悪意・・に気づいて目を覚ます。

 だがその瞬間、扉が閉まる音が聞こえた。


 ――ああ、悪いな。


 リリスに感謝すると、ふたたび眠りについた。


 ――――

 ――

 ―


 冒険者宿、階段下、そこには、大柄の男たちがいた。


「ここにあのガキどもが泊まってるのか?」

「ああ、調子に乗りやがって。金目の物を奪ってやる。どうせこの街には今日しかいねえ」

「だな。俺たちを舐めたことを――おわぁぁつああがっ!?」

「え? どうし――あぁっあわぁっ――」


 しかし男たちは、無音で迫りくる後ろの影に気づかなかった。

 一人、また一人と気絶していく。


 誰もその姿を確認することもできず、悲鳴だけが飛び交う。


 そして、最後の一人になったとき、後ろから頸動脈にナイフを添わせたのは、リリスだ。


「殺す気はなかったみたいなので、今日はこの程度にしておきます。ですがこれ以上何か企てようものなら命はないですよ。――理解したなら、今夜中に――消えろ」

「……は、はい……」


 リリスはヴァイスやシンティアといるときに気を抜くことはない。

 たとえどれだけ疲れ果てていても熟睡することもない。


 そしてそれをヴァイスは知っている。


 だからこそヴァイスは、リリスが近くにいる時だけは心を落ち着かせていた。


「――今日は、幸せに浸りたいのに」


 そう呟きながら、リリスはネックレスに手を触れた。


 そしてその夜、リリスは一睡もすることはなかった。



 翌朝――。

 

 帰り道の馬車、リリスはゆっくりと眠っていた。


「あら、もしかして夜あまり眠れなかったんですかね?」

「……ああ、起こさないであげてくれ。シンティア」

「はい、もちろんですわ。――おやすみなさい、リリス」


 そっと自分の服をかけるシンティア。


 だがリリスもまた、ヴァイスが傍にいると今までにない平穏を感じているのであった。

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